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番外編2-6



最終的には面白いものを見せてもらったとご機嫌な一鷹と別れ、龍は腕にゆめを抱いたまま家に帰った。

まるで手を放してしまったら溺れるといわんばかりに龍にしがみつく、華奢な背中を優しく撫でながら。


時折落とされる小さなキスの効果もあったのか、家につく頃にはゆめの震えもほぼ止まっていた。

それでも、思い出したように首筋に顔をこすり付ける仕草から、まだ動揺が収まっていないことはわかっていた。

その度に、龍の胸は痛んだ。



ゆめを恐怖に陥れた男たちへの怒りが、龍の中で再び燃え上がる。

この美しい心を持つ彼女を恐怖に陥れる、自分勝手でよこしまな人間が、その心が許せなかった。

そして、ゆめがまた深く傷つくのではないかと考えると、龍の心にもいいようのない不安が押し寄せてくる。




ゆめが社会に近づくにつれ、そういう危険が多くなるだろう。

けれど、いつまでも自分がそばで見張り、守り続けるわけにはいかない。

それでは、本来の意味で”生きている”という確信が持てなくなってしまうだろう。

ゆめ自身が恐怖と向き合い、うまく対処するようにならなければならないのだ。

彼女は立派な大人であり、一人で立って歩くだけの力量も備えている。

それを信じて見守っていく必要があるのだが…。



実際ゆめは、いつも一緒にいたはるかや志津子と離れたが、大学生活を彼女なりに満喫していた。

おっかなびっくりだった入学当初と違い、学年が上がるにつれて自信がついてきたのがわかった。

自信に満ちた目で大学生活について語るゆめを見て、龍がどれほど誇らしさと共に寂しさを感じたか。

やはりゆめなら一人ででもがんばれるよと思い切って背中を押してよかったのだと、不安を追い払ってきた。


それなのにこんなことが起こるたびに、自分の決意がぐらついてくる。

ゆめを閉じ込めてしまいたい、封じ込めた暗い感情が鎌首をもたげてくる。




だからさっきはけん制のつもりで結婚の話を出したが、はっきりと口に出してしまうほど熱望している反面、ためらいもしていた。


生涯の伴侶はゆめだと、出会った瞬間に心は決まっていた。

ゆめを守るために選択したのだと、わずかでも誤解されたくはなかった。


心の底から愛し、欲している相手だから、生涯を共にしたいほど彼女を求めているからだとわかってほしかった。

なんの不純物も含まれていない、純粋な想いを。


そして、ゆめも同じように龍を愛しているから結婚したいのだと言ってほしかった。

庇護者としての自分ではなく、共に歩く存在として選んでほしかったのだ。


心の傷を負った彼女を守っているのでは、その部分があいまいになる。

だからこそ龍は彼女の伴侶として自分が選んでもらえるべき人間なのか、ゆめが恐怖から真の意味で立ち直った後、自分を必要としないのではないかという不安と戦い続けてきたのだ。



それなのに、あの結婚宣言。

これでは、弱っているゆめに付け込んでいると思われても仕方がない。

ゆめのこととなると熱くなり、分別をなくす自分に嫌気がさした。





家に帰ってから、これまでゆめが不安になったときにしていたように、彼女をひざに乗せてソファに腰掛け、抱きしめ続けた。

疑うことなく龍の首に抱きついてくるゆめに、痛いぐらいの愛情と切なさが同時にこみ上げてくる。

それは、ゆめを慰めたい、安心させたいと思う以上の切望。

龍自身がゆめを抱きしめることで安心し、慰められたかった。

ゆめは守るべき存在であると同時に、自分の情けなさを全て暴き出してしまう存在でもあった。



『…立派な大人のすることかねぇ』


ふぅとため息をつくと、首に回されているゆめの腕に力が入った。

そして、いつの間にかおずおずと触れるほっそりとした指先に、髪を優しく撫でられていた。



龍はゆめのしっとりとした柔らかい髪に頬を摺り寄せた。

居酒屋の雑多な匂いをかきわけ、地肌近くに鼻を擦り付けると、ふわりと鼻をくすぐるゆめが愛用しているシャンプーの香り。

バカみたいな情けない気持ちが和らぎ、心にいつもの穏やかさが帰ってきた。



「…龍さん、ありがとう。

 龍さんが傍にいてくれて、本当にうれしかった」

「…おせっかいだとわかってたんだけど…悪かった。

 後をつけるようなまねをして」



いいの、とゆめは首を横に振った。

これだけで自分のしたことを正当化しそうになり、龍は心の中で己を戒めた。


ゆめの指先に、わずかに力が入った。

その時、ささやきほど小さな声が聞こえた。



「……ね、龍さん。

 私…面倒じゃ、ない?」

「え?」

「龍さんに迷惑ばっかりかけて、仕方ないってどこか、諦めてない?

