1ー7 予想外の来訪者
30分近く経っただろうか。
麻耶は所在なくそわそわとしていた。
シャロンは向かいの席で、うつ伏せになって目を閉じている。
不意に、青い門が開けられて、人が入ってきた。
だが、ジェラルドでも異世界転生執行官でもなさそうだった。
メイド服を着た誰かが、こちらへと向かってくる。
大きなカゴ制のリュックを背負っており、手提げカゴを持ってもいるようだ。
「あら? あの子、どうして来たのかしら?」
目を覚ましたシャロンが呟いて、軽く伸びをした。
特に慌てた様子もないことからすると、知っている者らしい。
近づいてくると、小柄な少女だと分かった。
年齢は十代半ばくらいか。
ショートカットの黒髪に、ホワイトブリムが似合っている。
赤い宝石のペンダントを首に下げていた。
少女が麻耶のことを一瞥した。
可愛い顔立ちだが、どこか冷めた黒い瞳をしていた。
少女はシャロンの机の上に手提げカゴを置いて、背負っていたリュックも床に下ろした。
「事情はジェラルドから聞いたわ」
「それで来てくれたのね。ありがとう」
「異世界転生執行官を返り討ちにした転生者って、あの人?」
「ええ」
二人の視線が麻耶に向いたので、席を立ってそちらに移動した。
「あの、どうも。上田麻耶と申します」
「私はサンドラ。異世界転生執行官の世話係みたいなものよ」
少女、サンドラが言った。
「あなた、転生早々、酷いことをされそうになったんでしょう? 私なら、とどめを刺していたわ。甘いわね」
「こらこら。物騒なこと言わないの。それにサンドラは普通の人間の女の子で、戦闘技術を身に着けている訳でもないでしょうに」
シャロンにたしなめられ、サンドラが小さく鼻を鳴らした。
「あいつ、強かった?」
「あ、はい。使った技が上手く決まってくれて何とかなりましたが、もう一度戦ったら勝てないと思います。私に男の人ほどの体力は無いですし」
「要するに、女が素手で勝つのは難しい、普通の男ぐらいの強さだったということよね?」
「まあ、そんな感じだったかと」
「やっぱりその程度だったのね。あいつの体が普通の人間の男のものということは分かっていたけど」
そういえばシャロンも、異世界転生執行官のことを男だと言っていた。
血も出ていたし、体が人間の男なのは間違いなさそうだ。
「異世界転生執行官、どうやら一命は取り留めたそうよ」
「良かったぁ」
麻耶は、深く安堵の息を吐いた。
「もう峠は越えたらしいわ。でも傷が完治して意識が戻るのには、何日も掛かる見込みだそうよ」
「強力な回復魔法でもすぐには治せないくらい重傷なのね。大変だけど、執行官が目覚めるまでは猶予期間とも言えるわね」
そうだ。異世界転生執行官が麻耶への報復に出る可能性は高い。
意識が戻るまで時間が掛かるなら、そのほうがいいのかもしれない。
不意にサンドラが、さきほどまで麻耶の座っていた机に近づいた。
そして置いてあった銀色の腕輪を手に取って、左手首に嵌めた。
シャロンが立ち上がり、サンドラに歩み寄った。
二人が何もない宙を見つめたり指さしたりしながら、何かを話している。
妙だと思っていると、二人が戻ってきた。
「あなた、何歳?」
サンドラが唐突に訊ねてきた。
「23歳ですが」
「そう。若い身空で亡くなって、お気の毒にね」
シャロンが噴き出した。
「その通りだけど、サンドラなんてまだ16歳じゃない」
シャロンは笑った後で、唇の前で人差し指を立てた。
「私の歳は内緒。実年齢も人間換算年齢も、あなたたちより上とだけ言っておくわ」
どうもエルフの寿命の長さや老化のスピードは人間とは違うらしい。
サンドラは軽くため息をつくと、机の上の手提げカゴを開けて、取り出した包みを差し出してきた。
「お弁当。あなた、元の世界では貧血で倒れちゃったんでしょう? 何かお腹に入れないとまた倒れるわよ。食べなさいよ」
「はあ。ありがとうございます」
包みを受け取った。
少し取っつきにくいものの、サンドラは悪い子ではない気がした。
「サンドラの料理は絶品よ。きっと美味しいわ。座って食べていて」
シャロンとサンドラは共に大きな机の後ろに移動して見えなくなった。
一安心したためか、忘れていた空腹感がよみがえってきている。
麻耶は反対の席に戻って包みを開いた。
陶器の水筒と、木製のお弁当箱が出てきた。
水筒の中身は牛乳で、飲むと体にエネルギーが満ちて行く気がした。
お弁当箱にはサンドイッチが入っていた。
タマゴサンド、野菜サンド、イチゴジャムサンド。
どれも美味しく、食べ終えるのにそれほど時間は掛からなかった。
大きな机の後ろから声が聞こえてきた。
シャロンとサンドラの声量がだんだんと上がっているようだ。
近づいて、そっと様子をうかがってみた。
「私とジェラルド君で何とかするわ。サンドラは帰って」
「お断りよ。私がやったほうがバレにくいって言っているでしょう?」
どうも穏やかではなさそうだ。口論になっているらしい。
「食べ終わったの?」
サンドラが麻耶に気付いた。
「あ、はい。ごちそう様でした。美味しかったです」
「お粗末様。来て」
サンドラに続いて、床に置いてあるリュックのところに移動した。
「これ、転生者用の荷物よ。あげるから持って。異世界に案内するわ」
「サンドラ。まだ話は終わってないわよ」
シャロンが少し怒ったような、困ったような顔をしている。
「愚図愚図してられないでしょ? 次の転生者が来るまで時間がないわ」
「だとしても――」
青い門の開く音に反応して、二人が口を止めた。
ジェラルドが戻ってきたようだ。こちらに向かってくる。
「もう来てくれていたか。サンドラ殿」
「急ぎでしょ? ジェラルドに頼まれていた物、持ってきたわ。その破れたマントの替えもね」
「かたじけない」
サンドラとジェラルドが、机の上の手提げカゴに視線を向けた。
「異世界転生執行官の替え玉、私がやるわ」
サンドラが、気になることを言った。




