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斗基が、ジャンプを読みながら廊下を歩いていると馴染みの声に呼び止められる。
「斗基!!」
聡介が前から走ってきて雑誌を取り上げる。
「あぁー・・ナルト・・」
「どこ行ってたんだよ?探したんだぞ」
「俺はお前の恋人かよ・・・」
「そんな冗談はどうでもいい。授業遅れるって」
その言葉に斗基が目を見開き聡介を置いて駆け出した。
「お前!!俺を置いていくかぁ~??」
そんな叫びはもちろん斗基の耳には入っていない。
聡介も遅れをとりながら走り出す。
もう何人目だろうか、走りながら人とすれ違うと
「私に挨拶もなし?」
斗基の足がピタッと止まる。
「こんにちは、奈央子さん」
髪を整えながら斗基は営業スマイルで奈央子に話しかける。
「よろしい。ハイ、出来たから」
ポンと手に厚い紙の束を乗せられる。
―ジャンプを聡介に取られていて正解だったな。
なかなかの重量感のある束を見て心で呟く。
「私はとりあえず、2日間は寝させてもらうから。それまでに読み終わるように」
良く見ると奈央子の目は虚ろで髪はいつもはサラっとしたストレートのボブなのに今日は寝癖のままだ。
「あ、ハイ」
―たった4,5日でこれを書き終えたんだ。そりゃ寝てねぇーはずだ。
「あと!!」
「ハイ?」
「主役はあんたといちごのイメージで書いたからそのつもりで。」
寝不足な目を一瞬だけやる気の満ち溢れた目を見せ、奈央子は眼鏡を直して斗基とは別方向に歩き出した。
―何で・・また俺と・・・。
重い紙の束を見ながら、斗基はため息をついた。
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講義の始まったシーンとした教室で真剣な顔で机に向かう斗基。
それを横目に、どうにか間に合った聡介が退屈そうに黒板を見ていた。
斗基は、先ほど奈央子から受け取った紙の束=脚本を読んできた。
奈央子が斗基に最初に脚本を渡したのは、斗基に脚本を見直し修正部分や付け足す部分を任せるためだ。
サークル入部当初から、斗基の文才を奈央子は認めていた。
脚本のタイトルは『7月7日~奇跡の日~』
主人公は、20歳の男女。
2人は幼馴染。10歳の七夕の際に2人は将来を誓い合う。
【織姫と彦星様は、この日に天の川を渡って会うんだよ】
【じゃあ僕たちは織姫様と彦星様にはなれないね】
【どうして?】
【僕たちはいつも一緒だもん】
【そうだよね!ねぇ結婚しよーっか】
【うん。じゃあ・・10年後。僕たちが20歳になったら結婚しよう】
【約束だよ】
しかしその約束は果たされない。
約束をした1年後の七夕の日に、少年は交通事故で他界してしまう。
悲しさを胸に少女は女性へと成長する。
そして、10年後の七夕間近に少年と同じ顔の男性と出会う。
斗基は、あらすじを読んだだけで、それ以上次のページをめくる事が出来なくなってしまった。
同じページに目を置いたままの斗基を不思議に思って聡介が横からその脚本を除く。
あらすじを読み、息を飲む。
「これ・・・今回の?」
「あぁ。」
斗基は聡介の方を見もせず、脚本に目を落としたままだった。
「奈央子さんは配役言ってたの?」
「いちごと・・・俺が主人公をやれって。脚本直しておけって」
「斗基・・・・」
「・・・・」
「やるのか?」
「出来ない所もあるけどな」
無表情だったのが、口元が緩む。
しかし、その笑顔は悲しみそのものだった。
「死んだ人の気持ちの台詞なんて書けるわけねぇ・・・」
そして口元が真一文字に閉じて耐えるように握った拳が震える。
閉じた口から絞り出されるように出される声。
「死んだ・・・・人を・・・思う気持ちなら・・・・別だけど・・・」