アオフジの色彩と
・主人公リノアの物語り。地味な見た目の彼女は地味な生活を好む半引きこもり。
それが、何故か見た目が派手で人目を引きすぎる男に好かれ、付き纏われる羽目に。そんな彼女と男の出会い編です。
可も無く不可も無く。
見た目は中の中。
性格は地味。
歩いていても、誰も私に気づかない。
そんな、見た目も中身も華がない地味で何処にでも転がってるような存在。
どちらかというと一人作業が好きで、自室に篭って出来る仕事を選んだりした。
学院は出た。
見た目も中身も地味ならば、せめて教養だけでも、という親心。
それについては感謝をしながらも、私は早々に実家を出て一人暮らしをしている。
今、私は一人でいる。
18で卒業。今は25。
ここまでだと、私はブスで引きこもりのようだけど――私は今の生活が好き。
好きなものを作って納品して、本を買って読んでまた作って。
誰にも縛られない自由が好き。
ちなみに、容姿は今更気にしない。
化粧を塗りたくる趣味もないからこのまま。
部屋の中から必要ないし、そんなものを買うぐらいなら本を買う。だって好きだし。
そんな時、私は一人の男と出会った。
その場にいるだけで強烈に視線を引き寄せる華のあり過ぎる男。
はっきり言って要注意人物。
平穏な私の日常には決して足を踏み入れてほしくない、そんな男。
なのに。それなのに。
どして私は存在を覚えられちゃったんだろう・・・・・
「よし。これぐらいでいいよね」
お店に納品する品の山を見つめ、満足げに言葉を紡ぐ。
山の一部を切り崩し、一つずつ丁寧に袋につめた後、種類別に箱へと詰めていく。こういう地味な作業をしていると心が癒されると、心底リノアは思っていた。
適当に切られた髪。梳かせばそれなりに見える色素の薄い髪は無造作に束ねられるだけ。瞳の色もよくよく見れば宝石のような変わった色をしているのだが、それも顔の半分を隠す前髪によって完全に隠されている。
服装は白の上着に、濃紺のパンツに踵のない靴。皺がよっている衣服を誤魔化すために、もらった外套を身につけた。
最近買った魔器具の移動楽々ボックスに箱をつめると、操作用の腕輪を腕へとはめて外へと足を踏み出す。
地面から1cm程浮いた楽々ボックスは腕輪の後をついてくるように、リノアの隣を寄り添いながら一緒に動く。これを見た時は絶対欲しい! と決めて、一緒懸命貯めて購入したのだが、その価値は十分あると今でも満足している。
持ち運びが楽で、耐久度も抜群保障もバッチリの魔器具。少々値段が張るのだが、それは当たり前だと思えるサービス内容。
「(くふ。お店の人も丁寧だし、今度もあそこで買おっと)」
傍から見ると不気味な笑いを浮かべているのだが、表情が出にくいのか誰も彼女を見ていないからなのか、誰にも気づかれずに目的の店へとたどり着く。
「こんにちわー」
カランコロンとドアベルを鳴らしながら中へと足を踏み入れ、リノアは楽々ボックスをカウンターまで移動させる。
「あら、リノアちゃん。いらっしゃい~」
「こんにちは、メリアさん」
ちなみに、メリアさんは何処から如何見ても美青年のお兄さん。常盤色の髪に黒の瞳。見た目は、という言葉が入るが、一般的に見て性格に難があろうとも、リノアはメリアの事を気に入っていた。
名前が似ているという理由で、リノアの世話を焼いてくれるメリア。
多少人嫌いな所はあったとしても、メリアの気遣いを嫌と思った事はなかった。
「今日は沢山持ってきましたよ。リクエストのあった鞄や小物なんかも色とりどりと準備してみました」
箱から出して、品物を何点かメリアの前へと並べてみせる。
