ヒトカケラ乃章~大学院での日常
ホノオでリーティルが言っていた“面白いヤツ”との出会い後の学院生活日常です。
※ホノオの続きのネタバレになります。
(面白いヤツ視点の話しです)
苛々としそうになる精神を落ち着かせ、取りあえず俺は教師へと視線を移した。元々学院そのものに興味はなかったものの、この学院を出たというネームバリューは侮れないという理由から入学を決めた。決して俺が、という理由ではなく、約束──いや、賭けかもしれない、
そう、この学院を卒業するのは家族との賭け、だった。勿論勝つ気でいるが、それまでのさほど長くない時間は家族と過ごすのもいいだろうな、なんて思ったのも否定は出来ない。
だからここで特に何がやりたいというわけでもなかったが、まさかそんな場所でこんな風に付きまとわれる日々が訪れるとは、さすがの俺も予想はしていなかった。
…だから、何で、俺に付きまとう?
俺は、決して愛想がいいとは言えない。
存在感を薄くして、人に覚えられないように淡々とした日々を過ごす事を心がけている俺は、未だに名前を覚えられていなかったりする。試験でもなんでも、上位に食い込むのにも関わらず。
それは、俺の力が上手く作用している証拠でもあるのだが。と、ここまで考えて思考を中断させた。させた、というよりはさせざるを得なかった。という所だろう。
問題の主は、席はそれこそ山ほど空いてるのに態々俺の隣りへと腰掛ける。
一度、本人に聞いたら難攻不落の方が燃えると言われた時点で、俺は色々と諦めたが苛々は募り続ける。これに反応すれば、相手の思うツボだと思って我慢はするけれど、俺は元々気は長くない。
しかも、感情は割りと表に出す性格でもある。
その俺が、学院でここまで目だ立つ淡白で過ごせる自体、既に奇跡だと言われているのに。
「ディーダ。これ、見せて?」
疑問系をつけながら話しかけるけど、既に俺の左手の横に置いてあったノートは相手の手の中。
俺の答えなんて元々必要ないというのは分かるけど、俺の返答ぐらい待てばいいだろ、と喉まで出掛かった言葉を無理やり飲み込む。
ただでさえ力を封印し、無差別に俺の存在を薄くするような力を使っている今の状態は、きっかけさえあれば簡単に崩れてしまう。
相手は、それをわかった上で俺に対しての挑発を続けている気もするんだよな。
「……」
「ディーダって照れ屋だよな。なんで、そこまでして頑な? 理由があったりするよな」
確信めいた眼差しと声音。
俺の目の前の、学院に入った直後から付きまといまくるこの男は、リーティ・ザンダート。年は俺と同じ17歳。らしい。正直言って、この学院はそれなりの身分所かかなりの身分の者が名を隠して入学する。実力重視のこの学院において、家の名などあって無いようなものなのだ。
それでも人間の感情というものはそうとは言い切れないものがあり、大体は名を隠して入学する武者修行の場としても使われている。それだけ高度な知識や技術を学べ、名を隠した状態でここで自分と言う存在を確立出来れば、これ以上ない程の強みにもなるという事で太陽の国では上位に位置する学院。
まぁ、だからこそ俺も入学したわけだけど。
とはいっても、俺の目的は微妙にずれたものがあるが、態々それを口に出すつもりはない。
「ディーダってさ、俺の姉に名前が似てるんだよな。だから親近感沸いちゃって」
客観的に見れば、人懐っこい笑顔。
だけど、そんなモノは知るかっ。
身内と名前が似てるからなんだ。と叫びたい衝動を抑えて抑えて、俺はリーティに一瞬、視線を流した。
だから? という意思表示。
「おぉぉ。ディーダが応えてくれた!」
その一瞬の視線で感極まったとばかりに叫ぶリーティの口を塞ぎたくなったのは、きっと俺の勘違いじゃないはずだ。
「だからお前はディーダに敬遠される。理解してるか? ディーダは、騒がれる事を極端に嫌う。この学院じゃ特に、な」
だが、その場に響いたのはやっぱりまったく歓迎していない男。
ノートを丸めたものでリーティの頭をパコン、と間抜けな音が響く程度の力で叩くと、そいつは俺の右隣へと腰掛ける。
この男はリーティとは別の意味で、俺にとっては関わり合いにはなりたくない人物だ。学院に入る前からの、家はまったく関係ない、ある意味俺の目的を知ってしまっているという性質の悪い立ち位置にいる男。
「ディスこそ、ディーダは歓迎してないと思うぜ?」
「お前よりはマシだ。マ・シ」
「なっ。お前を見てると実家の兄を連想するよ。ホントに」
「そんなものは知らん。だが、お前が言うって事は、俺とは別の意味で性質が悪い兄みたいだな」
俺から言わせると、お前等二人も十分性質が悪い。というか、ディスは自覚があるのか。それはそれで性質が悪いな。
二人の言葉の応酬を横目に、俺はそんな事を考える。
「自覚あんのか。お前…」
リーティも俺と同じ事を考えたのか、眉間に皺を寄せ、口を引きつらせながらも言葉を吐き出す。
「あぁ。俺の個性だ。なぁ、ディーダ。俺の個性は、面白いだろ?」
