アオノセイイキ・1
義弟登場。
攻略対象(二週目以降)の一人です。
カーテンの合間から差し込む光に目を細めながら、私は右手で顔を隠しながら面倒そうに起き上がる。この身体は低血圧なのか、寝起きは脳が揺れるような感覚がして面倒だ。
自分の身体ならこんな事なんてないのに、というのは言葉にはせずに胸の奥で留めておく。言っても、誰にも理解されないからね。
私がこの身体に生れ落ちた、というより憑依したという感覚に近いけど、千真侑李が死んでからは二年程経った。
今の私は千真ではなく浅海という某ゲームの主人公の立場。
何とかフラグを回避しようと、ゲームの主人公の行動は全部避けた。元々性格がまったく違う。私が私のままでいけば、フラグは全てヘシ折れる。
逆ハー設定を活かせるような性格はしていないしね。
それでも、一応用心して聖和学園への受験は全力で避けようとした。チート能力を使わなくとも、私は大学生だ。高校を受験するのにチート能力なんていらないし、色々受験し放題高校は選び放題だ。
なのに、心配した過保護な両親からは聖和を進められた。
何だこれは。ルート補正か?
いっその事ワザと落ちてやろうと思ったけど、それは出来なかった。私を尊敬して慕ってくれている弟が、「一緒の学校に行こうな!」と爽やかに言ってくれちゃったからだ。一回目では単にサポート役だったが、実はこの弟主人公と血は繋がっていない。
再婚相手の連れ子だ。
多分……攻略相手。というか、とあるEDを見れば攻略できるらしい。
弟が攻略相手とか嫌過ぎる。
「よしっ。目が覚めた」
チリリ…と目覚ましが鳴るタイミングを見計らったかのように手を伸ばし、丸いポッチを人差し指で押す。目覚ましをオフにするまで何度でも鳴る目覚ましではなく、一回押せば明日まで鳴らないという目覚ましを選んだ甲斐があって面倒じゃなくて良い。
態々オフにするのが面倒で、目覚ましを買う時はこのタイプを選ぶんだけどね。そういえば買ったときは弟――つまり瞬夜に驚かれたっけ。
それまでは瞬夜に起こしてもらってたとか。ゲームをやっててそういう場面もあったけどね。軽く流してたよ。
そんなわけで、気は重いけど。寧ろ重過ぎるけど制服を手に取り着替えだす。聖和学園のいい所をあげるなら、制服の自由度が高いという事。
攻略キャラの服装に彩をつけたかったからなのか。私服を着てもいいし制服もある。色々なバージョンがあったり私服との組み合わせも可能。割合制服を着る子が多いけどね。そんなわけで、迷わずダークグレーのズボンに手を伸ばす。
聖和の制服はブレザーだったりする。女の子は標準は色鮮やかなアクアラインのチェック柄のスカートとネイビーのブレザー。蝶型のスクールリボンも売っているが、好みでスカーフも選べる。色も自由。ブラウスの指定も特になし。
どれだけ自由な学校なんだ。
対して男の標準はダークブルーの上下。チェック柄のズボンも選べるけど、私は迷わず無地のブルーではなくグレーを選んだ。別にチェック柄はいらん。シャツもノーマル。ネクタイはエンジのストライプ。その前にお前は女だろうってつっこみがあるとは思うけど。
別に女が男の制服を着てはいけないとい決め事はない。席は男女混合名前順らしいし。特に問題もないだろう。
「侑李っ」
丁度着替え終わったからいいものの、ノックもなしに勢いよく瞬夜が飛び込んできた。
ここでお気づきだろう。
何故、侑李と呼ばれているか?
それは簡単。視界が暗闇に包まれた直後、意地と根性と気合で名前の変更を要求したからだ。
せめて名前の改変を求むッッ、ってね。
アンタの手違いで60年も早く死んだんなら、それぐらいは優遇しろと叫んだよ。
仕方ないですね。
なんて声が聞こえて、起きたら私は浅海香奈じゃなく、浅海侑李になっていた。
助かったとはあんまり思わないけどね。
この世界に落ちるぐらいなら、RPGで良かったと思っちゃったしね。
「侑李侑李ユーリ!」
「何?」
「似合うな! 俺も似合うか?」
「似合う似合う」
私とまったく同じ制服を着た瞬夜。年は同じ。何故か誕生日も同じという奇跡から、説明が面倒なので双子という設定で通しているけど、それに拍車をかけるような態度を瞬夜はとっているように思える。
ゲームだと朝起こすぐらいしか登場しなかったけど、こうやって懐いてくれるとやっぱ可愛い。
「じゃ、顔洗って飯食って行こうな! 同じクラスだといいよなー」
そりゃ無理でしょう。
家族で同じクラスってないね。
ゲームでも瞬夜は違うクラスって言う以前に、違う学校だったっけか。あ。この時点で結構フラグ潰してるかな。
潰すも何も、発生するフラグさえない方が安心して生活出来るんだけど。
さらりと私の手をとって階段を下りていく瞬夜。
……。
私はあの可愛い?という主人公じゃないんだけど。それなのに、瞬夜のこのワンコのような懐きっぷり。二週目からはこうだったのか。ルートに入ればこうなったのか。
いま少しだけ後悔してる事と言えば…。
こんな事態に陥るなら、蕁麻疹が出そうだけど我慢して全ルートをクリアーしとけば良かった。
「楽しみだよなー」
「そうだね」
「侑李は俺が守るから安心しろよ!」
うーん。高校生にもなって姉にベッタリってのもな。
可愛い彼女を連れてきてくれた方が嬉しいのに。
「特に危険もないと思うよ」
このままだとフラグが立つとも思えないし。
「それより、折角高校生になったんだし。瞬夜も彼女を作りなね」
弟の彼女も楽しみだね。
「あー……結構言われるんだけど、別にいーよ。恋は落ちるもんだって言うだろ。落ちるのを待つ間は侑李を守ってやるよ」
「はいはい。落ちたら教えてね」
そして可愛い彼女を紹介してくれ。
って…その前に。
「ネクタイが曲がってる。これも慣れないとな」
腕を伸ばし、手早く瞬夜のネクタイを直す。よし。真っ直ぐになった。ついでによれていたシャツの襟を指先で軽く直す。最後に、手間賃とばかりに人差し指瞬夜の柔らかい頬を突く。相変わらずいい感触。
「く……子供扱いして」
「子供だよ。ネクタイも上手く結べないし。さて、それよりも下に行こうよ。お腹すいた」
軽くお腹をさすりながら、瞬夜を置いて階段を先に下りていく。やっぱ初日は時間に余裕を持ちたいし。
それにお母さんが料理上手でね。ご飯食べるのが楽しみなんだよね。
「……侑李だって…子供だろ。俺より細いじゃん。何処も…かしこも…」
残された瞬夜が小さく、音になるかならないかのギリギリの声で呟く。が、勿論先に下に下りていった私に聞こえるはずもない。