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アル・カナ

平々凡々を歩んでいるかと自分では思っている織羽 風羽(20歳)。

最後まで読むとやっぱりファンタジー?

性格は厄介事には即廻れ右してダッシュで逃げろ。けれどやられる前にやれ!という感じです。




 ここで説明するとしましょうか、と私は誰に言うのでもないのに、語り手のような口調で言葉を紡ぎだす。それに音はない。これはあれだ。土を掘ってその中に叫んだつもりが丸聞こえ的な状況を防ぐ為の、ある意味自己防衛なのかもしれない。


 私には従兄弟がいる。


 何でも出来る従兄弟だ。それは血筋の欲目なんていう可愛らしいものではなく、化け物級だと言えよう。


 その天才的化け物と言っても言い過ぎではない従兄弟と、私は同じ年という生まれながらにどんな災厄を背負ったんだという程の重い荷物を背負わされ、ここまで生きてきた。

 せめてもの救いといえば、従兄弟の性格があまりよくないという事だろうか。

 お前はどうなんだ?と突っ込みを受ければ、それはあえて沈黙という形を取らせていただこう。何故なら、私もよくはないからだ。

 寧ろ空想妄想なんでも来い、とばかりの本性がばれたら痛い子認定間違いないという、別の意味で癖のある性格というのは重々承知している。だが、そんな自分の事は取りあえず横へと置いて、従兄弟の話しを続けよう。


 従兄弟の名は織羽オルハ 悠祇ユウシという名前からして独特な存在。身長はゆうに180cmを越し、俗にいうモデル体型というものを軽く陵駕している。

 印象的で深い黒曜石の眼差しと、手入れなしでも艶は失わない髪は多少くせっ毛だが、さらさらである事は触らなくてもわかる。

 風に絹糸のような漆黒の髪を遊ばせ、壁に凭れ掛かるその姿はさながら1枚の絵画のように違和感はない。

 黒曜石をはめ込んだような眼差しは切れ長。多少鋭さを感じるものの、雰囲気にもあっていて寧ろ違和感はないのだ。


 学校の勉強は何もせずに満点を取れる頭脳。

 運動神経は言うに及ばず抜群。

 ほっておいても見ごたえのある女性たちから受けるアプローチの数々。

 実家は、かなり裕福という非の打ち所のない存在。

 天はこの従兄弟にどれ程の幸福を安売りしているんだと、思わずつっ込みたくなるがそれは決して私だけではないはずだ。



 それとは対照的な存在といえば、私の語りを聞けばわかるはず。


 そう……私は織羽 風羽カザハという名前だけは変わった平々凡々を突き進む20歳。

 私の平々凡々な埋没する為にあるような人生は、常に従兄弟の存在によって綱渡り状態にさせられた。何故ならば、従兄弟はもてる。これ以上ない程おもてになりまくる。が、そんな女性たちの中には当然従兄弟という地位にのさばっている私に、面白くないという感情を抱く者たちもいるのだ。

 これは非常に不本意でのしをつけて返却したい汚名だが、今更それを言っても仕方ないと諦める事にしている。

 そんな私の自衛手段は、情報屋。とかっこよく言ってみても実情はただの耳年増。だがしかし、自衛には役立つ手段だと中学の途中から気付き、高校からは迷わずに実践したら効果があった。

 これがなければ、私は今頃彼岸の住人だったかもしれないと、冗談にもならない事を想像してつい乾いた笑いを漏らしてしまう。

 あれこれ握りつつ、女性に流して恩を売ったりと。途中は路線がそれて仲人のような存在だったが、その辺りも心強い味方を得たという事で良しとしておこう。


 情報社会を地で行った私は、大学ではアイツと離れられると内心は電々太鼓を鳴らした昔懐かしい祭りを日々開催したものだが、表に出す事はしなかった。

 理由は簡単。

 アイツは、私への嫌がらせが好きなのだ。嫌がらせの為に、女性と付き合った事も数知れず。その時は命の危険をひしひしと感じながらもなんとか逃げ切り、生きている事に感謝もしたものだ。

 それなのに。

 それなのに……いつのまにか志望大学を変えられ、アイツが教鞭を握り私に受験対策を施す。


 そう。

 流れは既に止めようのない場所まできていた。


 そして現在。留年という野望を挫かれた私は、アイツと大学二年生をやっていたりする。








「…出席だけですか」


 要領よく単位を取り捲ったり、教授を精神的にどん底に追い詰めたりとしながら、アイツは大学二年して卒業出来る程度の単位は取得したんじゃないだろうかと思うレベルに達していた。