「あら、素敵~。今回はリボンやレースがメインなのね。このレースの細かさ。素敵だわ」
純白のポシェット一つ手に取り、メリアはうっとりと呟く。
既に独自の世界へ旅立っていったメリアはリノアの言葉を必要とはせず、次々と手に取り感想を言いながら手早く値段と置く場所を決める。
そして品定めと感想が終わると、改めてリノアを見たかと思うとギュッと抱きしめた。
「ありがとぉ。可愛いわ。素敵だわ。メインで置かせてもらうからね」
「こっちこそありがとうございます」
抱きしめられた感触が甘やかされているようで、リノアは笑みを浮かべメリアの背中へと手を回す。
実際、リノアはメリアにとっては妹のような存在だった。ひたすら猫かわいがりをしたい相手。ただ、リノア自身がしっかりとした性格の持ち主だった為、猫かわいがりは制限されているのが現状だったりする。
「あ、そうだ」
モゴモゴとメリアの腕の中で動き、ひょこっと外套の内ポケットから小さな紙の袋を取り出す。
「これ、メリアさんにです」
「何かしら??」
受け取る為に仕方なく腕を離し、メリアは中身を確認してみると…
「きゃあ。綺麗ね。どうしたの??」
編みこまれた白の革に、小さな宝石が散りばめられた腕輪。
「試作品です。こんなのも作れるようになりましたっていう…それでですね。よければメリアさんに…」
リノアは最後まで言い切る事が出来なかった。
感極まったメリアに再び腕の中へと閉じ込められ、感激という名の抱擁を受けまくりながらもジッと耐えていた。多少苦しかったり痛かったりするけれど、ここまで喜ばれると職人冥利に尽きると思うわけで、そうでなくてもメリアの温もりは嫌いじゃないので耐える所かやっぱり嬉しいと思うのだ。
「可愛いわねぇ。ねぇ…リノアちゃん。あのね…」
「ん。どうしました?」
ぷはっとメリアの胸から顔を上げ、酸素を肺に送り込みながらメリアの顔を見上げる。
黒の瞳はいつになく真剣さを宿していて、何かあったのかと不安に思いながらも次の言葉を待っていた。
「おーい。メーディルア。何やってんの?」
その言葉の続きを言うよりも先に、店内に男の声が響く。
誰もいなかったはずの店内に、いつのまにか気配もなく立っている男。
リノアはメリアの腕の中で見上げていた為、背後から聞こえた声の主を確認する事は出来ず、ただ、表情を崩したメリアを心配そうに見つめた。
「やーね。アタシはメリアよ。その名前で呼ばないでちょうだい」
心なしか、リノアを抱く腕に力が入る。
「メーディルアだろ。どっからどう見ても。ったく、騎士団辞めて何やってるかと思えば趣味に走ってんのかよ」
男は店内を見回し、改めてメリアを真っ直ぐに射抜くように見つめる。そして気付いた。大切に抱きしめられている存在に。
「お前って女平気だったっけ? 確かダメだったよな? で、それ誰??」
男はメリアに対して親しげ――というよりは不躾にリノアは感じてしまったが、メリアが何も言わないので黙っておく。とりあえずは。
「アンタには関係ないわよ。まったくいつまで経っても不躾な男ねぇ。見ちゃダメよ。アイツは歩く子宝機って言われてる無節操野郎なのよ。貴方が穢れちゃったら大変」
リノアの外套のフードを頭へとずっぽり被せると、くるっと身体を入れ替えて店の奥へとリノアを引っ込める。
「待っててちょうだい。直ぐに追い返すから。そしたらまたお茶でもしましょ」
あまりにメリアがリノアの存在を隠すので、それに習いリノアも声は出さずに頷き、店の奥にある休憩所へ逃げるように入っていく。
