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「カーット!!」
奈央子の威勢のいい声が河原に響く。
眼鏡を直しながら子ども達に歩み寄る。
「とってもいいわね、あなた達!今日の撮影はここまでで大丈夫よ。ありがとう。今日の撮影が終わるまでいてくれたらご飯ご馳走するからちょっと待っててね」
饒舌で奈央子は子ども達に話をする。
ご機嫌なのが一目で分かる。
その姿に周囲も安心する。
「じゃあ次はいちご。出番よ」
振り返った奈央子の表情はやる気に満ち溢れた監督の顔であった。
「・・・はい!」
その気持ちに応えようとゆっくりいちごは脚本を座っていたベンチに置き歩み出した。
自分の前を横切るいちごに斗基は心臓が大きく脈打つのを感じる。
―あの顔を俺は知ってる。
見たことがある。
桜良が“少女”から“女優”へと変わる顔と同じ・・・・
ウェーブの長い髪が下にうなだれ、斗基からはいちごの表情は伺い知れない。
「うん。約束だよ。」
そう言いながら空を見上げた。
たった8文字の短い言葉。
文章にしてしまえば、句読点が入る6文字の文章。
その言葉でいちごは周囲の心を奪った。
「カ・・・・カーット!」
奈央子が思い出したかのように叫ぶ。
カメラを回していた聡介もハッとしたように停止ボタンを押す。
「ど、どうでした?」
いちごが不安げに奈央子を伺う。
「今のでいいよ。一発OK♪」
ウインクをしていちごを安心させる奈央子。
安堵のため息をついた顔はすでにいつものいちごに戻っていた。
―この映画、今までにない傑作になるかもしれない。
奈央子は心に浮かぶ希望を確かに掴んだ気がした。
「あぁー緊張した。」
斗基の元へと駆け寄るいちご。
いまいち反応が出来ずにいる斗基に不安そうに尋ねる。
「なんか変だった?」
「・・・・いや?」
「そう・・・それなら良かった」
斗基の返答が曖昧なものできっと勘違いをさせたに違いないのにそれを弁解もできない程、斗基は動揺していた。
たった一瞬で心を奪っていた目の前の女性に何と言葉をかけたらいいのか、脳がうまく作業をしてくれていない。
「斗基の奴、演技がうますぎてなんて声掛けたらいいか分からないんだってー。」
聡介が斗基の肩を組みながら話に入ってきた。
いちごがその言葉にポッと顔を赤らめる。
「なぁー斗基~?こんなお前見んの初めてだよ」
「・・・うるせぇ。否定は・・・しないけど」
やっと言葉を発したかと思えば聡介に殴りかかる斗基。
「お前は!!」
「ちょっと、やめろよ~」
聡介は笑いながらかわしている。
いちごはいつもの斗基の姿に安心して声をあげて笑っていた。
「3人さん、仲良しなのはとってもいいことなんだけど・・・撮影再開しますわよ?」
奈央子の鋭い一言で空気が変わり、すぐに持ち場に戻る3人。
「じゃあ斗基、出番。主人公2人が大人になって出会うシーンよ」
「「はい」」