月の雫と陽の欠片
変わった双子の物語り(突発ファンタジー)です。
双子の妹(?)イディアルが主人公。強いけど素直で無邪気。人の裏を読むのは苦手なタイプ。18歳です。
とある国に、物語に出てくるような美しいお姫様と凛々しい王子様がいました。母親のお腹の中で共に過ごし、双子としてこの世に誕生してから18年。
王子は誰よりも強く賢く。
姫様は誰よりも美しく麗しく。
誰もが羨む双子。
ただ一つ、そんな双子には問題がありました。
生まれた時に魔女に呪いをかけられた双子は、太陽の下では性別が逆転してしまうのです。
太陽の下で女になった本来は男である兄は、金の色彩を持ち何処の姫よりも美しく育ちました。
太陽の下で男になった本来は女である妹は、銀の色彩を持ち何処の王子よりも凛々しく育ちました。
物語に出てくるような王子様とお姫様は実は、太陽の下での性別が世間へと知れ渡り、姫は王子として。王子は姫として充実した日々を過ごしていました。
「レティ。何が食べるものある?」
窓からひょこりと顔を出し、編み物をするレティアルへと声をかける。
「またそんな場所から。駄目だよ? ここは二階でしょ」
「大丈夫大丈夫。魔法の訓練だって」
足をばたつかせながらニカっと人懐っこい笑みを浮かべ、手を差し出す。
「行儀が悪いよ。まったく…ほら、入っておいで」
濡れたタオルで手を拭き、作ったばかりの菓子の器を机の上へと置く。そんなレティアルの動きを見ていたイディアが感嘆の声を漏らした。
「どうしたの? イディ?」
「レティの動きは洗練されてるなって思ってさ。僕じゃドレスでその動きは無理だよ」
「イディの無駄のない動きだって僕には無理だよ。レースが無い衣は不安で着る事が出来ないし」
二人で顔を合わせ、笑みを浮かべる。
こんな環境だからなのか。境遇だからなのか。
二人は生まれた瞬間から互いの一番の理解者でもあった。
だが、親からするとその辺りも嘆く要因の一つであるのを二人は知らない。
一日の半分は本来の性に戻る二人は、片割れの行動とは真逆の行動に走り出したのだ。
「茶も花も編み物も礼儀作法も、レティの方が似合うよ! 金糸に色とりどりの髪飾りで彩って着飾って…レティ以上に綺麗な人を僕は見た事がない!」
と、イディアルは武器を持ち訓練に励んだ。
「細身の長剣と騎士の衣装。イディ以上に似合う人はいないよね。銀糸を一つにまとめ、純白の衣に身を包んだイディはこれ以上ない程かっこいい騎士様だよ」
と、レティアルは淑女教育に励んだ。
これが本来の性別であったのなら文句の付けようはなかっただろう。しかし、呪いでこうなっているだけなのだ。呪いさえ解けてしまえば、レティアルは男に。イディアルは女に戻る。
「「いっその事、性別逆転で固定してくれないかな?」」
一言一句違わずに言葉をはもらせた双子に、父親が口を開けかける言葉を失ったのはまだ記憶に新しい。
そんな中、動きやすい格好に身を包んだイディアルは魔法を駆使し、日課になりつつある空の散歩を楽しむ。普段は城から出ないレティアルへの土産話しと、綺麗な花でもないかなと地上を見下ろしながらその動きを止めた。
「倒れてる?」
黒の塊。だが、微かに動いている気がする。
「うーん。人かなぁ。手っぽいよなぁ」
高度を下げ、近づいてみるとやっぱり人だった。取りあえず慌てずに持っていた水筒とタオルを取り出すと、肩らしき場所に手を置きながら声をかける。
「大丈夫ですか? 水あるけど飲めますか?」
温もりと手に伝わる鼓動。多少乱れてはいるが、瀕死というわけではないと冷静に判断する。が、それでも弱っている事には変わりはなく、答えない男に腕を回して黒の塊をひっくり返すと、口元に水筒を持って唇を濡らす。
そして、水筒を持っていた左手を男へと翳すと、目を閉じ癒しの光を思い浮かべながら癒しの詞を紡ぎだす。
