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10話



ゆめが龍のところに来てから、1週間が過ぎていた。



あの日、ゆめを近所の整形外科に連れて行くと、捻挫だと診断された。

しばらくは足に体重を乗せることも避けたほうが良いとのことで、歩かなければならないときも

松葉杖を使う生活を余儀なくされた。


診察が終わってから龍の家につれて帰ると、怪我のせいなのか、疲れなのか、ゆめは高い熱を出した。

龍は母親に連絡して学校を休ませる手配をしてから、いろはと共にかいがいしく世話をした。

熱でぼんやりしているだろうに、しきりに恐縮するゆめの姿を複雑な思いで見つめながら。



結局、娘の病状を知らされても、ゆめの母親は居場所を知らせているにもかかわらず一度たりとも娘を見舞うことがなかった。

熱が下がってからいろはがゆめと一緒に自宅までゆめの身の回りのものを取りに行ったときも、

連絡していたのに顔さえ見せなかった。

もちろん、電話やメールなどでの連絡さえもない。

ゆめはそれが当たり前だと思っているのか、苦だとも感じていない。

「そういう関係を当然と思うような環境で彼女を育ててきた、それが許せない」といろはは憤った。

龍もまた同じ思いだった。



龍と父親との関係もまた、冷たくて複雑なものだった。

小さいころはそれが理解できず、父親に腹を立て、互いに存在しないかのようにしか接することができなかった。

その一方で、ただ自分は取るに足らない人間だから父に愛されないのだと自分を責め、蔑んできた。


けれども叔母一家の優しさに触れ、大人になるにしたがって、愛するものを奪った原因を目の前にして

父に何ができたのか、考えるようになった。

龍を激しく憎むのは、母を激しく愛したということ、愛に執着する父の弱さの表れだと、今は理解している。

だからと言って父との距離が縮まるわけでもないが、それでもある種の許しが芽生え、互いの関係を安定させているのだ。



しかし。

ゆめの母のそれは一体なんだというのだろう?

