*第3部 1
満月から三日月へと欠けていく。
闇が襲ってきそうな真っ暗な夜に斗基は、ゆっくりと唇を噛み締めた。
月のない夜は何回もあったはずなのに、斗基にとって随分久しいように感じた。
緑に生い茂ってきた桜並木を抜けて自宅であるアパートの階段に1段足を踏み出した瞬間、パッと解決案が浮かんできたようにひらめいた。
―あぁ・・・。
もう1度斗基は、後ろを振り返り真っ暗な夜空を見上げた。
―最近はいちごがいたからか。
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205 八坂
確認して鍵を入れてノブに手をかけてドアを引いてもドアは開かれない。
首をかしげてもう1度鍵を入れる。
すると今度こそドアが開いた。
―鍵かけなかったっけか?今までそんなことなかったんだが・・・
電気をつけいざ上がろうとした瞬間だった。
「とっき~~~~!!」
聞き覚えのある高めの男の声に斗基は心底うんざりした気分になった。
「ゲッ・・・やっぱり」
一応顔を確認して、やはり肩を落とす。
「何でそんな顔すんのさ。おかえり」
ニコッとほほ笑む子犬のような少年が斗基の肩を叩いた。
斗基は足取り重くリビングダイニングへと向かう。
「ほら、ココって1人暮らしにはちょっと広いからさ~?とっきー寂しいと思って」
「・・・・あぁ。そうか。明日は土日か」
「そうそう。学校休み。」
「まぁ、前ほど頻繁に来なくなったからマシに思うか。」
ドサッと深くソファーに腰掛ける。
その隣に少年も座る。
「寂しかった?」
「・・・・・・・例え寂しくても弟を恋しくならねぇーよ」
「ハハ。そりゃそーだ。僕も別にとっきーに会いたかったわけじゃないしぃ?」
「逃げ場としてココを使うなよ、汰基。」
汰基―八坂 汰基は、斗基と3つ違いの高校3年生の正真正銘の実弟である。
斗基は美形の顔ならば、汰基はかわいい、アイドル系の顔つきであった。
背も斗基ほど高くはない。
2人が並んでいると兄弟とは思わないだろう。
「ちゃんと詩織さんとは仲良くやってる?」
「しおピーとは仲良しだよ。なんたってカワイイからね」
「確かにカワイイよなぁ。・・・って仮にも母親だろうが」
「ハハ。まぁーねぇー。アイツがニューヨークから帰ってきちゃったからさぁー・・ココに来ちゃった♪」
「アイツって呼ぶな。仮にも・・・いや実の父親だろ。」
汰基の顔が完全に無表情となり、おもむろにテレビのリモコンを手に取る。
たまたま流れていた音楽番組に目をやった。
2人が似ていないのは、腹違いの兄弟であるからだ。
斗基達は4人兄弟。
末の子が妹で、上の3人は男。
次男と三男以外腹違いの兄弟なのだ。
“詩織さん”というのは、現在の母親。妹の実の母親だ。
つまり斗基と汰基は血のつながりのない戸籍上だけの関係。
斗基も汰基も今の母親を嫌がってるわけではない。
特に汰基は実の父親が大嫌いなのだ。
顔を合わせたくないばかりこうやって1人暮らしの斗基の所へやってくる。
「明日は俺いないから」
「何で?女?」
「サークル。撮影。」
「あぁー・・・そんな時期だね。とっきー何役?」
「死んだ人間の役?」
汰基はそれまではテレビに目を向けていたが、その言葉に斗基の横顔を見る。
その視線に気付いたが素振りは見せずテレビを見続ける斗基。
「そんな話、平気なの?」
「・・・俺がそんなに弱く見える?」
「だって・・・地元に帰ってこないのだって・・・」
「俺も父親が見たくないからだって言ってるだろ」
「・・・・そーだったね」
汰基は気まずそうに笑ってテレビに再び目を向けた。
『父親が見たくないから』
―そんな嘘を汰基は気付いているんだろうな。
別に俺は父さんを毛嫌いしてるわけじゃない。
この家族構成だって仕方ないと思ってる。汰基は納得いってないようだけど。
ただ・・・・あそこに帰るには思い出が多すぎる。
『斗基の家っておっきーねぇ』
『そーか?親父が金ある人だから』
『いいなぁぁあああ!!桜良もお金持ちのお嬢様になりたい』
『なれる方法あんじゃん』
『なぁに?』
『・・・いや・・・』
『!!!分かった★斗基のお嫁さんになればいいんだ』
『してやんねぇーけど』
『フフ。本当はしたいくせにぃ』
『ウザっ』
『斗基のお嫁さんは、桜良だけだからね?』
―お前以外いないよ。
あの時言っていれば、俺の傍から離れなかった?