番外編2-2
「新歓コンパ?」
作りかけのアクセサリーを作業台に置き、龍は眉間にしわを寄せてゆめを見た。
ゆめは、相変わらず龍に心配かけてばかりいることが恥ずかしくて、もじもじしている。
戸惑った表情で上目遣いに様子を伺う姿に、龍の心臓が打ち抜かれていることにも気付かずに。
龍は、ゆめはもう成人した今でも、ちょっと外出するだけなのに「携帯をきちんと持ってる?忘れてない?」「暗くなるんだったら連絡するんだよ」と、そわそわしながらあれこれと注意事項を並べたてる。
大学から帰ってすぐに店に顔を出さなかったり帰宅が遅れるときにメールをしないと、決して顔に出そうとしなかったけれど心配でいらいらするらしく、必ず店の前をうろうろと歩いている。
以前忙しくてうっかり連絡を忘れたとき、必死になって謝るゆめに龍は恥ずかしそうに頭を掻きながら「…ゆめが無事かどうかって考えると、不安で仕方なくなるんだ」と言った。
もともと穏やかで、冷静で、どっしりと構えている龍が不安に感じることなど滅多にないことだ。
だからゆめは出来るだけ彼の手を煩わさないようにと、連絡はこまめにいれるようにしている。
自分だって龍がどこにいるのかわからなかったら心配になるし、こうして心配してくれることで愛されているんだ、ここにいてもいいんだと実感できてうれしかったからだ。
それにもし過去にあった事件に巻き込まれても、きっと龍が気付いて助けてくれると安心できた。
そのことをいろはやはるか、志津子とお泊りでおしゃべりする日、”パジャマ・de・ガールストークデイ”で
無理やりしゃべらされた時、3人は口をそろえて「ドンドン引き引き~!!」と叫んだ。
「なにそれっ!龍、過保護過ぎっ!ばっかじゃないっ!?」
「にーちゃん…ついに心がスライム化したんだよ。
濡れ落ち葉もびっくりなほどのべったりぶり!
愛しすぎちゃってんだよ。
愛、こえぇ」
「GPSでゆめの居場所、30分後とに確認するようになったら、もう病気ですね。
その一歩手前で踏みとどまってるんだから、よしとすれば…」
「ゆめ、絶対に合コンとかコンパとか行けないよね~。
へたしたら、女子会もぶー!じゃね?
よくも私たち、今まで生きてこれたよね?
にーちゃんに毒殺されてもおかしくなかったよ。
いとしのゆめをたぶらかす、害獣とかなんとか…」
「はっ!龍ごときに……ちゃんちゃらおかしいや!
…でもさ~、かわいくってかわいくって仕方ないって感じじゃない?
やっぱり年下の幼な妻は片時も手放したくないってか?
ゆめってこれだし、わからなくもないけど」
「そうですよね~。
愛されて光り輝いてますもんね。
見て!この肌!この愛され肌っ!」
その後一斉に伸びてきた手に、髪やら頬やら胸やら撫で回されたゆめは、ずいぶん恥ずかしい思いをさせられた。
心許せる親友たちはどうもゆめや龍で遊ぶのが大好きなようで、困らされることも多い。
それを幸せだと感じるのだけれど、気まずい気持ちが減るわけではない。
その時のことをふと思い出し、ゆめの頬はふわんとピンク色に染まった。
恥ずかしそうに頬を染めるゆめの様子を見た龍は、まだ店にいるというのに我慢が出来ず、ゆめをひざに抱き上げた。
いつもよりもほんのり温かいゆめの頬に唇を寄せ、小さく食みながら小さくて形のよい耳にまで唇を進める。
軽く耳たぶを噛むと、ゆめの体温がさらに上がったのがわかった。
くたんと身を任せてくれるのが愛しくて、熱くなった下半身の欲求をこらえるためにもぎゅうとゆめを抱きしめた。
ゆめの甘い香りや暖かな体温、その柔らかさを感じると、龍の心は逸り、叫びだしたくなるほどだった。
もともと淡白だったため、そんな気持ちに駆られたことなど、女を意識し始めた思春期にもなかったことだった。
