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魔界の二柱

 地球→魔界(女王)への転生。

 基本気苦労。魔王の浪費癖に頭を悩ませている元赤字工場の事務員。




 感情のまま、先ほど渡されたばかりの書類を床へと叩き付けた。


「今度こそ簀巻きにしてやる…」


 あぁ。今度こそ。今度こそは有限実行だとも。

 ギリギリと奥歯をこれでもかと噛み締めていたら、側近の魔族が私から距離をおく。

 ……その気持ち、わからなくもない。

 今の私は魔界の女王という称号を得ている、元日本人。所謂転生者という存在だ。それ故に魔族の常識なんていうものには未だに疎いけど、女王と王が怖いのは知っている。

 なんたって、私が暴れれば王しか対処が出来ない。神界から神王や神女王を引っ張ってくるわけにもいかないだろうし。

 対の存在だから力も拮抗しているが、魔界と神界の境界線は許可無く踏み越えていいものじゃない。無秩序に見えて魔界にも秩序というものが存在しているのだ。

 それを、率先して破るのが魔王だとしても、ね。


「女王様。落ち着かれた方がいいのでは? 折角の綺麗なお姿が残念な事になってしまいますよ?」


「残念なのはアンタの台詞だ」


「おやおや」


 私の言葉に、側近であるアスターニェは肩を竦めてみせる。

 客観的に見れば、アスターニェはかなりの美形だ。美形や美人が珍しくない魔族の中においても、上位クラスの美形さんだ。

 ダークブラウンの髪は割合短く切られているが、左耳の上の辺りの一房だけ伸ばし、下へと垂らしている。白色の紐で巻いているから広がったりせずに、ストン、と下に垂れているんだけど、黒い宝石が一定間隔で紐についていてね。アスターニェが動くたびにキラリと煌いて何の効果だと常々つっこみたくなる。

 つっこみたくはなるが、外面だけは文句なしの美形だ、と思う。

 が、口を開けばこれ。

 諌められているのかからかわれているのかよく分からない。

 外見年齢は25歳ほどの500歳だ。けど、魔族は外見年齢で判断すればいいらしい。ちなみに、私の外見年齢は20歳程。

 中身は恐らく50歳近く。記憶があるから精神年齢だけならアスターニェより上のはずなんだけど、最近では私も外見に引っ張られているかもしれないと思い始めてる。

 

「何をお考えですか?」


 遠巻きに見ていたはずなのに、私が魔力を放出する気がないと判断したんだろうアスターニェは、私の顎を人差し指でクイッと上に上げる。

 

「……それはいい」


 残念ながら、美形だとは思うがアスターニェの外見にきゃーと叫ぶような性格をしていない私は、キスをするような体勢を取られただけで鳥肌がたつ。

 おやおや、と再び肩を竦めるけど、それはこちらの台詞だと声を大にして叫びたい。アンタの距離感がイマイチ掴めないと。


「で、本題はいいんですか?」


「……アンタが言うな」


 なんだこの超絶マイペース魔族は。

 が、折角戻った本題から離れるのも勿体無い。私は叩き付けた書類を拾い上げると、添削するかのように文字の上から赤いペンで書き始める。


 こんな事に予算が取れるか。


 アンタの私物を売って購入しろ。


 魔王への、返事である。

 魔界の二柱の片割れの魔王は、はっきり言って金遣いが荒い。事務仕事をやっていた――赤字工場――私としては、許せない程の道楽振りなのである。

 資源を生み出す事の出来ない魔王なのに、こんなものいらないだろう的なただ目に付いたから買っちゃいました的な品々。片っ端から売って売って売りまくって、赤字財政の足しにしましたとも。

 魔王の性質の悪い所は、資金が尽きると人界に攻め入る所だと思う。この世界に女王として転生した後にそれを知った私は、とりあえず魔王を殴る事が最初の仕事だったね。未だに殴り合いの喧嘩するけど。


「そんな事を書いてしまっても大丈夫ですか?」


 アスターニェが内容を確認しつつ、私に向かって心配そうに眉を吊り下げて聞いてくるけど、単に面倒なだけだろう。

 私と魔王が喧嘩を始めると、側近たちの仕事が増える。

 元々魔王の側近は魔王に変わって仕事をしていたらしいけど、こちら側は私が真面目に仕事をしているから、今更女王の仕事を押し付けられるのは嫌らしい。

 私に慣れないほうがいいんじゃないかと助言したいけど、どうやら私の方が長く生きるみたいだから現在の側近たちに態々言う必要はないね。


 人差し指で手紙を弾きながら、私はアスターニェを瞳に映した。パッと見は心配そうな表情なんだけど、面白そうに肩が揺れている時点で色々と台無しだ。アンタは本当に心底外面を台無しにする内面だな。


「大丈夫に決まってる。文句を言ってきたらいつものように殴り合い上等だよ」


 はっきりきっぱりと言い切れば、それが嫌なんですけどね。なんてこれ見よがしに肩を竦めるアスターニェ。

 仕事が増えるじゃないですか。

 という本音をだだ漏れさせつつ、私が書いた文字に視線を落とした。


「相変わらず、魔力は綺麗ですよね。女王様は。あ、見た目も美しいですよ。がさつですけど」


「……一回滝に打たれてくるか?」


「ご冗談を」


 語尾を弾ませるな語尾を。

 ウインクのおまけ付きなんて嬉しくもないから。


「はぁ…」


 アスターニェと話すといつもこう。

 何かがっくりと疲れるというか、ダメージが残るというか。


「溜息をつくと幸せが逃げてしまいますよ?」


「………」


 言葉を返そうとして、思い留まる。ここで何かを言えばまた疲れる会話の連鎖に突入するのは目に見えすぎている。

 冷静になれ。落ち着け自分。

 

「とりあえず、これ魔王にね。逃げ足の速い子を選んでよ」


「勿論です」


 あれ? 言い返さないんですか??とばかりのアスターニェの表情は無視して、手紙をその手に押し付けた。

 さてと。これから書類整理だ。まったく…。未だに書類整理が終わらないなんて、歴代の女王や魔王たちがどれだけ杜撰だったのかがよく分かるね。

 魔族特有のものかとおもいきや、部下は割合マトモだから魔族だからという言い訳は通用しないんだろうと思う。


「女王様。魔王様からの追加のお手紙が届きましたよ」


「……」


 またか?

 今度はなんだと封を開けてみれば……。


「――だっからっっ。えぇい埒が明かない!! 私の剣を持ってきてッッ!!!」


 だからね。

 無駄遣いは私財でやれっっ。

 魔界の財政を使うなっっっ。


「ではお供いたしますね。ここ最近運動不足だったんですよね」


「……」


 一瞬、アスターニェを連れて行くのをやめようかとも思ったよ。思ったんだけどね。


「置いていったら、ここで運動しますよ?」


「……わかってるよっっ!!」


 ここまで財政破綻してたまるか。

 つまり、アスターニェを連れて行く選択しかないんだけど、言いように使われているような気がするのは何でだろう。


「…はぁ……」


 ホント、女王って碌な仕事じゃないよね。


「だから幸せが逃げてしまいますよ?」


「それはもういい。黙っといて疲れるから」


 よし。魔王にやつあたりしよう。

 魔王なら大丈夫。

 魔王ならいける。


 

 機嫌の良さそうなアスターニェを横目で確認しつつ、私は気付かれないように溜息を落とした。


 魔王には悪いけど、渡りに船。

 ここはきっちり力ずくな交渉をやらせてもらおう。二通目は、それも覚悟の上だろうしね。

 





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