龍にはさっぱり理解できなかった。


彼女の口から家族について語られたことはない。

ただ、母とはかなり特殊な関係にあると言うこと、そして父親に対して尋常ではないぐらいにおびえているということ以外はうかがい知ることができなかった。

いつの日か、彼女が心を開いてくれるようになったら語られるかもしれない。

その日がくればいいと、龍は願っていた。


彼女を愛しく思う気持ちは秒単位で強くなり、この1週間ですでにゆめは龍のかけがえのない存在に

なっていた。

それはいろはとて同じことらしい。

けれど、龍のそれは…本人は庇護欲以外の何かがあることに、当の昔に気付いていた。

義理の妹と同じ年の少女に…。



龍はため息を吐いた。





仕事を終え自宅に続く階段を上っていくと、上から楽しげな笑い声が聞こえてきた。

扉を開けると甘く軽やかな笑い声が響き、「おかえりー」とばらばらに聞こえてきた。


その光景に龍は目を細めた。

噂をすれば影が差すのは事実だったのか、龍の義理の妹である、はるかと彼女の親友刈谷志津子がゆめといろはの晩餐に加わっていた。


ゆめがリラックスしてくすくすと笑い声を漏らしている姿を、龍は初めて見た。

おとなしく座っているものの、うれしさに興奮して目がきらきらと輝き、頬がほんのり赤らんでいた。

普段はどこか怯え、全てを諦め、達観しているようなところがあった。

それ故に、自然と年頃の少女らしく振舞っている姿が貴重に思えた。


そんな時間をもっと過ごしてほしい、ゆめの気持ちに水を差したくない、と龍は思った。



だからこそ会場が我が家ではあるものの、大きなピザやサイドメニューを囲んだ小さな女子会に、

男である自分が加わってもいいものか?と躊躇した。


しかし、龍のそんな気遣いは無用だった。



「にーちゃぁん、早く!ピザ完全にさめちゃうよ?」

まるで男の子のようなくしゃくしゃの髪や真っ黒に日焼けした肌を恥ずかしがるでもないはるかが、

女らしからぬあっけらかんとした顔で、にかっと笑った。

今日はいつも以上に気分上々のようだ。



苦笑した龍はゆめの隣に座り、「足は?大丈夫?熱は下がったのか?」とゆめの足の具合を見、

おでこに手を当てた。


そんな龍の姿に、はるかと志津子は驚いて動きを止めた。


「めちゃ過保護じゃんっ!そんなにーちゃん初めて見たしっ!」

「…ホント、ここまであからさまに保護欲垂れ流した龍さん、初めて見ました」


見た目、性格が正反対の二人からもらった似たようなコメントに、龍は苦笑した。

「言っとくけど、ことゆめちゃんに関しては、龍、別人よ!」といろはが得意げに話すと、ゆめは居心地悪そうに体を縮こまらせた。

そんな小動物じみたしぐさにかわいいと思ったのは龍だけではなかったようで、いろはが我慢できないとばかりにゆめに抱きつき、残る二人も「萌え~!」と叫んだ。


女3人寄ればかしましいとはよくいったものだと、龍は一人ごちた。




「でもさぁ、ゆめちゃんがこれ程かわいい人だとは思っても見なかったっ!学校とは全然違うし」

「そうよね。近寄りがたいと言うか、余り話しかけちゃいけないのかなって思ってた」

「…あれ?知り合い?」


龍は驚いて目を見開いた。

学校は同じだと知っていたけれどマンモス校だったため、共通点のない3人は知り合うこともないだろうと思っていたのだ。

はるかは自他共に認めるスポーツ馬鹿だし、志津子は熱心な美術部員だ。


「同じクラスになったことないから直接は知らなかったけど、たまに廊下ですれ違ったり

 してたから…」

「それにさぁ、ゆめちゃんいつも一人でぽつんとしてたから、すんげぇ気になって

 たんだよね~」

「ちょっと!はるかっ!」

「いいじゃん。ずっと気になってたんだし、もう友達だし。ざっくばらんに話できるし!」



回りくどいことが嫌いでストレートな妹に、龍は感謝した。

少しぐらい強引なほうが、ゆめの気持ちも聞きやすい。


けれどゆめはぎゅっと目を閉じ、俯いてしまった。

そんなゆめの様子を見て、志津子が小声で「ほら…」と言いながら、肘ではるかをつついた。



はるかは一瞬罪悪感で顔をゆがませ、複雑な顔をした。

しかし、長い時間うじうじ考えられない彼女は、もう我慢が限界とばかりに訴えた。


「どーせここまで聞いてひんしゅく買ったんだから、最後まで聞くっ!

 だって、ずっと気になって気になって、心配で心配でたまらなかったんだもんっ!

 志津子だって一緒でしょ?ずっと気にして見てたじゃん!

 ねぇ、ゆめちゃん、クラスのみんなから無視されてるよね?あれっていじめだよね?

 私、あんまりそういうのに詳しくないけど、でもそんな私でもわかってるぐらいだから、

 ずっと長いことこんなことになってんでしょ?」

「…ちょっとっ!はるか、やめなさいっ!」

「だって!このまま知らん顔してたって何の解決もしないよっ!」


「二人とも落ち着いて」といろは間に入り、はるかも志津子もしぶしぶ引き下がった。



「ねぇ、ゆめちゃん。二人から話を聞いても…いいかしら?

 あなたがイヤなら、もうこの話はなしにする。

 でも、二人の話し振りから想像すると、どうやらすぐにでも解決したほうがいい

 問題みたいだし、私たちを信用して話してくれた力になれるし、うれしいんだけど…」


いろはに頭を撫でられ、うつむいたゆめの瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちた。


「泣かないで?ね?あなたを怖がらせたいワケじゃなかったの…」

「違う、違うの。ごめんなさい…わ、私…っ、みんなに迷惑かけて…

 心配してもらって…っ!

 そんなことしてもらえるような人間じゃ、ないのに…っ!」


その言葉を聞いた途端、龍はゆめを抱きしめた。

自分を卑下する彼女を見るのはたまらなかった。



「ゆめ…ゆめ…?話を聞いてもいいか?絶対に悪いようにしない。

 力になれる限り力になるし、ずっとそばにいるから。な?」


龍がささやきかけると、ゆめから力が抜けた。



「…ともだち…と、けんか、したの。私、友達づきあいがへたで、その子しか仲のいい友達が

 いなかったの。

 でも、なんか、理由がわからないんだけど、突然彼女が…冷たくなって。

 友達と思ってたのは自分だけだってわかって……気付いたら今の状態になってた…」


しん、と部屋の中が静まり返った。

ゆめを抱く龍の腕に力が入った。


「…なぁ、志津子ちゃんは知ってたのか?このこと…」

「…私は、ゆめちゃんがクラスのリーダー格の女の子から睨まれてて。

 クラス全員から無視されてるって、その原因がリーダーの彼氏をゆめちゃんが

 盗ったからって話を聞いたぐらいで…でも、ゆめちゃん、ぜんぜんそんなことする

 タイプに見えないし…」

「そうだよっ!噂だけ聞いてたらどんだけ腹黒の無節操女だ!と思ったけど、外見からだって

 話したって全然そんな感じしないしさぁ!

 絶対にどっかの根性腐ったヤツがでたらめな噂流してんだよっ!」



「私、そんなことしてない。絶対…友達を裏切るなんて…絶対にっ!」

ゆめは龍の胸から顔を上げて、真剣な目ではっきりと言い切った。

「お願い、信じて…」辛そうにゆがめられた瞳に、うそ偽りは感じられなかった。



「大丈夫!私も志津子もわかってるから!クラス違うけど、もう私の友達だし!」

「そうよ、私もゆめちゃんの友達になりたい。だから、学校では一人だなんて思わないでね?」



二人の言葉にゆめの目はついに決壊し、龍の服をつかんでまた泣き始めた。




龍は妹たちを誇らしく思うと同時に、ゆめをずっと守り続けようと決意した。










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