*第1部 1
彼の予想は的中してしまう。
レストランの厨房のアルバイトが終わって、携帯を見ると着信が5件。
全部同じ名前から。
はぁ。と彼はため息をこぼしてリダイヤルを押そうとした瞬間、先ほどと同じ名前から着信がディスプレイに光る。
「なんだよ?俺バイトだって言ってただろう」
「いや、後で気付いたんだよ!!だから今かけたんだろ!!」
「-・・・そりゃどうも。んで何?」
彼はそっけなく返す。
「サークルに新しい子が入ったんだよ」
「新入生だろう?明日は行くから分かるよ。」
「新入生じゃなくって!タメだよ!短大から編入してきたんだ」
「へぇー。短大っていうなら女か」
「うん。その子が問題なんだよ・・・。」
「何だ?かわいいのか?いや、かわいくないから問題なのか・・・」
ますます彼のテンションは下がる。
「いや、かわいいよ・・・・ってかそこじゃなくて・・・」
「なんだよ?」
なかなか言い出さない電話の主に苛立ちを見せる。
「名前がさぁー・・・“桜井いちご”って言うんだ。
ごくりと喉が鳴る。
「・・・・へぇ」
「へぇって!!いちごちゃんに会う前に心構えさせてやろうと思ったのに!」
「“いちごちゃん”?さっそく手をつけたのか。ヤダヤダ、節操がない奴は」
「俺とお前は違います!!」
「・・・とりあえず」
「話そらしやがった」
「ご報告ありがとう。でもボクなら心配いらないよ。名前だけじゃない。過去は気にしないよ」
「・・・・・」
「おい?」
「名前だけだったら俺はいちいち電話なんてしないよ。」
「分かってるよ。いつもありがとう。感謝してるよ」
「あぁ・・・じゃあまた明日」
「おう」
電源ボタンを軽く押す。
そして携帯電話を握りしめて、彼はジーンズのポケットに押し込んだ。
彼・・・八坂 斗基は今年で21になる、大学3年生だ。
そして電話の主・・・古賀 聡介も斗基と同様、大学3年生だ。
2人は中学校から大学までずっと一緒の腐れ縁である。
それに加えて、映画研究会というサークルまでもが一緒だ。
斗基のユニークさとノリの軽さ。
聡介の浮き沈みは激しいが、少年のような爽やかさ。
2人のコンビネーションはいつも抜群だった。
斗基は、レストランを出て携帯電話を取り出した。
着信履歴を見て思わず苦笑する。
17:56
18:07
18:11
18:25
18:43
やっと5回目で斗基がバイトだという事を思い出したのだろう。
携帯電話に集中しているとハラッと頬に桜の花びらがあたった。
上を見上げると、夜の闇に桜のピンクが綺麗に映えていた。
斗基は、1人暮らしをしているアパートの前で足を止めた。
目を細めて、桜の花を愛でる。
そして、聡介の言葉が蘇るー・・・
『“桜井いちご”って言うんだ』
また苦笑して
「春はろくなことが起きねぇ―な」
と宙に舞う花びらを1つ掴んで、呟いた。