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空色の魔女  作者: 来栖ゆき
狩りと祭りと幼馴染と
8/22

◆4◆

 足音はどんどん近づいている。

「わ、わかったわ、もういいから……誰かが来てその姿を見られたら、困るのはライナスでしょう?」 

「ならば、許すと言ってくれ」

 それまでは詫び続ける、と頭を下げ続けるライナスの姿と、近づいてくる足音にマルティナは焦った。

「ゆ、許す、許すから! 顔を上げて、ライナス」

 その言葉を聞いてやっとライナスは顔を上げた。心なしかその表情は晴れ晴れとしている。

 対するマルティナは慌てた様子で階段を上ろうとして、スカートの裾を踏んだ。

「きゃっ」

 足を踏み外してバランスを崩したマルティナは転げ落ちそうになるが、すんでの所でライナスに抱きかかえられた。

 近づいてきた足音はもう聞こえない。どうやら角の部屋へと消えたようだった。

「マルティナ、階段ではふざけるな。落ちたらどうするんだ?」

 安心してほっと息を吐くのと同時に、耳元でライナスの声が響いて驚く。久しぶりに近くで聞いたライナスの声は低く、懐かしささえ感じる。

 見上げれば頭一つ分背の高いライナスの顔が近くにあった。三年前と比べると、彼はまた成長して逞しくなっているようだ。

「どうしてティナって呼ばないの? 昔みたいに……」

 思い出したら尋ねずにはいられなかった。

 彼はあの勝負で勝った時から、ティナ、と呼んでくれない。

 その質問に意表を突かれたライナスは驚いて目を見開く。

「その……お互い対等な立場で勝負を挑みたくて。もしも傷つけたのならそれに対しても詫びる」

 目を逸らさずにそう言われれば、真実なのだと感じる。

「そういうことだったの……てっきり自分が騎士になったからって、あたしのことを見下してると思ったの。あたしが女だからって。違うのね?」

「ち、違う! 断じて違う!」

 今度は少し目が泳いだ気がしたけれど、再びライナスの力強い瞳に見つめられれば、嘘ではないと思った。

「じゃあ、これからも仲良くしてくれる? ライナスにはティナって呼んでほしいの」

 子供っぽいお願いをすることが少し恥ずかしくて、マルティナは伏せ目がちに尋ねる。

 ライナスは何も答えてくれない。

「――別に、無理にとは言わないわ」

 やっぱり言わなければよかったかもしれない。顔を上げるのが恥ずかしくて上目づかいでちらりと見れば、ライナスは心なしか顔を赤くして口をぽかんと開けていた。

 その姿が何を意味しているのか解らず、マルティナは小首を傾げる。

「ライナス?」

 熱でもあるの? と続けようとして、ライナスはまだマルティナを抱いていたことに気付いたらしく、慌てて離した。

「あ、ああ、わかった、ティナ。じゃあまた……」

 ライナスは焦った様子で階段を下りはじめる。そして何段目かで踏み外して階下まで落ちた。

「やだ、ライナス大丈夫?」

 手を貸そうと階段を下り始めたマルティナを、ライナスは片手を出して静止させると、振り返りもせず去っていった。

「本当に大丈夫かしら?」

 ライナスのうしろ姿を見送りながら、マルティナは心配そうに呟く。

 ともあれ、こうして二人は三年ぶりに友情を復活させた。



 うーん、と両腕を天高く上げ背伸びした。

 村から雇われた使用人は仕事が終われば家に帰る。夕日の眩しさに目を細めながら帰路につこうとした時だった。

「マルティナ!」

 名前を呼ばれ、キョロキョロと声の主を探すと、夕日を背にした木の下からヴィンセントが立ち上がった。

「ヴィンセント、こんなところで何してるの?」

 眩しさに目を細めながら聞いた。

 ヴィンセントは欠伸をしながらマルティナに近づくと、気持ち良すぎて寝てしまった、などと首の骨を鳴らす。

「信じられない……」

 屋敷の敷地内で寝こけるとは、不審者として捕まったらどうするのだろうかと呆れた。

「マルティナを迎えに来たんだ。帰ろう」

「一人で帰れるんだけど?」

 マルティナは途端に不機嫌になった。手を腰に当ててヴィンセントを睨み付ける。

 ここから村までは丘を下る一本道、迎えもなにも危険はない。

「あ、いや…………あー、本当はマルティナのつてで貴族の誰かを紹介してもらおうと思った」

 苦笑いのヴィンセントは取り繕うように言う。本当はマルティナを迎えにきたのだが、ヴィンセントはあたかもそれが目的だと言うように、ついでの要件を口にした。

「もう、だったら初めからそう言いなさいよ。でも誰かって言われても……」

 幼馴染のライナスやジャスティンに頼めば、騎士団長か領主様に紹介して貰えるかもしれないけれど……

 先程仲直りをしたライナスはおろか、領主の息子であり次期領主のジャスティンでも簡単に頼める話ではない。城にいた頃ならいざ知らず、マルティナは今やただの村娘だ。身分相応というものがある。

 ヴィンセントに城で働くことを勧めたはいいが、方法までは考えていなかった。

「そうね……」

 マルティナは腕を組んでしばし考える。

「ティナ!」

 馬の嘶き声が聞こえ、振り返る前に声をかけられた。

「ジャスティン……」

 そこには純白の愛馬を連れたジャスティンが佇んでいた。

 遠乗りから戻ったばかりの彼は、金色の長い髪が少し乱れて跳ねていた。それでも夕日を浴びた金髪はとても綺麗で美しい。

 気品の感じられる乗馬用の白いシャツ、飾りの付いたベルトやブーツは領主の息子らしく上等なものだ。

 翠色の双眸は笑みを湛えてマルティナだけを見つめている。

 まるで、そこにヴィンセントがいないかのように……

「一年振りだね、元気だった?」

「ええ、ジャスティンも元気そうね」

 にっこり笑うジャスティンにつられてマルティナも笑顔で答える。

 屋敷の中ではジャスティンとすれ違っても、目を合わせて笑いかけてくれることはあるが、話しかけられることはない。

 それはマルティナもジャスティンも、今のお互いの身分を承知しているからだ。

 次期領主が村娘に気軽に話しかけることなどあってはならないし、逆は絶対にありえない。

 けれど、昔は城で一緒に育ったもう一人の幼馴染。人目もなく二人きりになれば会話もするし、ジャスティンは昔と変わらない笑顔を今もマルティナに向けてくれる。

 彼女がまだ城にいて、父が騎士団長だった頃、ジャスティンも父から指導を受けていた。

 二つ年上の彼は小さなマルティナにやさしく接し、彼女が剣を持つようになれば厳しく指導をしてくれた。

 マルティナや他の見習い騎士達に対しても身分関係なく接するジャスティンに、マルティナは自然と恋に落ちた。

 いつかジャスティンの横に並んで立つことを夢見た。彼の背中を守るために剣を振いたかった。

 しかし、それは叶わぬ願いとなり、マルティナの初恋は春の終わりを告げる花びらのように儚く散った――

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