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番外編2-1




春。

桜はすっかり散ったものの、まだまだ大学に馴染みきっていない幼い顔たちがキャンパスに溢れている季節。

大学生活も3年目に入ったゆめは、穏やかな目で新入生たちの流れを見ていた。



入学式が終わり、激しい部員勧誘合戦を潜り抜け、自分で組んだカリキュラムをおっかなびっくりこなしている彼らを見ていると、2年前の自分を思い出す。

最初は友達とは違う学部、違う場所に一人でいることに戸惑ったが、今では友達にも恵まれ、大学生活を満喫している。



今年からはいよいよゼミが始まり、より専門的な知識を深められる。

スクールカウンセラーになるという夢を実現しようと決め、心理学を選考する傍ら教員免許取得に向けて単位を順調に獲得してきたし、これからも努力を怠るつもりはなかった。

それは自分のためだけではなくいつもそばで応援してくれている龍の期待に応えるためでもあり、今ではほとんど疎遠になっているものの、何も言わずに学費や生活費を送金し続けてくれる母親への感謝でもあった。


真面目で努力をいとわないゆめは、大学生にありがちな遊びにも興味を示すこともなく、学業と家事、そして今では一児の母になったいろはの店の手伝いに忙しい毎日を送っていた。


心から信頼し、愛している龍のそばで暮らすことで、ゆめは自分らしくいられると思っていた。

どんなものからも絶対に守ってくれるという確信は、彼女にとって何よりの盾になっていた。

それに、龍がそばにいるだけでときめき、女らしい気持ちが溢れてくる。

どれほどの時間過ごそうと色あせることのない、彼に触れられているときに感じる切ない愛しさが、恥ずかしくもうれしかった。


たとえ周りからは地味に見えてもゆめは今の生活が好きだったし、十分満足していたのだが。



「ねぇ、ゆめぇ~。

 大学生だよ?花の20歳だよ?今遊ばなきゃいつ遊ぶわけ?

 いいじゃん、ね?ちょっとぐらいさぁ~!」

「…でも、私…飲み会なんて…」

「ちょっとした飲み会じゃん!

 それに、合コンってわけじゃなくて、ただの新歓コンパだよ?

 うちの人も怒らないって!」

「そういうんじゃ、ないんだけど…お酒もあまり飲めないし。

 苦手なの、そういう席って。

 私、あんまりうまくお話できないし、場を盛り下げちゃうのに、

 部員でもないのに参加するなんて…」

「いてくれるだけでいいのっ!

 お願いっ!

 みんなに言っちゃったのっ!ゆめ来るって!

 このままじゃ、先輩にも後輩にも吊るされちゃうよっ!!」



ゆめはため息をついて舞子を見つめた。


伊達舞子は大学生になってから初めて出来た友達だった。

彼女は名前の通り歩いていてもまるで踊っているように楽しげで、ひとつのところでひとつのことに集中することなど考えられないぐらい元気いっぱいだった。

好奇心旺盛で、何か面白そうなことが彼女のアンテナに引っかかると、全てを放り出して走っていってしまう。

そんな彼女が『お祭り宴会同好会』という飲んで食って騒ぐことを目的とした会に入部することは、きわめて自然なことだった。


交友関係も広くて、毎日誰かと遊ぶ約束がある舞子はなぜか人一倍落ち着いたゆめのことを心底気に入ったようで、専攻が同じこともあって大学にいる間はべったりと彼女に張り付いていた。



ゆめは大学に入ってからも相変わらずの引っ込み思案で、特定の交友グループの中に入っていくことはなく、誰とも一定の距離を置いていた。

もちろん学業と私生活であわただしくしているため、サークルに入ることもなかった。

入学当初しつこい男に絡まれるのではないかという龍の心配をよそに、少しでも下心を持って近づいて来た途端ゆめが怯えて話が出来ないことを誤解した男子学生が『氷のような女』と噂するようになってから、ちゃらちゃらした男子学生から声をかけられることもほとんどなくなった。


入学してしばらくは周りの学生から浮いていたゆめだが、好奇心旺盛な学生が数人話しかけるようになるとゆめがかなりの聞き上手で、噂にあるような冷たい人間ではないと確信する人が増えた。

しかも親身になって話を聞いてくれると悩みを相談しにくる学生が男女問わず増え、気がつけば”みんなのカウンセラー”という少し特殊なポジションに収まっていた。


みんなと親しくて信頼できる存在だが、その私生活は謎に包まれた存在。

モデル並みの容姿なのに自己主張などせず、温かくて穏やかで母性的な雰囲気も、同性からも異性からも憧れの高嶺の花と呼ばれ愛される理由だった。


こうしてみんなの癒し・ゆめが誕生したのだが、やはり密かにあこがれている男子生徒は数多いるわけで。

そういう男たちの要求は、いつもゆめに張り付いている舞子にぶつけられ、ゆめのことを思って全て断ってきた舞子も近頃さすがに防ぎきれなくなってきたのだ。



両手を胸の前で組み、潤んだ瞳で『お願い』ポーズをする舞子。

ゆめは喉もとまで出ていた断りの言葉を飲み込んだ。

舞子を見ていて、だんだん気の毒になってきたのだ。


2年も一緒にいたのに、龍のことを舞子に話したことはなかった。

一度彼氏がいるかと聞かれたことがあったのだが、答えに窮しているうちに「あ、いい、いい!無理して答えなくてもっ!」と制されてから、話す機会がなかったのだ。

しかもいつも飛び回っている舞子は、家に遊びに来てもらうこともなくて…。


付き合っている人もいないしと考えるのは、当然のことだった。

あのサークルの趣旨からしても、先輩からの命令に逆らうことは後輩のみでは難しかっただろうに、舞子は彼女持ち前の人懐っこさでうまくかわしてくれたのだ。


ゆめはもともと宴会など苦手だったこともあるし、龍が心配するから断ってきた。

舞子も、いつもゆめの気持ちを一番に考え、決して無理強いすることはなかった。

そんな彼女がこうまで言うのだから、よほどのことなのかもしれない。



「…わかった。じゃぁ、お邪魔することにするね」

「…マ、マジ!?」

「うん。みんなに嫌な思いさせちゃうかもしれないけど

 …それでもいいかな?」

「も、もちろんっ!やたっ!!」

「じゃ、よろしくね?」

「こちらこそっ!

 あ、コンパは明後日金曜日、6時から居酒屋わらべえだから!

 ゆめがきてくれるなら、私もゆめも会費は無料でいいって!

 一緒に行こうね!」

「え?そんな…悪いよ…」

「大丈夫、大丈夫!

 ゆめはね、なぁ~んも心配することないから!

 うわぁ~、楽しみだ~!!

 それにさ、ゆめにだってそろそろ彼が出来てもいい頃だと思うの!

 きっとお好みの男、見つかるよぉ~?

 …あ!これから先輩たちに報告してくる!!

 じゃあねっ!!」



舞子は笑顔でぶんぶん手を振りながら、走っていってしまった。

そんな舞子の元気いっぱいの背中を、ゆめは笑顔で見送った。






 







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