 私…私のこと……義務に、なってない?」


「義務?」


思ってもない言葉に、龍は驚いた。

龍と視線を合わせたその視線には、不安と申し訳なさと、強い決意が見えた。

ゆめの中に息づいている、強さの片鱗だった。



「私は…いろいろなことが過去にあって、龍さんが守ってくれてて。

 だからこそ、今現在の私があって、とても幸せで…

 でも、龍さんが自分の心を犠牲にして私を守ってくれてるんだったらって…

 私の過去が龍さんを縛り付けてるんじゃないかって…」

「ゆめ、それは!」

「ちょっと待って!私、きちんと聞きたかったのっ!」


ここで一緒に暮らし始めて、自分の気持ちを主張するために初めてゆめが声を荒げた。

龍は目を細めてゆめを見た。

そこにある、決然とした意思を。


「ね、龍さんは私がここにいて、本当に幸せ?

 龍さんは優しいから…私の過去に必要以上に義務を感じてない?

 見捨てられないから自分の気持ちを押し隠して、

 私を受け入れてるんじゃない?


 今日みたいに、やっぱり男の人が怖くて。

 その度に龍さんに助けてもらって、守ってもらって…

 他の女の子たちみたいにきちんと自衛できなくて、

 慰めてもらってばかりで。

 本当ならもっとしっかりして、龍さんを支えられるだけの力が

 必要なのに…いつまでも甘えてばっかりで…自分が嫌になるの。


 私…私、ここにいてもいいの?

 こんなお荷物な私が傍にいるの、嫌じゃない?

 …私は、ずっとずっと龍さんの傍にいたいの。

 でも、それが負担になってない?」



泣くまいとこらえるゆめの瞳は、アルコールの効果も手伝ってか真っ赤だった。

その中に、龍は自分が抱えているものと同じ不安を見た。


これから先、ずっと遠い未来だって一緒にいたい。

そんな気持ちが強すぎて、相手を縛りすぎているんじゃないか。

相手の人生を台無しにしているんじゃないだろうか。


互いを想っているからこそ感じる不安だった。



龍は思った。

結局は、言葉が足りなかったのだ、と。


いくら思いを込めて抱きしめても、体を重ねても、伝わらないことは言葉にする必要があるのだ。

特に、自分やゆめのように、相手を気遣いすぎてしまう人間は。

やっぱりまだまだだな、と龍は苦笑した。



「俺は、ゆめのこと、迷惑だ何て思ったこともない。

 それどころか…実は、不安だったんだ。

 ゆめに呆れられるんじゃないかって」

「え?」

「ゆめはしっかりしてるし、

 辛い経験を乗り越えて必死になってがんばってる。

 自分で考えている以上に強いし、自信だってついてきて、

 魅力的で…だから、つい縛り付けたくなるんだ」

「そ、そんな…」


龍は「今度は俺の番」とゆめの唇に触れるだけのキスをして、ゆめの言葉を封じた。


「ゆめはきちんと自分で何でも処理できる。

 確かに、今日みたいなことが起こることもある。

 けれど、自分の力をきちんと見極めて、自分なりのやりかたで

 学生生活を楽しんでいる。

 高校生の頃感じていた不安とうまく向き合い、付き合ってきた。


 ゆめのそんなところを知っていたし、信頼していたのに、

 俺はそのことに目をつぶって、いつまでも世話を焼こうとしてた。

 …ずっと独り占めしたかった。

 俺だけがゆめのヒーローでいたかった。


 それは…それは、不安だったんだ。

 俺こそゆめの辛い経験につけ込んで、夢を縛り付けているんじゃないかって。

 俺が、ゆめと年寄りになるまで一緒にいたいっていったら…

 これまで俺がしたくてしてきたことに負い目を感じて、

 愛していないのに了承するんじゃないかって」



愛しそうに龍を見つめるゆめの目から、涙が溢れた。

きらきらと瞳を輝かせるゆめはきれいで、龍の体の奥から、最近ではすっかりおなじみになった欲望が湧き上がってきた。


龍は唇をゆめのそれに寄せ、戯れるようにこすりつけ、舌先でなめながら軽く歯を立てた。

ゆめがふるり、と震えた。



「愛してるんだ、ゆめ。

 すぐにでも結婚したい。

 全部、全部俺のものにしたいんだ。

 …そう言ったら、ドン引きする?」

「全然…っ!

 私も龍さんの事…愛してて、

 いつまでもしがみついていたいって言ったら

 …ドン引きしますか?」


「まさか。大歓迎」



龍はソファにゆめを押し倒し、「汚れてるから!」と嫌がる彼女を無視して首筋に甘く吸い付いた。

少しずつゆめの抵抗が弱まりくたりと手足を投げ出したのを確認すると、龍は本格的に責め始めた。

欲情の靄が二人を包み、荒い息遣いが部屋に響き渡り、室温が急速に上がっていく。


ついにお互いしか見えなくなったとき、二人は同じ時、同じ場所に上り詰めた。

そこに残ったのは、お互いへの愛だけだった。












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