僕らのアオ、ラブベンチプレス ~君となら、限界のその先へ~
見つけてくれて、ありがとうございます!
勢いで書き始めた、筋肉と恋の超回復ラブコメです。
筋トレ知識はふんわり風味ですが、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
■第1章:出会いはベンチプレスの上で■
「……なんで俺、こんなとこにいるんだろ」
放課後、西日が差し込む廊下の隅。
図書委員の仕事を終えたばかりの陽翔は、古びた体育倉庫の扉の前で途方に暮れていた。
帰り支度をしていた矢先、校内放送で唐突に呼び出されたのだ。
『至急、体育倉庫に来てください。図書委員の、ええと……陽翔くん』
なぜ体育倉庫? しかも、なぜ図書委員の俺が?
嫌な予感しかしなかった。
意を決して軋む扉を開けた瞬間、陽翔は息を呑んだ。
「んぐっ……よっ……しゃああああああ!!」
倉庫の奥、薄暗がりの中に、スポットライトを浴びたかのように汗を光らせる女子生徒がいた。
夏服のブラウス越しにも分かる、引き締まった肩と腕。
彼女は、信じられないもの――バーベルを胸の上で受け止め、今まさに力強く押し上げているところだった。
プレートには「15kg」の文字。それが両側に付いている。
合計30kg。プラス、バーの重さ。
嘘だろ? 女子高生が、しかも笑顔で?
バーベルがラックに置かれる金属音が響く。
彼女がこちらに気づき、顔を向けた。
整った顔立ちに、快活な光が宿っている。
「あれ? 誰か来た。ごめん、今ちょっとセットのインターバル中! あと2回だけ待ってくれる?」
陽翔の心臓が、予期せぬ負荷に晒されたようにドクンと跳ねた。
「え、あ、はい……セット……?」
デートの約束とかじゃなくて、筋トレのセット!?
彼女は軽く頷くと、再びベンチに横たわり、バーベルを握った。
真剣な眼差し。深く息を吸い込み、集中力を高める。
「ふっ……!」
しなやかな筋肉が躍動し、バーベルが持ち上がる。
「はっ……ラストォォォ……!!」
限界ギリギリの表情でバーベルを押し上げ、ラックに戻すと、彼女は満足げに息をつき、笑顔で起き上がった。
「よし! 今日も限界突破! で、君、誰だっけ? 何か用?」
溌剌とした声が、埃っぽい倉庫に響く。
呼び出された旨を伝えると、彼女は首を傾げ、やがて苦笑した。
「あー、たぶん放送事故。私、放送部の手伝いもしてるんだけど、たまにやらかすんだよね。ごめんね、わざわざ来させちゃって」
「あたしは橘玲奈。放送部……兼、非公式筋トレ部部長!」
そう言って悪戯っぽく笑う。
「き、筋トレ部……?」
「うん。部員、私一人だけどね!」
その屈託のない笑顔と、バーベルを軽々持ち上げていた姿とのギャップに、陽翔は眩暈すら覚えた。
なんだこの人。規格外だ。
玲奈はタオルで首筋の汗を拭いながら、言葉を続ける。
「でもね、筋トレっていいよ? 地味だし、キツいけど、絶対に裏切らない。ちゃんと向き合えば、必ず結果で応えてくれるの。……恋と違ってね」
最後の言葉に、少しだけ影が差したように見えた。
「……恋、裏切られたことあるの?」
思わず尋ねてしまった陽翔に、玲奈は一瞬驚いた顔をし、すぐに吹き出した。
「あはは、ちがうちがう! っていうか、まだ未経験! 理論だけは完璧なんだけどね!」
太陽みたいに笑う彼女に、陽翔は理由もなく顔が熱くなるのを感じた。
鍛え上げられた筋肉だけじゃない。この人は、心がとてつもなく真っ直ぐで、強いんだ。
「ねえ、君」
玲奈が、じっと陽翔の体を見た。
「……ちょっと、肩幅狭くない? あと、猫背気味かも。もったいないな。背筋とか肩とか、ちょっと鍛えるだけで全然印象変わるよ?」
「え?」
「よかったらさ、ここで一緒にやってみない? 私一人だと、補助とかいる時ちょっと不便でさ」
図書室の静寂が、自分の世界の全てだった陽翔。
しかし、目の前にいる玲奈という存在は、未知のエネルギーに満ちていた。
彼女の言葉は、まるで重力のように陽翔を引き寄せる。
気づけば、陽翔は頷いていた。
「……はい。お願いします」
その日から、陽翔の放課後の風景は一変した。
埃と汗と、鉄の匂いがする体育倉庫が、彼の新しい居場所になった。
もちろん、最初は全身が悲鳴を上げるほどの筋肉痛との戦いだった。
ペンを持つことさえ辛い日もあった。
それでも、陽翔は体育倉庫に向かった。
「限界ってね、自分で勝手に線を引いたら、そこまでなんだよ?」
玲奈が、汗だくでダンベルと格闘する陽翔の隣で言った。
彼女の瞳は、バーベルよりもずっと重たい何か――過去の自分や、見えない壁――を持ち上げようとしているように、陽翔には見えた。
その強さに、彼はどうしようもなく惹かれていた。
