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本屋から帰り、講義に耳を傾けようとするがいちごの頭の中では、先ほどの自分の心の声がリピートされる。
―斗基はいい友達だよ。
何度繰り返しても何故か心が納得しない。
講義が終わり、学生は席を立つ。
いちごはボーっと外を眺めて席を立つのすら忘れているようだった。
隣に座っていた弥生が声をかけようとしたが、ドアの方を見てそれをやめてゆっくりと立ち上がった。
弥生が席を立つという感覚がして、急いで振り返るとすでにドアを向かっている後ろ姿だけで、代わりに斗基がこちらに向かって歩いてきていた。
「ジャンプ買ってきてくれた?」
「へ?」
「へ?じゃないよ。君そんな天然キャラじゃないでしょ」
斗基が笑いながらいちごの隣に座る。
いちごの心臓がドクッと大きく脈を打つ。
「あぁ・・・ジャンプね。はい、どうぞ」
グレイのトートバックから雑誌を取り出す。
―弥生が変なこと言うから気にしちゃうじゃない・・。
何故弥生が自分を置いていったのかを妙に勘ぐってしまういちご。
「サンキュー。はいお金」
「え、いいよ!200円くらい」
「女の子におごってもらう主義じゃないから」
斗基は、いちごの手に200円を握らせる。
手が触れることなど今までだって何度もあったのに、今回ばかりはいちごの心臓は飛びだしそうになる。
いつもと違う反応に斗基は気付く。
「何?おとなしいね」
「別に~?元からだよ」
決していちごは、目を合わそうとはしない。
「まぁ冗談として」
「今の聡介みた~い」
「真似してみた」
おどけていちごの笑いを誘う。
それにもちろんいちごは声を出して笑う。
「笑い上戸だよな。いちごを笑わせろっていうなら、すぐにできるね。」
「だって面白いんだもん」
『斗基の前では笑顔が女の子っぽいわよ』
弥生の言葉がパッと浮かぶ。
斗基はいつもいちごに笑いかけてくる。
それにいちごは返す。
当たり前で意識もない行為なのに、弥生には違うように見えていたようだ。
―どこがだろう?
斗基をチラッと横目で見るとやはりニコッと笑いかける。
つられていちごも笑う。
「私が笑うの何か違う?」
「ハイ?」
突拍子もない事を言われて、斗基は思わず言葉に詰まる。
「だからー!!笑い方変?」
「今日本当にどうしたの?天然キャラになってるよ。」
「だって、弥生がー・・・」
“斗基の前だと違うって言ってた”
と続けようとしたが、言葉を飲み込む。
「弥生が?」
「・・・・ううん。ただ笑い方変だって言われただけ」
「弥生も変だよって言っておけ」
「斗基が言ってたって付け加えておくね」
「それは駄目!やっちゃん怖いんだから」
「また聡介の真似~」
いちごがケラケラと声をあげて笑う。
それを見て斗基が立ち上がり
「いちごが笑うの変じゃないよ。笑っているのが1番いちごらしいよ」
口が笑ったまま、いちごは固まってしまう。
斗基はジャンプを片手に持ち
「これ、ありがとな。じゃあね」
手を振りながら斗基は教室を出て行った。
いちごは何とか手を振った。
斗基の去った自分以外誰もいない教室を見渡してから、窓を見る。
桜の木の葉が風で揺れている。
それを見ながら、いちごの心の中も揺れるのを感じていた。