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その異世界転生執行官、実は替え玉です。  作者: 黄帯
■第1章 異世界転生執行官の替え玉になった経緯
9/24

1ー9 そして替え玉に


 麻耶は、サンドラから受け取った腕輪を眺めていた。


「そういえば、次の転生者が来る予定は?」


「さっきサンドラと確認したけれど、もうすぐよ」


 話していたジェラルドとシャロンが、麻耶の方を向いた。


「あとは我ら二人でなんとかする。その腕輪をこちらに」


「えっ?」


「替え玉をやるって言ってくれたのは、あの子の前だけでのことでしょう?」


「あ、いえ。そう言ったのは本気です」


 麻耶は顔の前で手を動かした。


「ですけど、足手まといなら」


「いや。決してそのようなことは」


「三人だと色々都合が良いのは間違いないものね。でも本当にいいのかしら?」


「正体がバレてしまった場合、執行官殿に重傷を負わせた上に、それを隠蔽するために替え玉になったと見なされ、より悪質と判断される危険性もあるかと」


「やめるなら今のうちよ? すぐに逃げれば、簡単には見つからないと思うし」


 麻耶は恐怖を振り払うべく、顔を挟むようにして二回叩いた。

 つまんでいる腕輪が、少し顔に当たった。


「いえ。お二人に押し付けて逃げる訳にはいきません。サンドラさんにも、やると言ってしまいましたし」


「優しいのね。それに勇気があるわ」


「もしかして空手は、思いやりに溢れた勇敢な者のみが習うことを許される武術か?」


「そんな。私は、他の人のことを思いやる余裕なんて全然ない、臆病で気弱な人間でした。今でもそうかな」


 麻耶はうつむいたが、すぐに顔を上げた。


「でも空手を始めて、優しくて強い人たちに出会えました。その人たちのおかげで、少しだけ、ほんの少しだけ変われたと思っています」


 照れはあったが、自分の心に秘めている誇りを口に出した。


 二人が顔を見合わせて、うなずきあった。


「その腕輪は異世界転生執行官が異世界転生の仕事に使う道具だが、麻耶殿に持っていて欲しい」


「じゃあ」


「執行官の替え玉、麻耶にお願いするわ」


 二人に認めてもらえたようだ。

 名前で呼ばれるようにもなっている。

 嬉しかった。


「サンドラがごちそうを用意してくれるそうだし、麻耶の歓迎会、しましょうか」


「その折に、空手の話を詳しく伺いたいものだ」


「押忍!」


 麻耶は、空手の返事をしていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 それから、サンドラが持ってきてくれた異世界転生執行官のローブに着替えた。

