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「私は、桜井いちご。お名前は?」
いちごは背をかがめてそう彼らに問いかけた。
「洵です。」
「麻里です。」
“彼ら”とは、このストーリーに欠かせない冒頭のシーンの子どもの役を演じる2人だ。
「へぇー本格的にやるね。今回も」
斗基がいちごの隣で子どもたちをまじまじと見つめる。
「名前も名乗らないで見てんじゃねぇーよ」
プチ
いちごは確かに隣の人物の何か切れる音を聞いた。
「このお兄ちゃんの小さい頃の役が洵くんなんだよ~:
必死にフォローするのもむなしく・・・
「はぁ?俺がこいつのー?やだなぁー」
洵はそっぽを向いた。
斗基はクルリと向きを変えて、蓮田の方へ向かった。
「あのガキは確か・・・お前の甥っ子だっけか?良い根性してるな」
顔は笑ってるが全く言葉に感情が見られない。
「すみません!洵はどうも捻くれたところがありまして。でもほら、将来有望な顔でしょう?」
蓮田が嫌な汗を流しながら弁解する。
「・・・・まぁ、俺のガキの頃には負けるけどな」
「お前より不細工じゃねぇ!!!」
―似た者同士!!!
全員が心の中で突っ込みを入れた瞬間だった。
「麻里ちゃんは?どっから来たの?洵くんのお友達?」
いちごが話題を変えようと麻里に話を振る。
麻里は目がくりっとしたいちごの子ども役にピッタリな少女だった。
「私が連れてきたの。OBの先輩が入ってる劇団の女の子。今回はボランティア参加してくれるんだよねぇ。ありがとう」
「いえ!!!よろしくお願いします!!」
ぺこりと礼儀正しくお辞儀をする。
「だったら俺のガキ役もその劇団のプロ子役連れて来てくれればよかったのに」
「お前ふざけんな!俺より完ぺきな顔と役者なんていねぇーっつーの」
「まぁまぁ。蓮田くんが連れてきた自慢の甥っ子なんだから穏便にね、穏便に」
奈央子が斗基と洵の間に入ってとにかく2人の距離を離していく。
これからの撮影が思いやられる。と呟きたくなる奈央子だった。
*******
「じゃあさっそく撮影開始しますよーっと。子役さんよろしくね」
奈央子が脚本片手に開始の合図を出す。
1年ぶりの撮影となり少なからず緊張の時間が流れる。
「はい!」
「あーい」
斗基は相変わらずブスッとした顔でその撮影風景を眺めていた。
その隣でいちごが
「何だか緊張するなぁ・・・」
「劇団部出身でしょーよ、先輩」
からかうように斗基がいちごを見る。
「んもう!斗基の方が演技経験あるでしょ~?中学生の頃からでしょ?」
「経験だけだよ。いちごには負けるって」
「そんなにおだてても何も出ないんだからね」
ぷくっと頬を膨らませて斗基を睨むいちご。
その仕草が斗基の心をまた温める。
「良い映画にしような」
そう呟きながらいちごの頬のふくらみをつぶしていく。
あまりにも自然な行動にいちごは思わず目をそらす。
「あ、始まった。お・・・・あいつなかなかいいんじゃない?」
声に導かれ斗基が見る方向に目を向けた。
「織姫様と彦星様は、この日に天の河を渡って会うんだよ」
麻里のかわいらしい声が河原に響く。
劇団に所属してるだけあり、安心して見ていられる演技力。
「じゃあ僕たちは・・・・織姫様と彦星様にはなれないね」
蓮田が自慢として連れてきた洵。
演技に関して素人なはずなのに、数10名いる大人の前でも堂々と台詞を唱えていく。
その姿に奈央子も安堵して見入る。
いちごも子どもたちの演技を見る傍ら彼女に眠る“女優”が徐々に開花していくのまだ知らない。