 別に驚く事はない。アイツが日本の大学に通っている事自体が間違いなのだ。そんな中、私は従兄弟というだけで助教授に泣きつかれ、困ったように肩を落とす。

 正直に言えば手に負えないのはこっちも同じ。


「助教授。迷わず、従姉弟がお付き合いしている女性に相談して下さい。そうすれば、一時は出るかもしれません」

 付き合っている間はちゃんと優しいのだ。飽きれば手の平を返すだけで。その甘い期間に言えば、アイツの事だから講義の一回や二回はきっと出るはずと私は確信をもって助教授へと告げる。

 すると、自分の懇願を聞き届けてもらえなかった助教授の目が怪しく光ったかと思うと、オドロオドロとしたモノを背後に背負いながら私へと言う。

「単位は、いらないのかい?」

 必殺の脅し文句だと思い込んでいる助教授。

 自分の受け持つ講義が絶対落とせないと分かっているからこその言葉。


 だがしかし甘いっ。と叫んで差し上げましょう。


「わかりました」

 瞳を伏せた私に、やってくれるかと勘違いをした助教授が期待に瞳を輝かせる。

「留年させていただきます」

 心の中で大規模な祭りを開催してもいいだろうか。いや、これはぜひとも開催まで持っていかねばと、親が聞けば嘆くかもしれない決意を固める。

 留年さえすればアイツと離れられる。

 あぁっ、踊ってもいいだろうか。



「へぇ…面白い話し、してるよなぁ」


 だけど、私が最高潮の時に限って突き落とすその声音。

 悪夢の始まりを告げる響きを兼ね備えるソレ。

 内心では舌打ちをしながら、私は私より大丈夫じゃない助教授へと視線を流す。面白いぐらいに顔面真っ青になった助教授にそっと、ご愁傷様、とエールを送る。当然音には出さないいつものアレで。


「何他人事って面してんだよ?」

「他人事ですから」

「相変わらず見た目は仏頂面で可愛げのねぇ女だな」

「お褒めに預かり恐悦至極に存じます」


 ワンブレス。

 一息で言い切りましたよ私は。

 するとアイツの眉間にちょっとだけ皺が寄ったと同時に、私は一歩後ろへと下がった。その時、アイツの手が目の前を通り過ぎる。

 ふぅ。ギリギリセーフ。顎を掴まれてる所だった。危ない危ないと背筋が寒くなるのを我慢しながら、アイツを見上げた。

 相変わらず嫌味な程整った顔立ち。

 でも…。


「また、別れたの? 助教授、先ほど伝えた手段は不可能になりました。新しい彼女が出来るまで少々お待ちください」

 口角を上げて笑みを形作り、一礼して戦線離脱を試みる。その時に視界の隅に捕らえたのは、整った顔立ちを微妙に歪ませるアイツ。この表情はよろしくない。何かを企む前段階の表情だと、付き合いの長さでわかってしまう私はその歩みを止める事はなかった。




 カッカッカッ。と微妙な高さの踵の音を鳴らし、私は歩き続ける。そうだ。とりあえず勇気ある撤退で女子トイレに駆け込むんだ。

 胸にしっかりと吹けば消え去りそうな灯火を懸命に守りながら、なるべく音をたてずに横開きのドアをガッと開ける。運の良い事に利用者はいない。

 そして慣れた手つきで携帯を取り出し、気分的には高速で指を動かし友人へとメール。ここまで迎えに来てもらうのだ。一人で歩いて捕まったら最後だと、何故か私の感が告げている。この辺りも付き合いの長さかもしれないと思いつつ、とりあえず折角トイレに来たのだからと個室のドアへと手を置いた瞬間、身体が傾いた。


 あれ…貧血?


 グランッと脳をシェイクされるような感覚。持病は持っていなかったはずだと思ったけど、発病してなかっただけかも。なんて馬鹿な事を考える。

 ここで意識を手放せれば楽なのに、シェイクされながらも私の意識ははっきりとした状態で、あぁぶつかる──と、何処か呑気に考えた。

 だけどぶつかる寸前に私の額を覆い隠した大きな手。細くて骨ばった、触れただけで分かる綺麗な指先。

 たったそれだけで、私はその神に愛されたとしか思えない指先を持つ主がわかってしまう。


 ただ、これは私にとってはまったくもって嬉しくないシチュエーション。

 思わずゲッと声が私の口から漏れた瞬間、指先に力が入り私の額が悲鳴を上げる。そんな状態の中、一人分のスペースしかないトイレの個室にしては壁が遠いと、場違いな程冷静な私の声が響く。

 いつのまにかくるりと回された私の身体。視界は開けて見えるのは天井と…。


「なんでアンタがいるの? 変態じゃない」


 女子トイレに居るなんて変態でしかあり得ないと呟く視線の先は、何度見ても整い過ぎた顔立ちの従兄弟。

 予想通り。

 本当に大当たり。と小さく呟く。

 しかし、コイツがいると私の凡庸さ引き立つ。それはいいんだけど巻き込まれるのが嫌なのよと、密着した悠祇の身体を遠ざけようと胸の辺りに腕を押し付ける。たったこれだけの密着で分かるほど均整のとれた身体つき。無駄な肉のない身体は、私とは比べ物にならない程の力を有しているのがまた腹立たしい。

