6話
『おもしろい』
龍は小さく縮こまってしまったゆめを見て、くく、と笑った。
警戒心丸出しでびくびくして、それでもこちらを伺うように見てくるゆめは、まるで小動物のようだった。
『…いや、どちらかというと…』
その容姿だったら、まるで猫科の生き物だ。
160センチほどの背丈は、女性にしては若干高い方だろう。
しなやかにすらりと伸びる手足。
制服の上からではよくわからないが、スタイルもそう悪くはない。
長く伸びたさらさらのストレートがずいぶんと印象的だ。
色白なきめ細かい肌に、頼りなさそうに揺れる瞳。
きれいな表情に浮かぶ自信のなさが、たいそう保護欲をそそる。
甘やかしたくなるような雰囲気もまた彼女の魅力のひとつになっていた。
まさに、男心をそそるような……
…いや、征服欲か?
”おいおい、いい加減にしろよ、俺”
龍はあやうく男の目で値踏みしている自分を叱責した。
客には常に一線を引いて、それ以上は踏み込ませない。
それは龍がずいぶん前から決めていることだ。
自分が周囲に与える影響、特に女性へのそれは、26年生きてきた中できちんと自覚している。
もともと人とかかわることが苦手なため、恋愛に浮かれる年齢になったときから少々苦痛に感じていた。
その恩恵に預かっていたことは、確かに事実だけれど。
そんな龍にしてみれば、ゆめへの感情はずいぶん珍しいものだった。
自分から声をかけて、店の中へ誘うなど。
”…まぁ、あのブレスレットを上げた時から既に特殊な状況なんだけどな…”
龍は苦笑した。
あれは、本当に龍の中で特別なものだ。
まるで何かに憑かれたように、指先がどんどん創り上げていったチャーム。
後にも先にも、あんな体験は二度とないだろう。
何かに急かされ、焦がれるように作り上げた”乙女とドラゴン”。
二人の愛の結晶のように添えたくなった、”un reve”。
これまではデザインをスケッチし、それに沿って作っていただけに、衝動的に作り上げた作品を見直した時、がつんと頭を殴られたような衝動を感じた。
その時の感動を忘れたくなくて、ずっと大切に持ち歩いていたのだけれど。
このブレスレットと同じ名前を持つ少女の細い手首に、自分の情熱が輝いているのをみると、心が満たされていく。
自分の選択が間違っていなかったと、その度に確信した。
迷わずカウンターの奥にある、小さなテーブルに彼女を導いた。
そっと肩を押していすに座らせると、彼女はさらに体を縮こまらせてしまった。
リラックスしてほしいという思いを込めて両肩をぽんぽんと叩き、笑いかけた。
そんな龍をおずおずと見上げたゆめは、ためらいがちに微笑んだ。
ゆめの笑顔に、龍の心臓がときん、と跳ねた。
もっと笑った顔が、心の底から安心して笑っている姿が見たい。
ふとそんな願いが頭に浮かんだ。
途中何度か接客にたたねばならなかったが、1時間は共にお茶を飲み、話をした。
たどたどしく返事が返ってくるだけで、もっぱら龍が話しかけたり沈黙の中でお茶を飲むだけだったけれど。
それなのにまったくいやな時間ではなくて、心はほっこりと温かくなった。
帰ると告げるゆめに、龍は「またおいで。いつでもいいから」と言った。
社交辞令ではなく本心として言ったことなど、ここしばらくあっただろうか?
龍は自分の変化に、わずかに戸惑いつつもわくわくしていた。
それからしばらくの間、ゆめは学校が終わってから店に寄ってお茶を飲んだり話をしたりして帰っていくようになった。
ゆめが来る時間が近づくと、龍は時計をちらちら見ることをやめられなかった。
まるでガキみたいだと苦笑しつつ、そんな自分が嫌ではなかった。
それでも、いつでも寂しそうに思いつめているゆめの瞳が、心配で仕方なかった。
なぜ自分に頼ってくれないだろうか?と、苛立つ思いを抑えるのに随分苦労するようになった。
辛い気持ちを隠して微笑もうとするゆめがいじらしくて、愛しくて仕方なかった。
店を閉めてから二階にある住居に戻り、ごろんとソファに横になった。
巨大なワンルームは、風呂やトイレ以外は全て柱と衝立と家具で仕切られいる、なにもなければがらんと広い空間だ。
ここは少しずつ自分色に変えていった、誰にも邪魔されない、心からリラックスできる自分だけの城だった。
この空間に妙な悩みを持ち込むことはなかったのに、龍はぼんやりとゆめのことを考えていた。
”そろそろ、もう一歩踏み込んでみてもいいかもしれない…”
知りたいと思った。
そして、助けたい、守ってやりたいとも。
妹を見る兄のような気持ちからきているのだろうが、こんなに強く人を思いやる気持ちになったことはなかった。
ふぅ、とため息をついた時、店のほうから何か物音が聞こえたような気がした。
なんだろう?と階段を下りていくと、その音は切羽詰った様子で店のシャッターを叩く音だった。
「ちょっとっ、待った、待ってくれ!」
龍があわてて店を開けると、暗闇の中、街頭に照らされたゆめの姿が浮かび上がった。
「へ?あ、ど、どうした?なんか…」
「たっ…、助けてっ!お願い!!たすけてっ!!!!」
小さい声ながらも、もはや悲鳴に近かった。
切羽詰った蒼白の顔にただならぬものを感じた龍は、あわててゆめを抱きしめた。
がくがくと目を見開いて震えるゆめに、胸がわしづかみになったように痛んだ。
やさしく声をかけながら店の中に入れ、しっかり戸締りした。
その後何の迷いもなく、自分の部屋へゆめを招きいれた。