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「じゃあ新入部員のために、今日は去年の文化祭で放映した映画を見てもらいまぁす」
奈央子が言いながらDVDを右手に持ってヒラヒラと見せる。
2,3,4年生の部員たちは、「恥ずかしいー」「去年のだけはやめてくれ!」など批判的な声が出ているが、奈央子はもちろん無視した。
斗基は、壁にかけてあったパイプ椅子を持ち隙間のある席を探す。
美香と目が合ったが、見ない振りをして反対方向へ向かう。
1列目に体の大きな2年生・・・蓮田 正道が見えその後ろに足を運んだが、そこにはすでに女の子が座っていた。
つめれば余裕でそこに座れたが、女の子を見た瞬間・・・
嫌な予感がよぎる。
ー・・・もしかして
蓮田は、てっきり斗基が座わりたいのだが、座れずに困っていると思い後ろを振り返り
「あ、桜井さんでしたよね?ちょっと悪いんですが斗基さんが座りたいみたいで・・・」
名前を聞いて余計に足が重くなる。
「あ!ごめんなさい。気付かなくって・・・あ、桜井じゃなくていいよ。いちごって呼んでね。ここのサークルはフレンドリーがモットーなんでしょう?」
決定的な一言。
蓮田は照れたように笑って
「じゃあいちごさんで」
―デレデレしてる場合じゃねぇよ、このお節介!!
斗基は蓮田を恨めしく見た。
「どうぞ」
彼女はそう言って、椅子を少し隣に移動した。
この状況で他の場所へ行くなんて出来るはずがない。
「ありがと。ハスもありがとな」
後半部分は嫌みを込めたが、もちろん蓮田が気付くわけもなく・・・「いえいえ」とほほ笑んだ。
本日2度めの意を決して、空いた場所に椅子を置く。
座る間際に後ろを振り返ると、少し離れた場所にいた聡介と目が合う。
心配そうな目をする聡介に斗基は舌を出しておどけて見せた。
彼なりの“大丈夫”のサイン。
いざ座ると彼女が隣にいるというぬくもりが直に感じられ、斗基の心臓が緊張の音を鳴らす。
「席・・・空けてくれてありがと」
彼女はすぐに反応を示す。
「いいえ!むしろ気付かなくてすみませんでした。」
本当に申し訳なさそうな顔をしてこちらを伺う。
うすい形の整った眉。
その眉より短い前髪とサイドにしばった緩いウェーブの髪。
髪と同じ茶色がかった大きな瞳。
白い肌にピンクのチークがかわいらしい彼女の雰囲気によく映えた。
「あの?」
「あ!いや、ううん!気を使わないで、うん。」
思わず見つめてしまい急いで訂正をする。
―顔は似ていないのに・・・。何でこんなに懐かしいんだ?
「えっと、名前は?」
答えが分かっている質問を投げかける。
「桜井いちごです。」
「かわいい名前だねぇ~。いちごってどういう字?」
「平仮名です。」
なるべく普段通り女の子に接するように振る舞う。
―よかった・・・平仮名だ・・・よし!軽く、軽く・・・いつもの俺らしく。
心の自分と会話をして自己暗示をしながら話を続ける。
「敬語使わないでいいよ。タメでしょ?」
「・・・なんで知ってるの?」
そう言われてすぐに口調を直すいちごは、社交的な性格が伺えた。
「あ・・いや!聡介が言ってたんだよ!昨日、編入してきた子がいて俺らのタメでいちごちゃんっていう名前で・・・」
しどろもどろで弁解に回る。
それを聞いていちごは納得した顔をした。
「聡介君と仲良しなんだ?八坂君は」
「八坂じゃなくていいよ。斗基で。ここのサークルみんな大体呼び捨てだし。」
「じゃあ私もいちごって呼んでね」
無邪気な笑顔が余計に斗基の心を乱した。
―参ったなぁ・・・。