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午後の講義で斗基は、1番窓際の後ろに座ってしまった。
“しまった”というのは、普通ならば後ろの窓際の席なんて喜ばしい事なはずなのに斗基だけは違った。
友達と話しながら席に座ったので意識をしないまま腰をおろしてしまった。
気がつくともう講義中。
後ろの席な事は別に困った事ではないのだが、窓際というのが彼には困った事。
この季節は桜が舞う。
見たくなくても、視界に入ってきてしまう。
桜の花びらが宙に舞い、眺めていると聡介との電車の会話をふと思い出す。
『慣れてきたのかなー・・・桜良の死に』
―聡介が起こるとは思わなかったな・・・。
窓から桜の花びらが散る景色が永遠と続く。
目を離したくても離せなかった。
その場だけがまるでスローモーションの様に見える。
―慣れねぇよ。
あと1週間もすれば、この桜は全て散ってしまうだろう。
斗基は春が来るたびに嫌な思いもするが・・・春が終わるのも嫌なのだ。
―また来年かぁ。どうせなら1年中咲くなよ。
こっちの桜はまた来年も咲くけど・・・桜良は来年も再来年も・・・もうずっと戻ってこない。
期待なんてしたくない。
桜良は春になっても戻ってこない・・・。
『桜良は年中散らないし満開だから、新種なのね』
白いワイシャツに赤いリボン。
紺色のカーディガン。
漆黒の長い髪の毛。
笑うと余計にに細くなる目。
常に上がっている唇。
小さい体で見上げてくる仕草。
『どっちのサクラ?お前?』
『当たり前じゃない。桜良だもん』
『紛らわしい・・・』
『桜良は新種なのよ。こんなに綺麗だし?』
『新種?じゃあお前は人間じゃないんだな』
『そうねぇー・・・妖精かしら?』
―嘘ばかり。冗談なんだか、本気なんだか区別がつかねぇ。
何が年中満開だ?
何が散らないだ?
現にお前はいないじゃないか。
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―――
―…
「おい」
斗基は呼ばれても気付かない。
机に崩れて寝ている。
「どこにいるかと思ったら寝てるんだもんなぁー」
ため息をつきながら、聡介は転がっていたシャープペンシルで頭を差す。
「いって!!!」
「素晴らしい反応」
パチパチと誇らしげに拍手をして斗基を見る。
「んだよ。」
「君ずっと寝てたんだよ。もうサークル行くよ」
「・・・うそ。寝てた?いつから?」
「知らないよ。俺この講義とってないもん」
斗基は、ハァッとため息をついて立ち上がった。
さっき起きたばかりの人間とは思えないほどテキパキした動きで、教室を出ようとする。
「どこ行くの?」
その姿に慌てて聡介が追いかける。
斗基は何も答えず、ズカズカ廊下を進んでいく。
「なぁ!!」
「うっせぇなぁー・・・」
かったるそうに後ろを振り向く。
「お前は俺の恋人か?」
「いや、だってさぁ~・・・」
「お前が言ったんだろう?」
「は?」
少し間をあけ、また歩き出す。
聡介は訳がわからず小走りをして隣に並ぶ。
「今日は遅れられないよ」
「?」
斗基は俯いて心なしか耳を赤くした。
「いちごのビデオ見るから」
聡介は何も言わず、斗基の頭を軽くたたいた。