 ゆったりとした服で、Tシャツや短パンの上から着込むことができた。

 靴はサンダルから履き替えた。

 帽子とマスク、それに腕輪は、まだ装着しないで手に持っている。


 裁判長席風の大きな机に移動すると、持っている物を置いて席に着いた。

 異世界転生執行官が座っていた場所に自分が座っている。

 本当に替え玉を務めるのだと思うと緊張した。


 ここからだと左右の机は少し低い位置になる。

 シャロンとジェラルドは、まだその席に座ってはいない。


「手提げカゴや転生者用の荷物が入ったリュックは隠れる位置に動かしたわ」


「手伝えずかたじけない。マントを変えるのに少し手間取っていた」


 二人が麻耶の両脇に立った。


「さてと。異世界転生の仕事の説明を始めましょうか。まず腕輪を着けて。左にするといいと思うわ」


「はい」


 シャロンの言葉に従い、左手首に腕輪をはめた。


「反対の手で腕輪に触れた状態で『起動』と唱えて欲しい」


「分かりました。えっと、『起動』」


 ジェラルドに言われた通りにすると、目の前が光った。


「これは――」


 目の前にSF映画などでよく見る空中ディスプレイが出現している。

 新聞紙片面くらいのサイズで、横方向に長い。


「腕輪の力で表示されている。出現させる方法は今言った通りだが、慣れれば言葉を発することなく、念じるだけでも表示させることが可能」


「さっきサンドラも、何も言わずに表示させていたでしょう?」


 そういえばサンドラが腕輪をして、シャロンと一緒に宙を眺めていた。


「ですけど、あの時、私には何も見えなかったのですが」


「腕輪をしていなかったからよ」


「なるほど。では、今お二人には見えていないということですか?」


「いいえ。これも異世界転生の仕事用の道具で、着けていればこの画面を見ることができるし、他にも色々なことができるわ」


 シャロンが右手の人差し指で右耳のイヤリングを指さしている。


「イヤリングですか? ジェラルドさんは――」


 視線を向けると、左手を上げて手の甲側を向けていた。

 薬指にしている指輪が目に入った。


「この指輪も、シャロン殿のイヤリングと同じ種類のもの」


「あと、サンドラのペンダントもね」


 どれも赤い宝石が入っていたが、同じ種類と言われて納得した。


「ただし、我らに支給されているのはあくまでサポート用のもので、実施可能なことは限定的。『参照権限』はあっても、その腕輪のような『操作権限』は、ほとんど無い」


 腕輪には赤い宝石がいくつも嵌め込まれている。

 宝石が一つずつの三人のものに比べて、高価で高性能かもしれないと思った。


「腕輪をしていればその空中ディスプレイの操作も可能。日本人ならタッチパネルを触った経験があると思われるが、その要領で操作して頂きたい」


「分かりました」


「ちょっといいかしら?」


 シャロンに頼まれて、空中ディスプレイに表示されている『設定』ボタンに人差し指で触れてみた。


 手ごたえがあり、画面が遷移した。


 さらにシャロンに促され、遷移先の画面を操作した。

 『異世界転生の間』、『思念体招来位置(しょうらいいち)』を選択した。

 そして『確認』ボタンを押下すと、遠くの宙が光った。


「やっぱりね。さっき、麻耶の思念体があそこに浮かんでいたから」


「いつもは机に囲まれた位置に招来しているのに、なぜ」


「分からないけれど、戻しておきましょうか」


 ジェラルドの案内で『履歴』を選択すると、机に囲まれた位置の床に光が移動してきた。


「『変更確定』を」


 そのボタンを押すと、光が一瞬強くなってから消えた。


「それから、『肉体生成位置』も戻しておきたいわ」


 『異世界転生の間』の画面に戻って『肉体生成位置』ボタンを押した。


 遷移した画面から再び『確認』ボタンを押下すると、さきほどと同じ場所に光が見えた。ただし、宙ではなく床だ。


「麻耶の体も、あそこに生成されたのだけど」


「執行官殿が設定を変えたのか? それにしても何のために?」


 シャロンとジェラルドが首を傾げている。

 どうもこれまでと設定が変わってしまっているらしい。


 とにかく定位置に戻しておこうということになり、『履歴』を選ぶと、この机のすぐ手前に光が移動してきた。

 そこが普段の位置らしく『変更確定』を実行した。


「ここからが本題。先頭に戻って『受入(うけいれ)転生者一覧』の選択を。次の転生者の情報を確認させて頂きたい」


 ジェラルドに言われた通りにすると、一覧表のようなものが表示された。


『No /氏名     /転生開始年月日  /転生完了年月日  』

『055/楠千景    /67年08月10日/未        』


 文字が表示されているのはタイトル行と次の行だけだ。

 残りの四行ほどは空蘭だった。


「55番の行のタップを」


「はい」


 タップした行が一瞬光って、また画面が遷移した。


 画面の左側に女性の全身画像が表示されている。

 作業着姿で工事用ヘルメットを被った30歳前後の女性だ。


 そして、右側には文章が書かれていた。


 □□□□


 受入転生者No.055/楠千景。


 転生開始時刻       /67年08月10日07時45分

 転生元の世界からの出発時刻/67年08月10日07時52分

 転生先の世界への到着時刻 /未(出発時刻の約10時間後予定)

