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「へぇ、今日は遅れなかったんだぁ。珍しい」
サークルの部室に入るとすぐに奈央子がいた。
「いつも早いっすよ」
斗基が得意気な顔で話をする。
「ありがとうね、飼い主。こんな手のかかる犬を飼うと大変でしょう。」
「そうなんすよぉ~。こうやって連れ出さないとなかなか出てこなくてねぇ」
「おい、その会話おかしいぞ君たち。」
飼い主⇒聡介。
犬⇒斗基。
の形式が成り立つ話の展開に思わず突っ込む斗基。
「だけど主役がまだ来てないのよねぇ。」
「いちごちゃん来てないんすか?」
「ねぇ、普通に話題変えないでよ、君たち。」
斗基の声は2人の耳には入らないらしい。
相手にしてもらえそうにないので、斗基は近くにいた蓮田と3年生・・・高久 誠の間に入る。
「あら女の話題ならすぐに入ってくるのね。斗基ちゃんは」
「え?女の話題?そりゃ偶然~」
「斗基さんってどこからが冗談か分からないから厄介ですよね」
「そこがいい所なのよ」
「その微妙なおねぇ言葉やめろよ、誠」
見た目は、大人の雰囲気を漂わせている誠だが、言葉づかいはどこか女性を感じさせる。
容姿と性格のギャップについていけない人も多い。
「そ・れ・よ・り!」
「はい、そんなオプションいらない」
誠のウインクにうんざりする斗基。
蓮田はあくまでも先輩の誠には、冷たくあしらえない。
「斗基ちゃんは男には冷たいんだから!!」
「・・・それより何だよ?」
「んもぉ~。」
「あぁ、さっきの話っすよ。女の話。いちごさんの話」
さすがに黙っていた蓮田が口を挟んだ。
斗基は“いちご”という名前に反応する。
「新しいマドンナの誕生ですよ。卯月先輩が卒業して入れ違いで入ってくるなんて。そういう風に運命は決まってるんですかね?」
「確かにねぇ~!卯月ちゃんはどっちかっていうと・・・美人系じゃない?いちごはかわいい系」
「俺はカワイイ系がタイプなんですよ~。あの笑顔さいこう!!」
卯月先輩・・・藤田 卯月は斗基達の二つ上の卒業した先輩である。
ヒロイン役として生まれてきたような美貌と演技力を持っていた。
アリスの役をしたのも卯月だ。
「あたしは卯月ちゃん派だけど。だから、アリスのウサギ役は羨ましかったのよ、斗基ちゃん?」
「あのフラフラした感じが俺にピッタリだったらしいから」
「まぁそれは納得だけど」
誠が首を縦に振る。
蓮田もそれに便乗して縦に振る。
「どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって」
「でも良かったわよ~!ヒロインがいなくなったと思ったらいちごが入ってくれて。今日で演技も見れるしね」
「きっといちごさんなら上手いっすよ!」
「また無視かよ」
斗基の嘆きはこの2人にも届かないらしい。
少し落ち込んでいると斗基の背中に突然何かが飛びついてきた。
「ヒロインがいなくなったなんて失礼ね!私がいるでしょ~?」
美香がひょっこり顔を出す。
「いじわる役がピッタリよ。」
誠が軽くあしらう。
斗基は回された腕を離そうとしたが、聡介が言われた“優しく”が浮かんでそれを止めた。
「誠はおかま役かゲイの役がお似合いよ」
「!!!!あんたって本当に可愛げがないわね!!」
「なんちゃってオカマには言われたくないわよ!」
2人はこうやって顔を合わすたびに口論になる。
どこが気に食わないというわけではないのだが、お互い気に障るらしい。
斗基と蓮田が顔を合わせたが、あえて間には入ろうとしなかった。
2人の口喧嘩に勝てるなど到底無理だからだ。
「遅れました~」
声と共にドアが開かれる。
斗基は直感的に美香の腕をはずす。
その行動を美香は瞬きもせずに見つめていた。
美香の視線など知る由もなく、斗基の目はドアにいるいちごを見つめていた。