「で、何の用だ? お前まで引っ張り出すって事は相当暇なのか。税金泥棒になる前にちゃんと、しっかり働けよ」
リノアがこの場から消えた瞬間、メリアは凍えるような視線を男へと向けたかと思うと、口調も声音もガラリと変え、忌々しげに吐き捨てる。
「おー。流石メーディルア。怖ぇな」
怖いという割りに男の表情は余裕そのもので、メリアもわかっているのかそれ以上は何も言わず手でシッシッと振ると、帰りはあちらとばかりにドアを指差す。
「そう邪険にするなって。別に騎士団に連れ戻しに来たわけじゃねぇし…な」
「だったら何しに来た?」
メリアは久しぶりに会った男に対して、さっさと帰れとばかりの態度は崩さないまま会話を続ける。
「さぁ。騎士団を辞めたお前に話す義理はないだろ。今回は顔を見に来ただけだ」
「カーディス……お前も相変わらずだな。顔を見に来ただけというなら目的は果たしただろ? 帰れッ!」
「――ッ」
メリアから発せられた風に圧され、カーディスの身体は店の外へと吹き飛ばされる。
「アイツ…相変わらずだな。目くらましまで使って……と、まぁいっか」
分厚い拒絶という名の結界に阻まれる店には目もくれず、カーディスは店から離れて歩き始める。
「とりあえずあの女と、住む場所・・・・・は、諦めさせるか」
意味ありげに口元に笑みを張り付かせると、カーディスの姿は空気に溶けるように消えた。
なんだったんだろう、と考えてみても、リノアにわかるわけがなく、休憩室で先にお茶の準備をしながら待っていた。
防音が完璧なのか小声なのかメリアとカーディスの声は聞こえてこない。
「ま、いっか」
その時点で興味は消え失せ、待っている時間を使って楽々ボックスに入れてあったレース糸と道具を取り出し編み始める。
こうしてあいた時間はいつも、本を読むか物作りに没頭するかのどっちかだ。
「リノアちゃーん。ごめんねぇ。怖かったでしょ? 歩く子宝製造機は」
申し訳なさそうにひょこっと扉から顔を覗かせるメリアに、リノアは勢い良く首を横へと振ると、
「大丈夫です。興味ありませんから」
きっぱりはっきりと言い切る。
この時点でメリアに備え、手に持っていた鈎針と糸は机の上へと置いておく。
「…声、かっこいいなぁ、なんて思わなかった??」
あまりにはっきりと言い切るリノアに、メリアは興味がわいたのか尋ねてみる。が、その態度を見ると抑えきれない欲求――可愛がりたい! 撫で撫でしたい! ギュッとしたい!――が表に出てリノアを腕の中へと閉じ込めていた。
「かぁぁわぁぁいぃぃぃ」
「んー」
背中に腕を回されながらグリグリと頬を擦り寄られ。
「興味ないので、かっこいいとも思わなかっただけですよ?」
リノアの超がつく本音。
それはメリアのツボだとは鈍いリノアが気付くはずもなく、メリアにされるがまま腕の中でおとなしくしているのだった。
女には持ち得ない逞しい腕を持っていたとしても、リノアにとってメリアはお姉さん。
顔が良かろうと人目をひこうと、メリアだけは気にならない。
ずっと何かを言いたげな表情を浮かべていたのは気にかかったが、今日は後ろ髪を引かれながらも自宅へと帰ってきた。
自宅は目の前。集合住宅で、そろそろ手狭になってきた借家。物作りを多方面に延ばし過ぎたせいか、器具や材料なんかで始めは広かった部屋も、既に溢れそうになっている。
そろそろ引っ越そうかなと呟きながら、ノブに手を伸ばそうとして固まった。
いつのまにか扉に横に男が立っていたのだ。
「(このパターン……メリアさんの店で…)」
どうしよう?
無視?
背中を向ける?
それは危険??
