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「あのアリス以来だっけ?やっちゃんと話していないの。」
「うん。」
斗基と聡介は、講義を受けながら小声で話をしていた。
「ずるい奴だよ。あのやっちゃんまでも・・・」
それを聞いて斗基は、苦笑した。
『私とお姉ちゃんどっちがタイプ?』
去年の“不思議の国のアリス”の配役が決まると同時に、アリス役の卯月との会話が増えた。
卯月と言えば、男性部員の憧れの君。
その妹の弥生とどちらかというと、話が合った斗基。
独特の大人のような落ち着いた雰囲気と優しいしゃべり方が斗基には心地よかった。
ところが、卯月と話すようになると同時に弥生との会話が極端に減っていった。
不審に思った斗基は、思い切って弥生を前から見たがっていた映画へと誘う。
いざ2人で会うと前のように話が弾んだ。
映画を見て、食事をして、時間も遅くなった。
弥生が借りていたCDを返すと言って、家へと誘ってきた時は多少迷ったがここで断ってしまったらまた会話が減る様な気がしてOKしたのだ。
しかし、その迷いは正しかったのかもしれない。
部屋に着き、話をしていると座っていた斗基の背中に弥生が抱きついたのだ。
「私じゃ嫌?」
「俺はそういうつもりでココに来たんじゃないよ」
「じゃあ何で映画なんて誘ったのよ?」
「最近、話してくれなかったから・・」
斗基は弥生の腕をそっと外して、振り返る。
「そんな思わせぶりな事ばっかりしてー・・・」
「・・・ごめん」
「謝るんだったら・・・シてよ。」
弥生の目には涙が浮かぶ。
だが、その目は真剣だった。
「別に弥生が嫌いだとかそんなんじゃないよ。でもね、それだけは出来ない」
「何で?私はそういう魅力ない?そうよね、別にお姉ちゃんみたいに特別美人なわけでもないし・・・」
「十分、魅力あるよ」
「だったらいいじゃない!」
弥生の手が伸びて、斗基の頬を掴む。
指先は震えている。
ゆっくりと唇を重ねようとすると、斗基が頬にある手を掴んでその場で弥生を組み敷いた。
「気持ちがなくてもいいなら、シテやるよ」
そして続ける。
「俺は誰かを好きになる余裕なんてないんだ」
弥生は、何かが切れたように泣きじゃくった。
それを斗基は何も言わず、触れず、穏やかな目で見つめた。
しばらくして、落ち着きを取り戻した弥生は、最後に質問があると呟く。
「私とお姉ちゃんどっちがタイプ?」
斗基は答えずに、またほほ笑んだ。
それから2人は言葉をほとんど交わすことがなかった。
2人に残ったのは、後悔ともどかしさ。
特に弥生はやり場のない想いをずっと抱え込んでいた。
斗基に惹かれていた気持ちが、現在では消えていたが斗基と以前のように話をしたかった。
それは、もちろん斗基も同じであった。