15
大福を食べ終えると休憩もせずに
「じゃあ、この刷り終わった脚本を閉じてちょーだい」
奈央子が言い、げんなりしたような顔で他の6人は作業を始めた。
「あ、俺ちょっと便所~」
聡介がむくっと立ち上がり、部屋を出て行った。
「こんなん終わるの?」
「文句言わないでやりなさい。」
「はぁあ~い」
同じ作業の繰り返しで斗基は投げ出す寸前だった。
その光景を横目に見ながら、いちごは立ち上がる。
「いちご?」
斗基が不思議そうにいちごの顔を見上げる。
「私もトイレ」
ボソッと言い残して、部屋を後にした。
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「あらあら?追いかけなくてよろしいの?彦星様?」
「・・・・誰が彦星っすか」
「誰ってあなたがよ」
奈央子が斗基を見ず、ホチキスで紙の束を止めながら聞いた。
「だってアレはどう見たって、聡介の後を追ったようにしか見えなくってよ?」
「・・・・トイレに行きたいっつーんだからそうなんじゃないんすか」
「織姫様が取られても遅いわよ?」
眼鏡の奥の目が斗基を伺う。
斗基は顔色を変えず、相変わらず面倒くさそうにホチキスを動かした。
********
「うわぁああ!!」
聡介が用を足し出ると、いちごが待ち構えていたようにしゃがんでいた。
「どうしたの?」
「待ち伏せ」
いたずらっこのように笑ういちご。
聡介は、その笑顔とは逆に固い表情をしていた。
「何か聞きたいことでも?」
「察しがいいなぁ・・・」
「聞きたい事がなければ、俺の所なんて来ないでしょ?」
「聡介って意外と嫌味な人ねぇ」
「よく言われる」
少し笑ってからいちごは真面目な顔をして尋ねた。
「ねぇ、斗基は中学時代どんな子だったの?」
しばしの沈黙。
聡介は笑みを浮かべながら答えた。
「ものすごくクールで、ものすごく人見知りが激しくて、ものすごく寂しがり屋だったよ」
いちごは瞬きも忘れ聡介を見つめる。
「寂しがり屋は直ってないかな?だけど、他はもうないよね。斗基は演技部に入って変わったんだ」
「どうして?」
「人が変わるなんて、人からの影響以外ないよ」
「聡介の影響?」
聡介は首を横に振る。
「俺には・・・斗基を支えることは出来ても、変えることは出来ないから」
―どうして?
その言葉をいちごは言えなかった。
きっと言葉に出来るような理由ではないと直感で思ったからだ。
「今の斗基は、ものすごく寂しがり屋で、ものすごく未練たらしくて、ものすごく・・・・」
その目は、いちごが見た聡介の中で1番悲しい目だった。
「ものすごく自分が嫌いなんだ」
「・・・・自分が嫌い?斗基が?」
「いちごちゃんなら分かるはずだよ」
そう言い残し、聡介はみんながいる部室へと足を運んだ。
1人になって聡介の言葉を思い返す。
『人が変わるなんて人の影響以外ないよ』
―聡介じゃないなら誰の影響で?
たとえ聞いたとしても、聡介は笑って答えてくれないだろう。
『斗基を支える事はできても、変える事は出来ないから』
―聡介が変える事が出来ないなら、誰も出来ないよ。
あんなに斗基が信用しているのは聡介だけ。
『ものすごく寂しがり屋で、ものすごく未練たらしくて、』
―寂しがり屋ならまだ分かる気がする。
未練たらしいって?何をそんなに後悔してるの?
いろんな言葉を聞いていろんな事を考えたいちご。
その中でも1番印象強いのは・・・・
『ものすごく、ものすごく自分の事が嫌いなんだ』
―斗基が自分を嫌い?
何で?
どうして自分を嫌いになるの?
自分を嫌ったままじゃ・・・誰も・・・誰も好きになんかなれないのに。
誰も・・・・