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「やべっ!6時からバイトなんだよ。俺帰るわ!」
劇の観賞も終わり、談話をしていると時計の針は5時40分を差していた。
斗基は急いで立ち上がり、身支度をする。
「私も6時半からバイトだから~・・・お先~!斗基待って!」
いちごがそれに続いて立ち上がる。
「斗基~!いちごに手出すんじゃないわよ!」
奈央子が笑いながら忠告をする。
「誠じゃあるまいし」
「何で私が出てくるのよ!」
「ははは。じゃあお先に!」
2人は同時に部屋を出た。
その一連の動作を聡介と美香だけは、笑わず無言で見つめていた。
「急がなくていいの?」
小走りもせずに普通に歩く斗基。
駅まで徒歩3,4分だが、駅で電車を待つ時間+降りてバイト先に向かう時間=6時よりオーバーするであろう。
「まぁ、今更走っても遅刻だもん」
「少しでも早く行った方がいいんじゃないの?」
心配そうに斗基を覗き込む。
その姿が斗基の心を温かくさせる。
「優しいね。」
「へ?」
「そうやって言ってくれる人は聡介ぐらいだから」
「他の人なら?」
「そうだなぁー・・・こういう状況に出くわすのが聡介とー・・・」
斗基の頭にはその続きが出ているが、その言葉を飲み込んで違う言葉を代わりに述べた。
「他の奴なら、じゃあゆっくりでいいっか~とかさ」
「それじゃ私と聡介がお母さん役みたいじゃない」
「ははは。それは頼もしいよ。頼むよ、お母さん」
「うまいんだから~!」
声をあげて笑ういちご。
無邪気な笑顔とは打って変わって演技で見せる真剣な眼差し。
斗基はビデオを思い出すと余計に、胸が熱くなった。
「演技・・・すごかったよ。」
笑いを止めて、今度は先ほどのように照れくさそうに
「ありがとう」
耳を赤くしてお辞儀をするいちご。
「昔からやってるの?」
「んー演劇部に入ったのは高校から。ある子を見て演劇にはまっちゃってねぇ。それから始めたんだ。」
「ある子?」
「中学生の時に、朝日っていう劇団の“眠れる森の美女”を見たの。その時のオーロラ姫役の子がすっごくて!!同い年だって知って私もああなりたいって思ってね」
暖かった胸が違う熱さに変わる。
脈がドクドクと流れ、額に汗がにじむ。
「でも・・・その子・・・病気で亡くなってしまってね。だからこそ私頑張ろうって!みたいなね」
―もう聞きたくない。
「名前もちょっと似てて・・・」
いちごは興奮していて、話をどんどん進めていく。
斗基の変化に気付く余裕もないほどに。
―言わないでくれ。
「いちご・・・」
―嫌だ!!!
「一護 桜良さんって言うの。私の名前反対にした感じでしょう?」
『おい。』
『だから!桜良は“おい”じゃないってば!』
『一護さん。』
『はぁー・・・。まぁいいけど?苗字も気に入ってるし♪』
『変わってるの好きそうだもんな』
『そういう意味じゃなくって~!何か一つを護るのよ?いい苗字じゃない』
『“護”ってまもるって意味あるんだ。』
『一見頭よさそうだけど、馬鹿でしょ』
『・・・うるせぇ』
『だからね、桜良は誰か1人桜良の事を護ってくれる人を探してるの』
―その時、決めたんだ。
俺が護ってやるって。
護れなかった俺をどうか、許さないで。