補助である癒しの魔法はレティアルの得意分野で、イディアルは攻撃の魔法を得意とする。それでも、やらないよりはマシだろうと魔力を癒しへと変換していく。すると、男が微かにだが身じろぎをし、ゆっくりと目を開けた。
「あ、起きたー。大丈夫? 癒しの魔法だから、安心してもう少し寝てて」
安心させるようににっこりと笑みを浮かべ、癒しの詞を紡ぎ続ける。イディアルの癒しの詞は唄だった。癒しの唄に身を委ねるように男は目を閉じ、身体をイディアルへと預ける。
強烈な光ではなく、仄かな光。
「(…苦手なんだろうな。癒しが)」
じわじわと広がっていく癒しの効果。それでも、行使出来るというのはそれだけで魔力の高さが窺えると、男は閉じていた目を開けてイディアルに視線を移す。
その瞬間、銀の光が男の視界へと広がる。
「……ッ」
「んーん? あぁ、血色が随分良くなったね。ほら、水分と携帯食品。男の人にしては随分細いよ。ちゃんとご飯は食べなきゃね」
「……」
「大丈夫だよ? 携帯食品はレティと一緒に作ったから、味は保障できるし。美味しいよ」
男の無言を携帯食品の味の心配だと思ったのか、小さく千切り自分の口へと放り込む。
「ほら、美味しい」
警戒心の欠片もない人懐っこい笑みを浮かべ、もう一度携帯食品を男へと渡す。それを散漫な動作で男が受け取ると、自力で起き上がれた男から手を離し近くに腰を下ろした。
「いい風。気持ちがいいね」
男に同意を求めているのかいないのか。イディアルは呟くと天を仰いだ。
そして徐に懐から紙を取り出すと、男へと手渡す。
「…?」
「近隣の地図。迷子になる人を見かけるから、持ち歩くようにしてるんだ」
「…そうか。随分と無用心だな。俺が盗賊だったらどうするつもりだ?」
だが、男から返ってきた言葉は冷たく淡々としたもの。
そんな男からの視線を真っ向から受け止めた後、イディアルは考えるように首を左右へと振った後、真っ直ぐ見てくる男の視線と合わせるように男を見つめる。
「その時考えるよ。見捨てたら僕が気分悪くなっちゃうしさ」
笑いながら、持っていた水筒と携帯食入りの鞄を男へと押し付けた。
「だから、自己満足に付き合ってよ。お兄さんは食以外で心配な所ってないからさ、僕の大好きな携帯食と湧き水入りの水筒を押し付けておくから、胃に収めて」
男の戸惑ったような視線の本来の意味には気付かず、イディアルはもう一度笑うと風を纏う。
「お兄さんの魔力なら大丈夫だと思うけど、無理しないようにね」
その言葉を最後に、イディアルは再び空へと舞い戻る。この時は結局、最後まで男の視線の意味には気づけなかった。
「……あれが、呪いの片割れか」
そして、今の時間が男だという事は、本来の性は逆。
「ハァ……俺は心底、ついてない」
これがもう片方の方だったら、まだ良かったのにとイディアルから渡された鞄を力任せに握り締めた。
「レティー聞いてっ」
何度注意されても懲りずに窓から顔を出すイディアルに、レティアルは苦笑を漏らしながらいつものように濡れたタオルを手渡す。
「今日は人助けをしたよ。癒しの魔法が上手くいって良かった」
レティアルの部屋にあるイディアル専用の椅子に腰をおろし、濡れタオルで顔を拭きながらも今日あった出来事を報告していく。
「そうなの? 苦手なのに、前より上手くなったのかな」
「僕も日々訓練はするんだよ。でも、レティがいるから回復はね、ちょっと後に回しちゃうっていうかね」
「それを言うなら僕もだよ。補助系ばかりだし。でもさ…その男の人、また逢えるといいね。逢えたら、携帯食の味の感想も聞きたいし」
イディアルから聞いた男の特徴に、にっこりと人々を魅了すると名高い笑みを浮かべてレティアルが言葉を紡ぐ。
「うん! でも、レティの料理は美味しいからその感想はバッチリだよ」
にこっと、レティアルとは対照的な人懐っこい笑みを浮かべるイディアル。
「そうだといいな。見かけたら教えてね」
「うん、勿論」
しっかりと釘をさすレティアルの真意にはやはり、イディアルは気付けずに素直に頷くのだった。