「……」
俺はそれに、無言を貫き通した。昔からの知り合いであるディス。俺は、それ故にディスの個性を知っている。
個性というよりは特異体質。この学院でどうやって抑えているのか。それとも相当腕のいい睦果師がついているのか。
だからこそ尚更近づきたくないんだと、俺を取り巻く膜を壊してもいいなら叫んでいただろう。
「……」
無言のまま二人に視線を流した後、教師の方を見ろとばかりに視線で促す。お前等が俺を挟んで言葉の応酬をするもんだから、俺はまったく声が聞こえない。そんな俺の苛立ちを感じ取ったのか、少しの間だけ大人しくなった二人は俺と同じく、教師の方に視線を流しその話しを真面目な表情で聞いていた。
真面目なフリ、というべきか。
既に何度目かになる教師の話しは、ほぼ一言一句違わずに覚えてる。俺がそうなら、ディスもリーティもそうだろうな、なんて思いながら俺は教師を見続けた。これで視線を流そうものなら、また会話の渦に巻き込まれるのは火を見るより明らかだ。
ぱらり、とノートを捲りながら、俺は始まったばかりの学院生活をちょっと。いや、いかなり憂いてしまいそうになる。
多分、本音でいえばディスは兎も角……腐れ縁になりそうな気がするのは何でだろうな。まぁ、腐れ縁は置いといて、思えば現実になりそうでイヤだし。
その本音の部分で、リーティはかなり合うとは思う。
が、この静で暮らしたい学院生活では邪魔でしかない。
元々、俺がここで目立たず暮らすと宣言したのも、この後の夢に関わってくるから手は抜けない。
となると、さっさと単位取得の飛び級卒業か。そうだ。それがいいと俺は別のノートを取り出し、レポートを纏め始める。
一芸に秀でたものは強い。
なら、誰にも成し遂げられなかった一年での卒業を成し遂げてみようと俺はこの時、心に固く誓う。
「へぇ。魔道回線を使っての情報を引き出せるシステム…か」
だから何故俺の昼時にも出没する。なんて今更な言葉を俺は飲み込んだ。
しかも当たり前のように俺のレポートに手を伸ばして、上から下までじっくりと内容を吟味する二人。
「(いや…だから何故見る……意見の参考にはなりそうだけど、何となく納得がいかないのは何でだろな)」
俺は無言を貫き通しながら、それとは反比例するかのように頭の中は賑やかだ。
「メインは冒険者…か。なら、ギルドに置くんだよな? 魔器具なんかはさ」
「…その予定」
「あぁ。あそこに置くのか」
ディスの言葉に、俺の眉間に確りと皺が刻まれる。
確かに、馴染み深い場所に仮設置させてもらって実験はする。これがギルドでの回線として主流になったら依頼から情報確認まで、態々ギルドに顔を出す必要はなくなるからだ。
今まではちょっとしか確認辺りでもギルドで確認しなきゃならなかったから、こういうのがあれば便利だと思って開発には乗り出したんだけどさ。やっぱりディスがちらほらと関わっているのはそろそろ諦めるけど、それをリーティの前で言うなと首を絞めたい衝動に駆られる。
実際はやらないけどな。
やれば、確実に目立つ。
「なぁ、ディスってさ。ディーダと相当親しいよな? 馴れ初め聞いてもいい?」
馴れ初め言うな。そういう仲じゃないとばかりの鋭い視線を向ければ、ディスは相変わらず癖のありそうな笑みを浮かべているだけ。どうして俺の周りにはこう癖のある人間が多いのか。
類は友を呼ぶとかじゃなくて、俺だけは真人間だと思いたい。こういう個性派に囲まれてはいるけれど。
「ディーダが話すな、というから俺からは話さない。が、以心伝心は出来る仲だ」
将来ペアを組むからな、とディスの声が聞こえた気がした。
コイツは…将来俺に付きまとう気か。
確かに、コイツの特異体質は俺には効果がないし、真実は明かしてないものの押さえられるだけの力があるという事は知れている。
でも、それは非常に面倒だと俺が思っても仕方ないだろう。実際、ディスの特異体質は面倒だ。
「ふぅん。まぁ、学院を卒業したら話してくれるよな? で、そん時に俺の家族を紹介したいから家に遊びに来いよ」
決定事項か?
つっ込み所が満載過ぎて何処からつっ込めばいいのやら。
「…リーティ」
でも、さ。何気ない会話でも、俺は随分とリーティの事がわかってきたよ。
「ん? 漸く俺と交流を持ってくれる気になった?」
「お前は話しすぎてる。俺に、筒抜けになりたくなければもう少しその口を塞げよ」
情報を与えているのは俺なのか、それともリーティなのか。
そう思っての忠告だったんだけどさ。
「……あはは。そうかもな。俺がわかるって事は、ディーダもわかるって事か」
リーティは笑い飛ばした。
俺にならばれてもいいと言わんばかりの態度。
…まぁ、そういうかもとは、ちょっと思ったけどさ。
この後、俺は一年で大学院を卒業する資格を得るんだけど、何でかリーティやディスに付き合って更に一年この学院で過ごす事になったり、豊羽の大学院へと移動するリーティに付き合わされる羽目になるんだけど、今の俺にそれを知る術など存在していなかった。