 転生完了時刻       /未


 日本人女性。

 享年32歳。

 勤務地の建設現場で鉄骨の落下事故にて死亡。


 魔法使いとして活躍できる余地のあるファンタジー世界への異世界転生を希望。


 □□□□


「なるほど。もう到着してもおかしくない」


 ジェラルドが画面を見ながら呟いた。


 麻耶は、空中ディスプレイの右下隅に時刻が表示されていることに気付いた。


『67/08/10/17:31』


 『転生先の世界への到着時刻』が表示内容の通り『出発時刻の約10時間後予定』なら、その時刻が迫っている。


 それから二人に、転生者が来たらどうするかを教えてもらった。


 空中ディスプレイも、目の前から机の上に寝かして置くように移動させた。


 その直後、腕輪が振動して画面にアラートが表示された。


『受入転生者の思念体、門外に到着。待機状態』


「来たわね」


「執行官殿のふりを」


 麻耶はうなずくと、マスクを着けて帽子を被った。


 そして空中ディスプレイから『変声モード』をオフ状態からオンに変更した。


「あー。あー。本当に異世界転生執行官と同じ声になってますね」


 麻耶がしゃべると、あの中性的で作り物のような声が発せられた。


「ええ。ちょっとやそっとでは、別人だとは気付かないわね」


「では、教えた手筈通りお願い致す」


 シャロンがここから見て右の席に、ジェラルドは左の席に移動した。


 麻耶はディスプレイに表示されているフローチャートの一番上の、『異世界転生の間への迎え入れ』をタップした。


 すると、遠くの赤い方の門が向こうに側に開いて、何かが入って来た。

 中に入って来たものが、異世界転生の間をさまようように漂い始めた。

 門はいつのまにか閉まっている。


 漂っている何かは、それでもゆっくりとこちらに近づいてくるようだ。

 そしてだんだんとはっきり見えるようになってきた。

 人型に近いが、人間ではない。それに宙に浮いている。

 あれが思念体のようだ。

 聞いていた通り、幽霊に近い印象だった。


 やがて思念体が三つの机に囲まれた場所の中央に辿り着いた。

 先ほど『思念体招来位置』に設定したところだ。

 楠千景という女性の思念体だからなのか、なんとなく女性然とした形に見えた。

 意識がはっきりしないからなのか、麻耶たち三人に対する反応はない。


 『異世界転生の間への迎え入れ』が完了になっている。


 フローチャートの二番目、『思念体スキャン』をタップした。

 思念体の下の床から、光が立ち昇った。


 やがて画面に、ポップアップのようなものが順に表示された。


『スキャン完了』


『受入転生者No.055 楠千景と照合』


『転生先の世界へ到着確定。時刻に、67年08月10日17時42分を設定』


 ポップアップが消えると、『思念体スキャン』も完了になった。


 次の『思念体への気付け処理(任意)』をタップした。


 再び、思念体の下の床が光を放った。

 ただ、さきほどとは色が違った。

 その光が消えると、思念体があたりを窺い始めた。

 意識がはっきりとしたようだ。


「私は、異世界転生執行官である。異世界転生を取り仕切り、執行する係を担っている者である」


 麻耶は、楠千景の思念体に告げた。


 それから――。


 フローチャートの順番通りに転生用の手続きを実行していった。


 『肉体生成』では年齢を16歳にして欲しいという希望に従った。


 『能力付与』では、必須の言語翻訳能力以外にも、火の魔法を使えるようにした。

 この世界では魔法を使える人間はほとんどいないことから貴重な能力らしい。


 能力を付与を実行すると、白い粒子の群れが楠千景の思念体に飛んで行って吸収された。

 麻耶のときも、同じ光を吸収した覚えがある。


 それが済むと『肉体への思念体の格納』を行った。

 楠千景の思念体を、生成した16歳のセーラー服姿の肉体に格納した。

 

 最後の『転送先世界への案内』はジェラルドがやってくれることになった。


 楠千景はサンドラが持ってきてくれたカゴ制のリュックを背負い、ジェラルドと一緒に青い門から出て行った。


 麻耶は席に戻って帽子とマスクを外した。


 戻ってきたジェラルドから無事に済んだという報告を受けて、自分のミスでおかしなことになったりはしなかったことが分かって安心した。


 空中ディスプレイを操作して変声モードを解除してから、『転生受入』を『完了』に設定した。


 ポップアップに、『転生完了確定。時刻に、67年08月10日17時55分を設定』と表示されるのを確認して空中ディスプレイを消した。


 終わってみると、仕事自体は意外と単純だった。


 そう簡単に替え玉だとばれることはない、と思う。


 だが、もしばれてしまえば、シャロンやジェラルドが重罪に問われてしまうかもしれない。


 そのことを考えると、不安は拭えきれない。


(第1章 異世界転生執行官の替え玉になった経緯 了)

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