 

「へぇ…変態? 何処、が?」

 態々言葉を区切るな厭味ったらしい。と、下から睨みつければ、悠祇の笑みとかち合う。久しぶりに拝む気がするご尊顔という言葉が浮かぶほどの美形。これが従兄弟じゃなかったら観賞用だったのにと思わずにはいられない。


「ナァ…風羽」

 しっとりと吸い付くような心地よい声音。とは思うのは多分一般的な感覚。私にしてみたらオドロオドロとしたお化け屋敷の方がまだマシだと思う音。

「お前は相変わらず可愛げのねぇ女だな」

 そう言いながら至極の笑みを私へと向けたから、ていっとばかりに手で打ち落とす。

生まれた時からずっと一緒にいた私にしてみたら、耐性はあるし拒絶反応は起こるしで大変なのよ。

「だから褒め言葉。いい加減離してくれません?」

 まったく私が悠祇の事が苦手というか、関わり合いになりたくないって知っているはずなのに、あえて接触を計ってくるから性質が悪い。

 悠祇程の見目麗しい人間ならば、他者など掃いて捨てる程寄ってくるだろう。寧ろ掃いたり捨てるのが間に合わないかもしれない。

「聞けよ、風羽」

「聞くからその耳に囁くような不気味な声音をやめてくれませんかね?」

 だからお化け屋敷の方がマシなのよ。と思えば、悠祇の整った眉根がこれ以上ない程顰められた後──…。


「ぅわ」


 壮絶に微笑まれた。

 多分きっと、私以外が見れば魂を奪われるような見惚れすぎる綺麗な笑み。


「何その不気味な笑顔。用件があるならさっさと言ってよ」

 そしてこの鳥肌がたつような状況から解放してくれないかな、と、至極真っ当な事を思えば、肩に回された手に力が込められたのが良く分かる。

 本当に心底思う事がある。

 この従兄弟は読心術を使えるんじゃないかと。

「お前の考えている事が分かりやす過ぎるだけだ」

「あら失礼な。これでもポーカーフェイスで通ってるのよ」

 アンタの親衛隊に囲まれた時とか、怯えるわけにはいかなかったし。そんな情けない真似はしたくはなかったから、どんどんとそんな可愛げのないと評される表情だけが増えてった。

 そしたらあら不思議。いつのまにか精神もそれに引っ張られ、いつの間にかこんな感じになったけど寧ろ全然OK。困ってない。

「…まぁ、いい」

「じゃ、本題どうぞ。それでさっさと離して」

「そうか。なら、言うぜ?」

 態々疑問系で聞いてくる所が本当に悠祇らしい。ここで拒否をした所で許さない癖に、厭らしくもこういう前置きじみた事が好きなのだ。

 相手の反応を楽しむ真性なドS。

 けれど珍しく、悠祇の顔から表情らしきものが消えうせた。


 あ、これはよろしくない。

 直感的に思った私は身を捩ろうとしたけれど、幾ら細くとも私よりもガッチリと無駄のない筋肉に覆われた悠祇の腕はそれを許してはくれず、もがけばもがく程私の視界に広がるのは悠祇の身体。

 丁度胸の辺りに顔を埋める感じになったのがまた鳥肌もので、私が思わず反射的にあそこにエルボーをくらわせそうになったと同時に、悠祇の腕が動いて私の身体を持ち上げた。

 あぁ、アレ。

 世間一般的に言うお姫様抱っこというヤツ。



「俺たち一族は実は、異世界人だって知ってたか?」


「ハァ?」


 さらり、と悠祇の口から告げられた言葉に私の脳は一瞬にしてクエスチョンマークを浮かべまくる。

 一体何からつっ込めばいいのか。

 お姫様抱っこか距離が近すぎる事か。

 別に悠祇が異世界人っていうのは今更だけど、一族って事は私もか冗談じゃないぞこんな平々凡々を絵に描いたような私を捕まえて!という事か。

 あぁ、それともトイレの個室に倒れこんだはずなのに、倒れた先はこんな中世ヨーロッパを連想出来るような華美な室内じゃなかったよね。という非現実的な光景なのか。


「つっ込み所がありすぎて、何から言えばいいのやら」

 思わず口から漏れた私の本音に、悠祇が楽しげに笑ったかと思うと。

「あぁ、その反応──…俺の好きな、風羽の反応だ」


 今世紀最大の爆弾発言に、今度こそ私の思考は停止したのだった。



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