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「イメージが湧かないのよ!大体テーマも決まってないのに」
奈央子は苛立ちながら、眼鏡を拭いていた。
「寝てないんですか?」
奈央子の眼の下には立派なクマが出来ていた。
そして寝不足なのかストレスなのか吹き出物も額に出ている始末。
「あんたがオリジナルとか言うから~!!!・・・・ごめん。八つ当たりだ」
「いや、その通りっすよ。何にも提案せず奈央子さんに頼り過ぎちゃって・・・」
斗基がすまなそうに聡介が持っていた缶コーヒーを奈央子に渡す。
聡介は自分のために買ってきたものなのにも関わらず、あまりにもごく自然な斗基の動作に何も言えなかった。
「テーマ何にしようか・・・」
「そうっすねぇ~。聡介、何がいい?」
その言葉にまずコーヒーの事を一言いってやりたい所だが、奈央子の困り果てた、疲れ果てた顔を見てしまえば、何も言えなかった。
「んー・・・俺そういう才能ないもんなぁ。映像専門ってことで。」
「本当に使えねぇなぁ~」
「お前がそういうこと言うか?!」
「いっそのこと・・2人のゲイ映画にでもするか!」
「「やめてください!」」
「ブハハハ!!」
入ってきたばかりの自分なので、静かに話を聞いていたいちご。
だが、奈央子の一言に思わず噴出して笑う。
「ねぇ・・・いちごは何かない?」
奈央子がいちごの傍に寄りすがるように聞く。
「そうですねぇ。夏が近いから~何かひと夏の思い出みたいな感じで・・・七夕とか?でも放映が10月だから季節外れか」
「!!!!いい!それでいこう!さすがいちごちゃん♪」
奈央子はいちごに抱きついて、チュッと鳴らし頬にキスを落とした。
その速さにいちごは固まってリアクションがとれない。
テンションが上がったらしい奈央子は、来ていた他の部員にも抱きついていった。
「・・・・あんなアイディアで大丈夫かなぁ?」
やっと状況がつかめ、ふと不安に呟く。
「俺もいいと思うよ?」
「本当に?」
いちごの隣に空いていたパイプ椅子に斗基が腰掛ける。
「あんなにテンションが上がってるんだ。奈央子さんがいい話にしてくれるよ。あの人はアイディアさえ与えればすごいから」
「へぇ~。アリスも元々のアイディアってか原作があるわけだしね」
「発想力さえありゃ、完ぺきなんだけどね」
「それを広げられる想像力があるからいいんだよ」
2人は見合わせて笑った。
ひとしきり笑った後、いちごは弥生から聞いた言葉が浮かぶ。
“斗基に振られたの”
弥生は今日は来ていなかった。
バイトかもしれないし、他に予定があるのかもしれない。
いちごは、なんとなく理由が聞けなかったのだ。
「弥生来てないんだ」
斗基がいちごの気持ちを悟っているかのように弥生の名前を口にする。
驚いてなかなか言葉が出ない。
「この前は悪かったね。気を使わせちゃって。」
「そ・・・んな事。私が無神経だったっていうか・・・知らなかったっていうか・・・」
「弥生に聞いたんだ?」
そう尋ねられ、いちごは自分が口走ったことを後悔した。
「うん・・・ごめん」
「いちごが謝ることないよ。むしろ久しぶりに話せて良かったしさ」
斗基はいちごを安心させるように言ったのだが、いちごは安心どころか胸が痛んだ。
同じ言葉を口を揃えて言う2人に歴史を感じたのだ。
“話せてよかった”
斗基と聡介にしても奈央子にしても自分は知らない歴史がそこにはあった。
いちごはそれに入り込んではいけないと無意識に深入りを避けた。
「今日はバイトなの?」
痛みを消すために、全く違う話を切り出す。
いちごは気を使ってくれたんだと思い込み、斗基はその話にのった。
「最近は遅い時間にしてもらったんだ。この時期忙しいからサークル」
「えらーい!私もそうしようかな」
「何のバイトしてるの?」
「家の近くのCDショップ」
「へぇ~。似合わないような、似合うような」
「何それ~。斗基は?」
「俺はレストランのウェイトレス★」
「・・・・似合わないね」
いちごは笑いをこらえながら言った。
「笑う事はねぇだろ!」
「まだ・・・笑って・・・ププ」
噴き出すいちごの髪をグシャグシャにする。
「髪がグシャグシャになるじゃん!!」
「元々クシャってしてるじゃん」
ウェーブのかかった髪をいちごが整える。
以前、髪をくくってるときに同じように髪をグシャグシャに乱して本気で睨まれた斗基は、それ以降髪をおろしている時にだけ、いじるようにしている。
「パーマだもん。これ」
「へぇ。元は?ストレート?」
「うん。真っ黒のストレート」
斗基の脳裏には、1人横切る。
「・・・・性格も顔も全然違うのにな・・・」
「え?何?」
少し間を置いて笑いながら斗基は言った。
「天然パーマかと思ったって言ったんだよ」