■第2章:恋も筋トレも、超回復がキモだよ!■
「いける、いけるよ陽翔! あと1回、絶対上がるっ!」
「ム、ムリぃぃぃぃ……!! ぐっ……!」
体育倉庫に、陽翔の呻き声にも似た叫びが響く。
彼の胸の上で、10kgのダンベルを持つ腕が限界を訴えるように震えていた。
図書委員の彼にとって、それは未知の重さだった。
「筋肉はね、追い込んで、一度壊して、しっかり休ませて回復させることで、前より強くなるの! これが『超回復』!」
玲奈が、スポッターとして補助しながら熱弁を振るう。
「それって、恋愛もそうなの!?」
息も絶え絶えに陽翔が聞き返す。
「たぶん!」
玲奈は自信満々に、しかし根拠のなさそうな理論をぶつけてくる。
それが妙に可笑しくて、陽翔は苦しいながらも笑ってしまった。
トレーニングパートナーになって一週間。
陽翔は玲奈の底抜けの明るさと、真摯なまでの筋肉愛、そして時折見せる繊細な一面に、じわじわと心を掴まれていた。
彼女といると、今まで知らなかった自分の可能性が開けていくような気がした。
「あのさ、玲奈って……なんでそんなに筋トレが好きなの?」
トレーニング後のクールダウン中、スポーツドリンクを飲みながら、ふと尋ねてみた。
玲奈は少しだけ視線を床に落とし、ぽつりぽつりと語り始めた。
「中学の頃ね、ちょっと……いや、かなり太ってて。運動も苦手で、クラスでも全然目立たない、地味な子だったんだ。本ばっかり読んでて」
それは、今の陽翔と少し似ているかもしれない、と思った。
「でね、勇気を出して好きな人に告白したんだけど……笑われちゃって。『お前みたいなデブ、ありえない』って」
陽翔は息を呑んだ。玲奈の明るさからは想像もつかない過去だった。
「すっごく悔しくて、惨めで……。でも、泣いてるだけじゃ何も変わらないって思った。それで、自分を変えたくて、手当たり次第に始めたのが筋トレだったんだ」
「最初は全然続かなかったけど、少しずつ体が変わっていくのが分かって……気づいたら、体だけじゃなくて、心も強くなってた」
「でも……恋愛だけは、やっぱりまだ、ちょっと怖いかな」
そう言って少し寂しそうに笑う横顔は、いつもの太陽のような彼女とは違って、陽翔の胸を締め付けた。
守ってあげたい、と思った。
その時だった。
バンッ!!
体育倉庫の扉が乱暴に開き、サッカー部のエースで、校内でも目立つ存在の柊が顔を覗かせた。
「おーい玲奈! 今日もやってんのか、筋肉トレーニング!」
馴れ馴れしい口調で、彼は玲奈に声をかける。
「柊!? なんでここに?」
玲奈が驚いたように聞き返す。
「いやー、なんか最近、筋肉女子ってのもアリかなって思ってさ。ちょっと偵察?」
柊は玲奈の鍛えられた腕を値踏みするように見ると、次に陽翔に視線を移し、嘲るように口角を上げた。
「で、こいつ誰? 新しいマネージャー? それともただの荷物持ち?」
「違うよ!」
玲奈が、きっぱりとした声で言った。
「彼は陽翔くん。私の大事なトレーニングパートナー。すっごく頑張り屋なんだから」
その言葉は、何の気なしに発せられたのかもしれない。
けれど、陽翔の胸は、まるで最大挙上重量を更新した時のような高揚感でドクン、と大きく鳴った。
「へぇー。まあ、せいぜい頑張れば? 俺には敵わないだろうけど」
柊はつまらなそうに肩をすくめ、去っていった。
嵐のような柊の登場の後も、陽翔の鼓動はしばらく速いままだった。
玲奈が自分を「大事なパートナー」と言ってくれたこと、柊に対して自分を庇ってくれたことが、じわじわと胸に広がっていく。
「……玲奈」
陽翔は、まだ少し震える声で呼びかけた。
「俺さ、筋トレもキツいけど……玲奈と一緒にいると、なんか、すごく元気が出る。玲奈の笑顔見てると、俺も頑張ろうって思えるんだ」
それは、今まで口にしたことのない、正直な気持ちだった。
玲奈は一瞬、大きな目をさらに丸くして固まった。
そして、ゆっくりと、その意味を咀嚼するように瞬きをした後、ふわりと笑った。
「それって……褒めてる? もしかして、告白だったりする?」
悪戯っぽく問い返す彼女の頬が、少しだけ赤いように見えた。
「……たぶん、どっちも!」
陽翔は、照れながらも、まっすぐ玲奈の目を見て答えた。
「ふふっ。そっか。じゃあ……その気持ち、私の『超回復』中に、ちょっと考えてみるね」
その日、陽翔は、胸の高鳴りと甘酸っぱい痛み――人生初の“恋の筋肉痛”を、全身で味わうことになった。
■最終章:君となら、限界のその先へ──!■
「な、なんだって!? 体育祭の応援合戦で、筋トレペア演技!?」
陽翔は思わず叫んだ。そんな種目、聞いたことがない。
「うん! 今、私が先生に交渉して新設してもらった!
