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空色の魔女  作者: 来栖ゆき
魔女の目覚め
17/22

◆5◆

 ――二人きりの時は敬語を禁止にしよう! 

 それはある日、ジャスティンが唐突に発した言葉だった。ローレンス卿の元で剣の腕を磨いていた頃だった。

 その提案を聞いて、なぜマルティナがジャスティンに対して敬語を使っていないのかに気付いた。

 ライナスよりも先に許されたのだと知り、マルティナに対して闘争心を燃やした。

 そうだ、恋心が芽生えるよりも先に、対抗意識が生まれたのだ。

 子供の頃の懐かしい記憶を思いだした。切られた時、一瞬でも死を覚悟したからだろうか。

 剣を受けた腹部に触れてみるが、傷を付けられた形跡も、治った傷跡の感触もなかった。

「不思議なもんだなぁ……」

 傷跡も残さないとは、よっぽど魔力の強い魔術師だったのだろう。オールブライト伯爵に仕える水の魔術師はそこまで腕が立つとは思えない。

 それ以外の水の魔術師か……? 

 ふと疑問が脳裏を過ぎったが、ノックもなくドアが開きその思考はすぐに中断された。

 ジャスティンが戻ったのだろう、彼はしばしばノックを省略する。

「ライナス、いいもの持って来たよ――大丈夫?」

「ああ、血が足りなくて……少し気分が悪いだけだ」

 ライナスは半身を起こした。シャツくらいは羽織ろうかと思ったけれど、それもできそうにない。

 顔を上げるとジャスティンの後ろには、心配そうに立つマルティナがいた。

「ティナ!」

 ただでさえ少ない血が一気に頭に上った気がした。

「ライナス、あたしのせいで……本当にごめんなさい」

 マルティナは今にも泣きそうだ。

「ティナのせいじゃない、俺はもう大丈夫だ!」

 ベッドから降りて立ち上がったら足元がふらついた。

「さっき気分が悪いって言ったじゃない、いいから横になって!」

 マルティナに促され、ライナスはベッドに腰を下ろす。

 ちらりとジャスティンを見ると、彼はとても嬉しそうにしていた。

 やってくれたな……! 

 あの時の笑顔の意味がやっと分かった。

「シャツは着られる? そうだ、ティナに手伝ってもらおうか?」

 ジャスティンの提案に即座に反応したマルティナは、ライナスの白いシャツを拾い上げると気合の入った表情で広げた。

 腕を通すのを待っている。

 勘弁してくれ――

 ライナスは天の助けを求めるように天井を仰ぐいだ。

 残念ながら神の啓示は降りてこなかった。

「ああ、それから確か喉が渇いていたんだっけ?」

 シャツに腕を通す作業を終えたマルティナに、ジャスティンはまたもや余計なことを伝えた。

 ボタン留めは自分でできるから、と拒否したあとのことだ。

 手持ち無沙汰になっていたマルティナは、心得たりといった面持ちで水差しから水を汲み、コップをライナスに手渡した。

「あ、ありがとう……」

 受け取るとマルティナと目が合った。どうやら飲み干すまで放っておいてくれないらしい。

 空色の瞳に見つめられながらコップを空にすると、今度は温かいシチューの乗った銀のトレーを持って待っている。

 そしてシチューを口に運ぶライナスの動作を、ひとつも見逃すものかといった勢いでマルティナは凝視した。

「ティナ……悪いが、気が散って食べられない」

「あ、そうよね、ごめんなさい」

「ライナスったら羨ましいなぁ」

 そんな様子を楽しそうに眺めるジャスティンを、ライナスは恨みがましく()め付けた。


 ジャスティンからの軽い嫌がらせを受け流しつつ、水分はきっと血になるわ、などと言うマルティナから半強制的に渡された十数杯目の水を口に運んている時だった。

 ノックの音が聞こえ、使用人がヴィンセントを連れて来た。彼に見舞ってもらうほど仲良くなった覚えはないのだが、ジャスティンはさも当たり前のように彼を中に入れる。

 そして人払いをすると、そのままドアに寄りかかった。

「さて、当事者が集まったね。今後のことを話し合おう」

「今後? どういうことだジャスティン?」

 (いぶか)るライナスをよそに、彼はヴィンセントに目配せした。

 ヴィンセントは口外するなよ、と前置きして話し始めた。

「ライナス、お前を救った水の魔術は……マルティナの力だ」

 ――は? 

「マルティナは、魔女としての力を目覚めさせたんだ」

「マルティナが……何だって?」

「魔女、だよ。ちゃんと聞いてなよライナス」

 マルティナに視線を移すと、彼女は力強い瞳で、まっすぐにライナスと視線を合わせて軽く頷いた。

「魔女……本当なのか?」

「本当よ、お城の魔術師に確認してもらったの」

 マルティナはちらりとヴィンセントを見る。つられてライナスもヴィンセントに目を向けた。

「魔力を持つ者は他人の魔力もわかるんだ。だれが魔術師なのか、隠していても微かだが感じ取れる。しかも――盗賊団の中に火の魔術師がいたんだろ?」

 ライナスは頷く。そしてヴィンセントの懸念を瞬時に理解した。

 ならば彼らも気づいているはずだ。世にも稀な、魔女という存在に。

「それって……大変なことなんじゃないのか?」

 魔女が貴重な存在だということはライナスだって知っている。

 魔女が原因で起きる戦も、その戦で侵略され消えゆく小国の存在も。

「大丈夫よ、なんとかなるわ」

 明るいマルティナの声が聞こえて、ライナスは彼女を振り返った。

 なんとかなる、本当にそう思っているのか――? 

 見れば、マルティナは指の関節が白くなるほどに手を握りしめていた。

「大丈夫、大丈夫だから……」

 彼女は呪文のようにその言葉を繰り返した。



 魔力が目覚めた――

 それは、マルティナがこれから魔女として狙わるということだ。

「村を離れた方がいいだろう。奴らは必ずここに戻ってくる。魔女を奪いに……」

 ヴィンセントの言葉はライナスの胸にも深く突き刺さった。

 それは、マルティナが第二の故郷であるオネット村にはいられないということを意味していた。

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