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――魔術には其々属性があり、生まれながらに持っている才能、即ち魔力があれば使うことが出来る。
まず、魔術を学ぶにあたって、六種類の属性に分けることにしよう。
火、水、土、風、光、闇の六種類だ。
炎を操り、幻惑を見せる火の魔術。雨を降らせ、傷を癒す水の魔術。植物を育て、大地を支配する土の魔術。疾風を起こし、音を響かせる風の魔術。雷を呼び、閃光を走らせる光の魔術。人を惑わす魅惑の力と予知夢を見る闇の魔術。
各々の持つ魔力の強さによって、出来得る魔術にも違いがある。
例えば、炎を操ることは出来ないが、幻惑を見せることが出来る者も火の魔術師に分類される。属性も生まれながらに持っている能力であり、自ら選ぶことは出来ない。
強い魔力を持てば他者を攻撃することも可能となるが、本書は戦や争いの為ではなく、生活をより豊かにすることを推奨する為に書かれた本だということを念頭に置いてほしい。
ジャン=アウローラ=ファティマ著 『魔術の書』より抜粋
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「じゃあ、あの花火も幻惑なの?」
「どうやってるのかはわからないけど、投げた火の玉に多少は幻惑の魔術もかけているんじゃないか?」
夕食も終わり一息ついた頃、ヴィンセントは革の鎧の手入れをしながら魔術についての話をしていた。
魔術と聞いてマルティナは興味津々だった。
「ヴィンセントは今までにどんな魔術を見たことがあるの?」
「んー、土とか闇とか……光くらいかな」
すごいわ! と興奮するマルティナに、ヴィンセントもどことなく自慢げで楽しそうだ。
「女の魔術師は見たことある? あまりいないって聞いたわ」
「女の魔術師――魔女が現れたと聞けば、国を挙げて奪い合うこともあるくらいだ。滅多に見ないさ」
魔女は魔術師以上の魔力を持ち、高確率で子孫にも同等かそれ以上の魔力が受け継がれる。そして魔女の見た目は、何十年と歳を重ねていても若く美しい。
一族繁栄のため、権力を誇示するため、国を豊かにするため、他国を侵略するため……理由はそれぞれあるが、多くの権力者達は、己の欲望のためにしばしば魔女を欲する。
「魔力も男ばかりが持つのよね、そんなのってずるいわ」
「けど、魔女は魔術師よりも強いんだぞ」
「あら、そうなの?」
女の方が強いと聞けば、マルティナは嬉しくなるのだった。
「ヴィンセントがお城に行ってしまったら寂しくなるわねぇ」
そんな二人を眺めながらリズおばさんが呟くと、ジョンおじさんもうんうんと同意する。
「やだ、全然寂しくなんてならないわ! ヴィンセントがいなくなったら、リリーさんがまたお見合い話を持ってくるだけよ」
マルティナは間髪入れずに言い返す。
「ひどいこと言うな。嘘でもいいから寂しいとか言ってくれよ」
ヴィンセントはわざとらしくがっかりして見せたけれど、革の鎧を磨く手は休めなかった。そんな彼の様子を、マルティナは複雑な気持ちで見つめる。
この村が好きだって言ったくせに、城に行けるとわかれば嬉々として準備をするのね……
マルティナはもう二度と城門の中へは入れない。
この村は大好きだ。けれど、父と共に育った城だって大切な故郷でもある。
ヴィンセントが羨ましいのか、それとも、他に別の感情があるのか、マルティナは不思議な気持ちになった。
「どうした?」
じっとヴィンセントの手の動きを見ていたマルティナにヴィンセントは声をかける。
「な、なんでもないわ! 別に、羨ましくなんてないんだから!」
寂しいかどうか聞きたかったのに、と苦笑いするヴィンセントや、おじさんとおばさんの訳知り顔な雰囲気にじっとしていられず、マルティナは席を立った。
「あたし、薪を割ってくる!」
もうそろそろ無くなりそうだったはずだから。
「マルティナ、まだあるよ」
暖炉の前で耕具の手入れをしていたおじさんが顔を上げてたしなめる、そう言って聞く娘ではないことは重々承知している。
彼女はランタンを手に外へ出てしまった。
「マルティナは器量がいいから、結婚の話も沢山きてるんだろうな」
閉まったばかりの扉を眺めながら、ヴィンセントが笑いながら言う。
「マルティナがまったくその気にはならないからなぁ」
おじさんは苦笑いで言ったけれど、おかしそうにくっくっと笑っている。
「それに、ちょっと活発な娘だからね」
おばさんも何かを思い出すかのように微笑みながら答えた。
彼らは自分の娘のようにマルティナを愛している。
出会ったばかりのヴィンセントが見ていてもそう感じられた。
幸せな結婚をしてほしいけれど強制はしない。すべて彼女の望むままに――そう思っているのだろう。
「いい娘だから皆がほっとかない、村の若者を見てればわかる。まあ、同情しないけど……」
彼らの下心丸出しの申し出を、マルティナは自分でできるから必要ないといつも断っていた。あれでは男の立場というものがまるでない。
そんなマルティナを想うと、ふっと笑顔がこぼれてしまいヴィンセントは自分の感情に面食らった。
手を止めて、磨き途中の鎧を見つめる。
この村は居心地が良すぎる。ヴィンセントにとっては平穏すぎる。
いつまでもいると勘が鈍ってしまう――それでも離れ難いものがあった。
「そうだわ、ヴィンセントがここに残ってマルティナと一緒にいればいいわ」
「え?」
驚いて顔を上げた。
「きっとあの子もあなたのことを気に入っているはずよ」
おばさんは冗談なのか本気なのかわからない口調だった。
「俺もこの村は気に入りました。平和でのどかだ。それでいて一日が短い。だけど――」
ここに来てもう三週間近くなる。そろそろ移動した方がいいだろう。
追われる身であるヴィンセントが一つの場所に長く留まれば、それだけ周りの人間に危険が及ぶ。この村を関係のない争いに巻き込んでしまう。
ここはとても居心地が良すぎて、自分の置かれている立場をついつい忘れてしまうのだ。
平和な農村での暮らしなど、今の自分には許されない。
でも、もしも望まれるのなら、ここにずっと居られるのなら――そんなことは不可能に近い。
けれど……
「俺は――」
先ほど閉じた扉が思い切り開き、ヴィンセントの言葉が遮られた。
「薪を、全部割ったのは、いったい誰なの!」
マルティナは斧を手に憤慨した様子で叫ぶ。
「おや、あれをすべて割ったのかい?」
おじさんとおばさんは驚いてヴィンセントを凝視した。
昼間、夕食時に使うから少し割っておいてほしいと頼まれたヴィンセントが全て割ってしまっていたのだ。
仕事を取られた、とじっとヴィンセントを睨むマルティナはすっかり鬼の形相だ。
「はは、はははは……」
皆に見つめられ、ヴィンセントはただ笑うしかなかった。