名付けて『筋肉と愛のパフォーマンス部門』!」
玲奈は、まるで世紀の大発見でもしたかのように目を輝かせている。
「私たちの使命は、筋肉芸を通して全校生徒に感動と勇気を与えること!」
使命ってなんだよ──!?
心の中で激しくツッコミを入れながらも、陽翔は気づけば玲奈の熱意に巻き込まれ、本気で練習に取り組んでいた。
二人でアイデアを出し合い、動きを合わせる日々は、キツいながらも充実していた。
「俺、最近思うんだ」
練習の合間、並んでストレッチをしながら陽翔が切り出した。
「筋肉ってさ、鍛えれば鍛えるほど、傷ついた分だけ、確実に強くなる。玲奈と一緒にいると、なんか俺、体だけじゃなくて、心とか、全部が鍛えられて、強くなってる気がするんだ」
玲奈は動きを止め、陽翔の顔をじっと見つめた。
そして、ニヤリと笑う。
「ふふ、それって……もしかして、本気で私に惚れたってこと?」
「……うるさいな。そうだよ」
ぶっきらぼうに答える陽翔の耳は真っ赤だった。
玲奈は嬉しそうに笑った。
そして迎えた体育祭当日。
青空の下、グラウンドの中央で、陽翔と玲奈は少し緊張した面持ちで立っていた。
手作りの、妙にピチピチしたタンクトップ姿だ。
「行くよ、陽翔!」
「おう!」
音楽が始まると同時に、二人は息の合ったパフォーマンスを開始した。
シンクロナイズド・スクワットで巨大なハートマークを描き、交互に行う腕立て伏せで「絆」という人文字(?)を表現する。
その斬新かつシュール、それでいて真剣な演技に、観客席からは最初こそ笑いが起きたが、次第に驚きと感嘆の声、そして手拍子が広がっていった。
「ラスト! あの技で決めるよ!」
玲奈が叫ぶ。
「マジか!? あれ、練習でも成功率低かったのに!」
陽翔は焦るが、玲奈の自信に満ちた瞳を見て、覚悟を決めた。
玲奈が軽やかに陽翔の腕の中に飛び込む。
陽翔は歯を食いしばり、彼女をしっかりと抱きかかえ、高く持ち上げた。お姫様抱っこの状態だ。
そして、そのままの体勢で、まるでプロテインシェイカーを振るように、
リズミカルに上下に揺らす――名付けて
『空中ラブ・プロテインシェイク』
グラウンドは、割れんばかりの拍手と、爆笑と、なぜか感動(?)の渦に包まれた。
演技を終え、二人でフラフラになりながら退場する。
グラウンドの隅に、大の字になって寝転んだ。
空には、筋肉みたいにモリモリと盛り上がった入道雲が浮かんでいた。
やりきった達成感と、心地よい疲労感が体を満たす。
「……玲奈」
陽翔が、空を見上げたまま呟いた。
「ん? なに?」
隣で同じように空を見上げる玲奈が応える。
「俺、次の目標、決めたんだ」
「へえ? ベンチプレス何キロ上げる?」
「いや、筋トレじゃなくて」
「え?」
「……恋愛の、話」
玲奈が、ゆっくりと陽翔の方に顔を向けた。
期待と、少しの不安が混じったような瞳。
「俺さ、『玲奈との恋を、超回復で、もっともっと強く育てたい』。……それが、俺の次の目標」
真剣な陽翔の言葉に、玲奈は一瞬目を見開いた後、吹き出した。
でも、それはいつもの太陽のような笑いとは少し違って、照れくささが混じっていた。
「……ふふ。そっか。いい目標じゃん。でも、それ、ちゃんと毎日コツコツ続けないとダメだからね? サボったりしたら……罰として、腕立て100回追加だから!」
「うわ、地獄……。でも、頑張るよ。だって俺──」
陽翔は、隣に横たわる玲奈の汗ばんだ手を、そっと握った。
思ったより、小さくて柔らかい手だった。
「君となら、どんな重たい目標も、限界のその先へ行ける気がするから」
握り返してきた玲奈の手は、力強かった。
青い空の下、二人の終わらない恋と筋トレの日々が、今、始まったばかりだった。