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アオフジの色彩と~日常の風景~

アオフジの色彩との続編。

日常の一こまで、短めの話しです。



 

 ここ一ヶ月の私は忙しかった。

 何故ならば――お引越しをしたからです。


 それは今から丁度一ヶ月前、私は不動産屋巡りをしていた時の事、丁度メリアさんと会って世間話に花が咲きました。邪魔なのもいたけどね。本当に邪魔だったんだけどね。目立つし熱いし距離は近いし直ぐに唇を近づけてくるし。

 子宝製造機さんの事を、新たに歩くセクハラ大魔神と命名したんだけど、本人からのみ不評だったので気にせず呼び名にした。

 とり合えず気にせずメリアさんと話していたら、外に出た理由を尋ねられて言ったら、あれよあれよという間に話しが進んでいったのね。




 まぁ、それで部屋探し?


 そうなんですよ。


 じゃあ、ここに住まない?


 え??


 ここなら工房もあるし、2人で大量購入すれば生地も安くなるし。


 うー。でも…


 機材は共同で使いましょ? リノアちゃんの機材も置けるスペースは十分よ。


 心遣いはありがたいんですけど、やっぱり…


 ちゃんと家賃は貰うわよ? それに、リノアちゃんが欲しがってた最新器具があるんだけど。


 !?


 

 高くて手が出ないアレですか??

 なんて思ったが最後、ズルズルと同居が決まっていたりとか。


 でも、工房も広くて機材も沢山あって防音設備もバッチリで。

 そして部屋も広くてね。私の部屋の荷物をすべて運び込んでもまだ余裕があるという豪邸…すごいなぁ。なんて思ったのが数時間前。


 そして今。


 私は目の前に置かれた荷物の山を凝視したまま、その場で固まっていた。


 だってさ、だってさ。


 これ…メリアさんの持ち物じゃないよねッッ!!


 しかもこの衣服についた匂い……セクハラ大魔神さんのじゃないかなぁ…まさかぁ。そんなぁ。

 なんて認めず、荷物を確認していたら背後に気配が生まれ、私は腕の中に閉じ込められていた。


 嫌な予感的中!


 歩くセクハラ大魔神は今日も健在です。













 リノアの部屋は、2階の一番奥にある部屋だった。その隣はメリア。真正面にはカーディスというリノアにとっては異様な配置。


「メリアさん。あの人勝手に入ってこないですよね??

 まだ油断しちゃダメですよね? 未だに当たり前のようにセクハラする人だし」


 家主のメリアを捕まえて不安な一言を投げかけると、メリアは困ったように顎に手を当てるが、次の瞬間には首を縦に振る。


「大丈夫よ。そんなプライバシーの侵害はアタシが許さないから」


 メリア自身も不安が残るらしいカーディスの読めない行動。

 どうしてカーディスまでもが下宿する事になったのか、数週間経った今でもリノアには不可解でしかなかったのだが、メリアの困った顔を見てその件については触れない事にしたのだ。

 とっても高い器具。最新式。

 それに心奪われ下宿を決めたリノアは、既にある程度の開き直る事を決めていた。



 そう。カーディスよりも最新式。


 カーディスよりも防音設備。



 それを考えれば、ここはリノアにとってはパラダイスだったりするわけで。


「引きこもり生活万歳!」


 ウキウキと紅潮する頬を隠しもせず、最新式の器具の前で物作りを堪能するリノアは思いつくままに叫んでいた。


「外は嫌いなのか? じゃ、俺とのデートの時は室内がメイン…か」


「・・・・・」


「勿論、俺の部屋でもいいけ…」


「メリアさーーーーーーん!!!」


 当たり前のようにリノアの後に立っていたカーディスを突き飛ばし――体格差の為、まったく効果なし――、リノアは一目散にメリアの元へと駆け出す。

 こういう時のリノアにちょっかいをかけるのは逆効果だという事を学習したのか、カーディスは容赦なくメリアの元へと先回りして部屋に飛び込んできたリノアを抱きしめた。


「――――ッッ!!!」


「熱烈だな」


 真っ赤になりながらジタバタと、とりあえず暴れるリノアの額に口付けをおとす。

 最近ではすっかり定番になったカーディスの行動だが、リノアは慣れないらしく、瞳いっぱいに涙を溜めてメリアに助けを求める。

 瞬間、メリアの姿が掻き消え、カーディスの後頭部を力の限り殴り倒していた。

 衝撃がくる瞬間カーディスはリノアを離し、腕から零れ落ちるように体勢を崩すリノアをメリアが受け止める。


「大丈夫?」

「うぇぇぇぇぇ。全然大丈夫じゃないです。歩くセクハラ大魔神のセクハラが酷すぎます! 邪魔するんです。私の大事な大事な大事な物作りの時間を! あの人は無職ですかプーですかヒモですか!?」


