猫又と王子様・2
主人公と兄。
脱出に成功した私は、お母さんと腕の中で兄弟たちとぬくぬくと寝入ってた。ある意味現実逃避だって分かってるよ。
なんたって、私の腕には契約の証が浮かび上がってるから。
あの顔だけはいい王子様の腕にも同じ模様が浮かび上がってるだろうけど。
『……』
テンションが下がった。
本当に心底下がりまくりですよ。
おそろい。
ペア。
仲良し。
らぶらぶ。
二人の約束の印。
ざっとこれだけの言葉が脳裏を過ぎるけど、全てに却下を下しながら私は兄の腹を枕にしながら天井を仰ぐ。
このぷにぷにがいい感じ。
『どうしたの?』
『ぅ~なぁ~』
兄の言葉に中途半端な猫っぽい言葉を吐き出しながら、私はころりと体の向きを変える。目に入るのは天井じゃなくて肉球。
つまり私の手。
小さな子猫の手なんだけど、爪は出さない状態で兄の尻尾にちょっかいを掛け出す。
『ティは甘えん坊だね』
そんな事を言いつつ、私が遊びやすいように尻尾をパタン、パタンと動かしてくれる兄──ユゥの尻尾に両手でじゃれ付きながら、私は重たい口を開いた。
話してスッキリしたい。
そしてあの無駄に顔だけはいいと思うけど、性格が受け付けない王子様には会いたくない。
『あのね…』
嫌そうに口を開きだす私に、ユゥは優しい眼差しを向けながら話しを聞く体勢をとる。この場合、尻尾が動くのはただの癖だろう。
いつも尻尾で遊ばせてもらってるから、私が近くにいると遊びやすいように動かしてくれる。しかし、猫の尻尾にじゃれつく中身二十…才。
考えるのは止めておこう。
『……それは大変だったね。話し合いは無しだったんだ』
『何も無いよー』
私の話しを聞き終えた後、ユゥは困ったように金色の瞳をギュッと閉じる。人間の姿だったら眉間に皺が寄ってるのかもしれない。
生後二ヶ月の子猫だけど、精神的には十代後半ぐらいなのかもしれない。ユゥ限定だけど。他の兄弟はもっと幼いから。
『お母さんに相談してみようか。僕たちじゃまだ何も出来ないけど、お母さんだったら手段がありそうだし』
『そうだねー』
私たちにとっては優しいお母さん。
今回はただの顔合わせだって言ってたから、あの顔だけは良い王子様の不意打ちという可能性は高いね。
ユゥのお腹の感触とか尻尾への誘惑とかは色々あるけど、それらを全て我慢して立ち上がる。ここにいる限り人間は手出し出来ないけど、外に行ったら絶対連れて行かれそうな気がするし。
……外には出たいしね。人化して街で買い物だってしたいから、結局あの王子様を何とかするしかないんだよなぁ…。気が重い。
重いけど。
勝手に結ばれた契約だけど。
私が死ぬまでアレがぱーとなー…。
『僕も一緒に行くから、ティもおいで』
『うんー。ありがとー』
私の色々な葛藤に気付いたのかどうなのか、私よりも大きなユゥが私を背に乗せて歩き出してくれる。
ちなみに、ユゥの方が私の倍近くの大きさがある。ユゥだけじゃなくて、私が小さすぎるんだけど。
あー。ひょっとしたら小さくて過保護に甘やかされて育ってるから、尚更嫌なのかもしれない。人間らしい生活よりも二ヶ月で猫ライフにも慣れきったし。
『ティ。大丈夫だよ。契約は契約としても、一緒にいるって強制は無いからね。主従でいえばこっちが主だよ』
『そうかもしれないんだけど…』
あの王子様はそういうんじゃなくて、何ていうか変態っぽいのが悪寒ものっていうか。子猫に色っぽい流し目で近付いてくるっていうのが本当に嫌っていうかね。
『いざという時は一年我慢してて。僕が成人したら…ね』
『ユゥと一緒なら安心だもんね』
それまで猫ライフ甘えっ子を堪能するのもいいかもね。自宅は人化対応の部屋もあるし、本さえあれば引きこもりでもいけそうだし。
とりあえずお母さん次第だけど。
お母さん。
黒の毛並みに金色の瞳。
これは皆同じ。兄弟も私も全員がその色彩。
けれどお母さんの場合は、黒というよりも漆黒。毛並みから漂う雰囲気からして違うんだよね。
『お母さん、ちょっといいかな?』
ユゥの背中にしがみ付きながらウトウトと惰眠を貪ろうとする私を気遣いながら、ユゥが事情を説明してくれる。
こうやってみると、ユゥが一番お母さん似かもしれない。
まだ成人してないからただの黒と金だけど、成人して正式な猫又になったら溢れんばかりの魔力を有する猫又になるんだろうって思う。
私がいなかったら、兄弟の中で一番の強者だったんだろうなぁ。今回は規格外の生まれながらの猫又の私がいるから、ユゥの魔力も外部からは注目されていない。
逆に、私という存在がユゥにとって隠れ蓑になってるのかな。黒の猫又族の間でも、生まれながらに尻尾が分かれてた私の方が注目されてたし。
しかし眠いなぁ。
ユゥの毛並みがふわふわで気持ちよくて、ついうとうとと…。
『ふむ……困ったものだねぇ。あの王子様は』
『お母さんは知ってるんだ。王子様の事』
『知ってなければ娘には会わせないんだけどねぇ。生まれたお前たちを見せた時にティを気に入ったのは知ってたけど、まさか強制契約をする程とは思わなかったよ。
ちょっと早いが、ティには魔力の使い方を教えた方が…』
『あれ。寝ちゃったね』
『無邪気な寝顔をしちゃってまぁ』
金色の瞳を細め、ユゥの背中で眠りこけている私の頭をお母さんが優しく撫でてくれる。
うーん。気持ちいいなぁ。
『僕がティの近くにいるよ。お母さんがつけてくれた守りの石もあるから余程の事がない限り大丈夫だとは思うしね』
『あの王子様ならティには危害を加えないだろうけどねぇ』
『…そう? ティの話しからすると、執着心は凄そうだよ?』
『だからだよ。あれは大切なものは大事にするタイプさね。結局、ティが逃げれば追いかけられないだろうしねぇ。今の所は』
『……お母さん。最後の言葉は余計だよ』
『ティが成人したら追いかけそうだけど、今はまだ子供だから大丈夫』
『後10ヶ月。僕も早めに訓練を始めようかな』
『………アンタも大概シスコンというやつだねぇ』
『それはティが可愛いからだよ。小さいし守らないとね』