ゆめへの思いが強すぎて自分の欲求が暴走していきそうになるのだ。
けれど。
初めて抱きしめたとき、もしかして折れるかもしれないと怖くなったものだが、今ではゆめの強さ、しなやかさも知っている。
そして、その甘やかな情熱も…。
「やばいな」
ぼそりと呟いた龍は、ゆめを抱きなおしてからもぞもぞと座りなおした。
龍は初めて会ったときも、これほど守りたい、抱きしめたい女性はいないと思った。
それなのに、今はもうその時など比べ物にならないほどの大きな愛情をゆめに感じていた。
ゆめには自分の夢を実現してもらいたいと思う反面、いつでも目の届くところにおいておきたい、危険や他の男から隠してしまいたい、そのためならばどんな手段も厭わないという暗い気持ちが沸き起こってくる。
これが独占欲だとはわかっているが、自分がどれほどこの気持ちを持て余していることか…時々龍は自分が怖くなった。
だから出来るだけ、この年下の恋人の自由を尊重しようと考えているのだが。
『たかだか新歓コンパでね…』
過去、これほど執着した彼女など一人もいなかった。
付き合っていたなりに好きだったが、会えなくて辛いことも心配でたまらなくなることもなかった。
ずっと放したくない、いつでも触れ合っていたい、自分だけを見ていてほしい。
ゆめにそういう執着心を強く感じるときほど、龍は自分を律することにしている。
彼女は一人の人間なんだから。
彼女を尊重し、豊かな人生を送れるように、自分の感情で縛り付けてはならない、と。
龍はゆめを愛し、人間として尊敬していた。
どれほどの逆境にも負けずに立ち向かってきた、必死になって抗った強さ。
彼女なら自分の背中を守り、自分の弱さを抱きしめてくれると信じていた。
死ぬまでずっとよき伴侶、よきパートナーとして互いに支えあって歩いていけるだろう。
龍は耳の裏の柔らかい肌を舌先でくすぐり、ゆめの口からこぼれる熱っぽいため息に満足してから、強く吸い付いた。
大きすぎる独占欲を閉じ込めた、ささやかな印。
赤く残った跡をなめてもう一度小さな口づけを落としてから、「…行っておいで」と囁いた。
ゆめの欲望に潤んだ目が龍の瞳を捕らえた。
「……え?」
「新歓コンパ。行ってきてもいいよ。
その代わり、日時、場所はきちんと連絡すること。
終わる頃に電話くれたら迎えに行くから」
「…いいの?」
「もちろん、って言いたいけど、ゆめにはゆめの付き合いがあるからね。
でも、いつも言ってるけど、野郎には気をつけろよ?
知ってる男だからって絶対に二人きりになったり、付いていったりしないこと」
ゆめはうれしそうに頬を染め、くすくすと笑った。
「やだな。龍さん、まるで保護者なんだもの」
「当たり前だろ?ゆめが何よりも大切なんだから」
龍の大きな手が、ゆめの柔らかな頬を包む。
龍の顔がゆっくりと近づくのに合わせ、ゆめはそっと目を閉じた。
直後、唇に慣れ親しんだ龍の感触が広がった。
龍の舌先が唇をノックし、そっと口内に割って入ってきた。
龍のやさしげな物腰とは正反対に、ここは自分の場所だと言わんばかりに我が物顔で動く舌に自分の舌を絡められたゆめは、その強い拘束にうっとりした。
口いっぱいに広がる龍の味が、自分の中に眠っていた興奮と快楽を求める心を呼び起こす。
唇が離れた瞬間たまらず吐いたため息は、熱く、甘かった。
「…もう今日は、仕事にならないな」
唇を合わせて大きなリップ音を立てた龍は、まだぼんやりしているゆめをそっと膝から下ろし、慌てて店じまいをした。
戻ってゆめを抱き上げたとき、ぼんやりと宙を漂っていたゆめの意識が覚醒した。
「あ、りゅ、龍さん、ご飯は?」
「だいじょーぶ。昼にカレー作っといたから。
先にゆめを食べたいな?」
真っ赤になって龍の肩に顔をうずめるゆめの頭を愛しそうに撫でた龍は、その柔らかな髪に口付けた。