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「じゃあ上映しまーす」
奈央子の声とともに、画面に映像が流れる。
「奈央子さんの口癖は“じゃあ”なんだよ」
ボソッと斗基が呟く。
それを聞いていちごはくすくすと笑う。
画面には、1人の女子高生の格好をした女の子が映し出されている。
「どんな映画なの?」
斗基は少し間をおいて、小声で
「現代版不思議の国のアリス」
「じゃあオリジナルなんだ。ストーリーはみんなで?」
「大体は奈央子さんかな。脚本も監督も全部やっちゃう人なんだよ。卒業した先輩達もやってはいたけど、奈央子さんが才能あるからなぁー・・・。アリス役は、卒業した先輩だよ。」
「綺麗な人」
気だるそうなアリスが携帯電話を片手に話している。
【変わらない毎日なんてもう嫌】
アリスはそう言って、現代の生活に疲れている様子。
そして、一軒の古本屋に入って何故か惹かれた埃かぶった本を手に取り、買ってしまう。
場面は変わって家のシーンへ。
買った本を読みながら彼女は眠りについてしまう。
ふと目を覚ますと、そこには見たこともない不思議な風景が広がる。
携帯電話もない、テレビもない、持っていた本さえない。
途方にくれるアリスにウサギが現れる。
【やあ、お嬢さん。迷い込んでしまったの?】
「あれ?ねぇ、あのウサギ・・・」
「・・・・そう俺」
斗基が照れくさそうに小さく手を挙げる。
「チシャ猫とウサギを一緒にしたんだよ。それだけでもめちゃくちゃなのに、最後にはアリスと恋に落ちる。奈央子さんは恋愛ものが好きだから」
「へぇ楽しそう!女の子としては恋愛もの好きだよ」
アリスとウサギの追いかけっこが始まる。
【待って!待ってよ!ウサギさん!!】
【ここだよ、アリス。】
様々なキャラクターが工夫を凝らした衣装、風貌で次々と登場する。
そして、ハートの女王がアリスを捕えて裁判するシーン。
そこにウサギが現れる。
【時間を戻せば犯人なんてすぐに分かってしまう!アリスは無罪だ!】
真剣な眼差しでアリスを見つめるウサギ。
一瞬の隙をついてアリスを連れ出して、初めにアリスが目覚めた場所へと戻る。
ウサギは胸にかけてある大きな時計をアリスに持たせる。
【最初はからかっていただけなんだ。でも段々に怖くなってしまって。】
【何が怖いの?】
【君に忘れられてしまう事が】
ウサギはアリスの手を時計のねじに置かせる。
【過去に戻れば、君は僕を忘れてしまうよ。】
【だったら、先に進めばいいじゃない!】
【君の時間はここにいる限り止まったままなんだ。進まない。戻るしかないんだ。】
【そんな・・・】
【アリス】
【何?】
【もし戻っても僕を思い出してくれるのなら、この時計を持っていてくれないか】
【この時計は、ウサギさんのものよ】
【アリスにあげるよ。いつか君を探しに行くから。僕の時間が動き始めたら君を探しに行くよ。どこにいたって、君を探す自信があるんだ】
【ウサギさん・・・】
【だから時計を持っていて。君とのつながりをこれ以上なくしたくない。さあ、もう帰りなさい】
ウサギがアリスの手を握ってねじを回す。
そして、アリスは現代へと戻る。
ベッドからアリスが立ち上がると、ゴロンと何かが落ちる。
本の代わりに時計が転がっている。
アリスは何も言わずに、その時計にキスをした。
エンドロールが流れて、ピッとリモコンで奈央子が画面を消す。
「まぁこんな感じです。今年は何をやろうか考えてないのですがー・・・まずはサークル自体に慣れてくださいな。普段は映画観賞だから」
言いながら奈央子はプリントを配る。
「ラストの方のセリフ・・・」
ふといちごが言葉を発する。
「え?」
「斗基が考えた?」
名前で呼ばれたからなのか、言い当てられたからなのか、斗基の心臓が高鳴る。
「脚本もやるってさっき言ってたもんね。」
「あぁー・・・うん。何で分かったの?」
「1番心がこもっている様に見えたから」
口元はほほ笑んでいたが、眼差しは真剣だった。
斗基は何か言いだそうとしたが、奈央子にプリントをもらって目を通す。
内容は1年間の予定だった。
「短大の時は何してたの?」
違う話題を振る。
「演劇部。中学の時からやってるの」
「へぇ~。それでこのサークル入ったんだ?」
「そう。映画撮るって聞いたから即入部」
「舞台とかやってたの?」
「年に何回かはね」
「じゃあビデオとかなんかないの?」
「・・・あるにはあるけど・・・」
「持ってきてよ!!奈央子さ~~~ん!!いちごが短大時代の舞台のビデオ見せてくれるって!」
「ちょっ・・?!」
「あら本当に?じゃあ明日持ってきてね」
いちごは斗基を軽くにらんで、ハイと返事をした。
その様子を見て斗基は大笑いをした。
今日初めて、いちごに対して普段通りに接することができたかもしれない。