猫又と王子様・4
第四王子と猫又兄の腹黒会話。
俺の名前はエイラ。
三ヶ月程前に一目惚れをして、その相手との契約を一つ上の兄に持ってかれた、結構可哀想な末っ子だったりする。
リーエル兄上も一目惚れだったけどね。知ってたけど、問答無用で成人前の子猫と強制契約を結ぶなんて思わないじゃない?
流石の俺もそこまで理不尽な行動はしないよ。嫌われそうだし。けど、兄上は俺の気持ちを知っちゃって、焦っちゃって墓穴を掘ったっていうかね。リーエル兄上らしいよ。その辺りはさ。
強制契約から一ヶ月。
ティと名付けられた子猫と兄上は会えていない。
ん?
どうして俺が知ってるかって?
ふふ。
協力者は何処にでもいるんだよ。
どこにでも、ね。
「調子はどう?」
壁に背をつけ、俺はすぐ近くにいるであろう協力者に声をかける。俺も気配には敏いけど、彼に種族には遠く及ばない。
リーエル兄上が逃げられるのは、この辺りも関係しているんだろうと思う。
『調子はどうって……ティが外に出たがらないよ。どうしてくれるんだい?』
少し機嫌の悪そうな声。
それも当たり前か。兄上が結んだ契約は相当彼女の機嫌を損ねたみたいだし。彼女――ティちゃんの兄であるユゥが怒らないわけがない。
彼は明らかに兄馬鹿だろうし。
『君に言っても仕方ないだろうけどね。わかってるけど、それでも言いたくなるんだよ』
「わかってるよ。成人の儀前の子猫と強制契約するのは犯罪だよ。身内に犯罪者? 変態? 悲しいよね」
『君が弟なら、兄が焦るのもわからなくもないけど』
眼を細めながらジト目で俺を見てくるユゥに、俺は肩を竦めておく。ここでリーエル兄上の肩を持たれるわけにはいかないじゃない。
そんな俺の思考なんてわかりきっているのか、ユゥは猫の姿でわかりやすく溜息をついてみせる。器用だね。流石猫又。
「そうそう。この間の話し……考えてくれた?」
溜息をつきまくっているユゥに、俺は早々と本題に入る。
『……ティを狙ってる変態っていうのが気になる』
「ふふ。既に成人前の子猫状態なのに手を出されちゃってるじゃない。成人しちゃえば俺も動くけど、それでもリーエル兄上の牽制にはなるよ?」
『……』
俺の言葉に、ユゥは無言で項垂れた。
ユゥのその心境もわからなくはないよ。リーエル兄上はユゥにとってみたらただの変態だけど、ティちゃんを狙ってるっていう点では俺も油断出来ない相手だろうし。
しょうがないじゃない。
一目惚れだったんだよ。
そんなわけで、リーエル兄上は考え付かない視点でのアプローチ。またの名をただの賄賂をユゥに託してみる。
とりあえず今回は子猫ようのおもちゃ。魔力を注げば勝手に動くっていう猫にとっては垂涎のおもちゃらしい。ちなみに、動かない時でも遊べるように、噛み心地のよい素材。
後は干した魚。ティちゃんだけじゃなく、兄弟全員分とお母さんの分まで用意した。
お母さんの分はお酒。
猫又は普通の猫じゃないから、食べ物の制限はない。
だから酒でも問題なし。
奮発したから気に入ってもらえるんじゃないかな。
『ティの好きなものがよくわかるね。それほど情報は与えてないはずだけど?』
けれど、ユゥの眼は細く、探るようにこちらを見てくる。ちょっと警戒されちゃったかな。ここで種明かしをするのは勿体無いし。
とはいってもユゥの機嫌を損ねるのは得策じゃないな。
にこり、と笑みを濃くし、俺は改めてユゥを真正面から見つめる。ここからはちょっと真面目な話しをしておこう。
「女性に人気のあるものをお店で聞いたんだよ。それと…さ。ユゥにお願いがあるんだけど」
俺の空気の違いを感じ取ったのか、ユゥも背筋をピンと伸ばす。印象的な金色の眼がこちらをジィッと見つめてくる。
彼女と同じなのに、違う雰囲気を持つユゥの金色の眼。
『お願い? 話してみてよ。内容によっては聞き入れるから』
穏やかなユゥとは思えない挑発するような口調。
けど、ユゥはこんなものだと思う。ユゥが穏やかだとしたら、家族限定。家族以外は全て仮面だと思うね。
「聞き入れてもらえると思うけどね……じゃあ本題で。俺とさ、契約結ばない?」
今でも協力者。
ユゥと俺の関係は変わらない。
『……今も協力関係だけどね。それだと足りない、って思うのはお互い様…か』
考えるような素振りを見せるユゥだけど、きっと俺と同じ考え。その証拠に、ユゥは何処か諦めたような。それでいて楽しげな表情を浮かべる。
生後二ヶ月の子猫が浮かべるような表情じゃないけどね。
『いいよ。契約を結ぼうか。可愛いいとか愛くるしいとかで有名な猫又と兄弟揃って契約するなんて、実は可愛いもの好きって噂が立ちそうだけど煽ろうか?』
「俺も人の事言えないけど。ユゥもいい性格してるよね」
『お互い様。ティの嫌がる事をしたあの王子様はブラックリスト所か抹殺リスト入りだよ? 殺されないだけ感謝しておいてよ」
「……うん。ユゥがダーク。頼もしいけど」
成人の儀を終えたらソレは洒落にならないんだけどね。
リーエル兄上の事は殺す程嫌いじゃないけど…。
「これからよろしくね」
とりあえず成人の儀まではまだ余裕があるし。
それまでには何とかなりそうだから、まぁ、いっか。
がっちりと堅くユゥと握手しながらそんな事を考えてた俺に、ユゥが猫らしく鳴き、そして笑った。
あー…ばれてるっぽいけど、今はそれでいいって所、かな。
頼もしいけど、やっぱりユゥが油断出来ない所はこの辺りもだよね。