あえて男は見ずに脳内でこの後の対処を考える。
「(どれもこれも危険な気がする…でも歩く子宝製造機って・・)」
興味本位というのは身を滅ぼすものだと過去の自分に忠告して実行出来たのなら、リノアは絶対に男を見なかっただろう。
「歩く子宝製造機……納得。女の人がホッテオカナイネ。うん。関わり合いになりたくないや」
優しげな青藤色の髪と翡翠色の眼差し。アッシュショートの髪型はあくまでも自然にトップはふわっと。それが男の甘い顔立ちによく似合っていて、外見に興味がないリノアでもわかる。文句なしの美丈夫だと。
「さぁ、帰ろう」
男を無視してドアノブに手を伸ばすが、それは男の指先に絡めとられ、気がつけば腕の中。
「はい?? 何やっちゃってるの!? 生暖かいのが気持ち悪いー!!」
美丈夫だろうがなんだろうが、リノアに遠慮という二文字はない。
「メーディルアのは平気だっただろ?」
平然と言うカーディスに、リノアははっきりとわかりやすく首を横へと振る。
「メリアさんと一緒にしないで下さい。メリアさんに失礼です」
「一緒だろ。同じ男だし」
「違います。メリアさんはお姉さんです! 歩く子宝製造機さん離して下さい!」
顔を真っ赤にしながら腕を伸ばすが、リノア程度の力じゃ子猫がじゃれ付く程度にしか感じないのか、カーディスは涼しい顔をしたまま唇を頬へと摺り寄せた。
「ぎゃーーー!! 変態ーーーーー!!!」
色気がない。
それがどうしたとばかりに叫ぶが、それにビックリしたのか腕の力が緩んだ隙に突き飛ばし、リノアは一目散に走り出した。
さよなら、楽々ボックス君。
それでも壊れるのが嫌で、希望を残して腕輪を玄関へと放り投げメリアの店に向かってひたすら走る。
「メリアさーーーん」
わき目も降らずに店に飛び込み、驚くメリアの胸へと顔を押し付けた。
「あら? どうしたの……ってまさか・・・・・」
お姉さん言葉から微妙に語尾が変わった事には気付いたが、それは軽く流し真っ赤になった顔を隠せるように洋服を頬で移動させる。
「変態が出たんです」
そう。変態が!
叫ぶリノアに、メリアは窓際へと視線を走らせる。
そこにいたのは、カーディスで、相変わらずどうやって店内へと入ったのかは不明のまま。
「(魔道を磨いたのか…ホント、碌な事に使わない)」
リノアを隠すように護るように腕を回し、カーディスを睨み付けるが効果は一切ないのか、余裕の表情を浮かべられメリアの眉根に皺が寄る。
「ギュッとして頬に口を近づけたんですよ! 生暖かくて気持ち悪くて・・・・・どうしよう、子供が出来たら!!」
他人に興味がないリノア。
当然子供の作り方を知るはずもなく、本気でそれを口にするリノアに男2人の沈黙が重なる。
「それだけは大丈夫よ。リノアちゃん。ね、落ち着いて。アタシが護るから」
子供をあやすように背中を優しく撫でるように叩くと、生ゴミを見るかのような眼差しをカーディスへと向けた。
「アンタ…リノアちゃんに何するのよ?」
メリアは嫌だが知っていた。
カーディスは女に困った事はなく、来る物は拒まず去る者追わず。自分に興味がない存在もあえて追うような性格ではなかった。
女の影は絶えなかったが、その瞳の奥はいつも冷めた光を宿し、他人とは一線引いた内面を持つ男。
それが、まったく男慣れしていない所か人間にあまり興味がないリノアに手を出すとも考えられず、メリアの視線には戸惑いの色が混ざる。
「色…初めて見たな。俺と同じ色彩」
瞳を細めて笑うその様を見て、メリアは心底困ると同時にどうしようかと対処に本気で悩み始めた。
カーディスの青藤色の髪。
世界では珍しく、メリアもリノアに会うまではカーディスしか見た事のない色だった。
それに輪をかけリノアの場合は更に珍しいのだが、本人が意識していない為口に出して聞いて見た事はない。が、言っておけば良かったとこの時ばかりは心底後悔した。
白菫色の限りなく白に近い菫色の右眼。カーディスと同じ青藤色の左眼。
この世界では希少価値のある薄い色素のオッドアイ。
一般的には地味な容姿であろうとも、このオッドアイを目にすれば地味から一転、どんな美女でも足元に及ばない付加価値のある存在へと変化する。
「あぁ。うん。可愛いな」
メリアの腕の中からあっさりとリノアを自分の腕の中へと納めると、カーディスは遠慮なくその背に腕を回して感触を確かめる。
「え? あ? ちょっと……カーディス!! テメェやめろって空気が読めないのかッッ!!!」
完全にお姉さんを脱ぎ捨て、メーディルアとなったメリアはカーディスに詰め寄るが、詰め寄られたカーディスはリノアの感触を楽しむだけ。
それは世間一般的に言う一目惚れだったと、カーディス本人が気付くのは後の話し。