 よほどストレスが溜まっているのか、リノアはメリアの胸に顔を埋めるようにいっきに言い切る。


「そいつも男だぞ。それはセクハラじゃないのか?」


 いつも通りのカーディスの突っ込みに、


「メリアさんはお姉さんです!」


 興奮気味に、リノアははっきりと答える。

 身長は高くても、街を歩けば人の視線を集めてしまう美形でも、メリアはやっぱりお姉さん。


「へぇ…泣き顔もいいな」


 だが、人の話を聞いているのかいないのか。リノアのメリアに対する印象にはまったく興味のないカーディスの視線は、既にリノアが浮かべている涙へと注がれている。泣かしたのは誰だ?とばかりの射殺しそうな視線をメリアが向けてはくるが、それにはまったく反応せず、自分の行動でうろたえるリノアを見ながら笑みを浮かべた。


 透明の雫が、リノアの頬を伝い下へと落ちる。


「メリアさん。セクハラサド変態がいます」


 泣き顔を見せないように、再びメリアの胸に顔を埋めるリノア。


「真性なのよ。どうしましょ…」


 ここまで酷いとは思っていなかったメリアが甘いのか。

 それとも初めての恋で暴走するカーディスが悪いのか。


 リノアがメリアを責める事はありえないので、この時点で全ての元凶はカーディス扱いになるが、やはりカーディスは一切気にしなかった。

 その言葉や感情でさえ、リノアから向けられるものは心地がよいのだ。


「(本当はね…手がもっと早いはずなんだけどね。未だに額にチュって事は、カーディスも相当緊張してるはずなのよね)」


 しがみ付いてくるリノアの背を優しく撫でながら、カーディスの私生活を知ってしまっているメリアは内心呟く。

 きっと、これ以上先の事は出来ない。

 でも、触りたい。

 だから、額へのキスと、抱きしめる。流石に触れられない初心さは持っていないようだが、それ以上はカーディス自身が怖がっているようにも思えた。



「リノアちゃん。こんなバカはほっておいて、一緒におやつでも食べましょ」

 ね? なんて首を傾げてみたら、涙をふき取った満面の笑みのリノアが力いっぱい頷く。

 カーディスの変態行為――リノアにとって――はさっさと忘れて、楽しい事を考えるようにしたらしい。

「メリアさん。紅茶の準備してきますね!」

「えぇ。お願いね」

 しっかりとカーディスを牽制したままリノアを送り出したメリアは、くるり、と向きをかえてカーディスへと向き直る。

 リノアの前とは違い、無表情にちかい、ただ口角をあげただけの笑みを形作るカーディスに、メリアはこれでもかという程盛大に、見せ付けるように息を吐き出す。

「…なんだ?」

 怪訝そうに口を開くカーディスに、メリアは半眼を向けると、

「初恋で緊張するのはわかるが、リノアちゃんは本当に免疫がない。気をつけないと、二度と手に入らないぞ?」

「……」

「ちなみに、リノアちゃん的解釈でいじめられてるって思ったら、俺の全身全霊をもって遠慮なく引き離すから」

「………」

「また、遊んでやるよ」


 ニィ、と、懐かしい表情を浮かべるメリアに、ゴクリ、とカーディスの喉が鳴る。


 これは本当に懐かしい表情。


 そして、宣言通りリノアがいじめられてる――と思った瞬間、容赦なく実行にうつすのだろう。


「(こいつこそ歩くセクハラだろう)」


 メリアの本性を知らないから懐くのだ。

 とは言わない。

 リノアにそれを言ったらきっと、リノアはカーディスを拒絶するだろう。

 それ程に天秤が容赦なくメリアに傾いていると、流石のカーディスも理解は出来ている。


 本性を全て隠し、メリアとしての表情を浮かべ穏やかな空気を纏い、リノアが紅茶を用意している部屋をノックするメリア。


「カーディス。リノアちゃんが用意してくれてるわよ」


 そんな事を言うメリアの手には、三人分のおやつ。

 

 ほんのりと胸に温かいものが宿りながら、カーディスは当たり前のようにリノアの隣へと腰を下ろす。


「変態セクハラ大魔神」


「照れ隠し?」


「おめでたい頭です」


 慣れ親しんだ会話をしながらも、完全な拒絶の色が見えないリノアの隣を退く気にはなれないカーディス。


 やはり、碌な事が言われている気はしなくても、リノアの隣は居心地がいい。


 そんな事をカーディスが思っているなんてまったく想像さえしていないリノアは、メリアお手製のおやつを頬張りながら、休憩後の物作りのデザインについて考えていた。


 この程度の動揺で済む程度に、カーディスが居る事が当たり前になっているなんて自覚の無いままに、穏やかに時間が流れていく。




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