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その異世界転生執行官、実は替え玉です。  作者: 黄帯
■第1章 異世界転生執行官の替え玉になった経緯
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1ー4 奥義、発動

※やや性的に嫌悪感を与えるような表現、そして暴力描写がありますので、苦手な方は注意をお願い致します。

また、作中で使われている空手技の有効性及び、用いた結果についての責任は負いかねます。


 前後左右。そして上。

 床以外は、全方向が赤い光の壁で覆われている。


 その中にいるのは、麻耶と異世界転生執行官だけだ。


「あ、あの、これって?」


「恐がることは無い。私の力で作り出した結界だ」


「それはなんとなく分かったのですが、どうしてわざわざ結界を?」


「身体検査のためだ」


「身体検査?」


「君がこれから行くのは電気も使われていない世界だ。文明の利器を持ち込まれては困る。スマートフォンなどが再現生成されていないかチェックが必要だ」


「それなら大丈夫です。何も持っていません」


「念のためだ。服を脱ぎなさい」


 ここで裸になれというのか。


「心配はいらない。結界で遮られたエリアに出入りすることは不可能だ。だから外の二人に見られることはない」


 だとしても――。


 改めて異世界転生執行官を見た。


 身長は日本人の成人男性くらいある。

 近くで見ると、ローブで隠れた体型も人間の男性に近い気がした。

 男の前で服を脱ぐなど無理だ。


「何をためらっている? それでは、まず服の上から体を探らせてもらう」


 異世界転生執行官が麻耶の目の前に立ち、両肩に手を置いた。

 肩から腕の中程までを撫でられ、嫌悪感で鳥肌が立った。


「あ、あの、この服に、物を隠すスペースなんてないですよ」


 麻耶は上ずった声で言った。


「念のためだと言っている。それに体の生成に問題がないかの確認も必要だ」


 帽子とマスクの隙間の、異世界転生執行官の目が細められた。

 そしてその目が、麻耶のプライベートゾーンに向けられた。


 その視線で確信した。

 異世界転生執行官は、男。

 そう思った瞬間、異世界転生執行官の手がプライベートゾーンに伸びてきた。


 その手を反射的に払いのけて、右足で金的蹴(きんてきげ)りを放っていた。


 相手の股間を蹴り上げて攻撃する技だ。

 基本稽古に含まれてはいるが、対戦練習でも試合でも禁止技で、人に向けて使ったことはない。

 それなのに、嫌悪感のあまり、体が勝手に動いていた。


 だが、当たりの感触は浅かった。

 ローブや足に引っかかってしまったらしい。


「この女、何しやがる!」


 異世界転生執行官が右腕を払った。

 麻耶はとっさに両腕で顔をガードした。


 それでも衝撃でバランスが崩れた。

 後ろに転びそうになりながら、何歩も後退した。


 赤い光の壁に背中を預ける形になった。

 普通の壁と同じような感触がある。

 転倒は避けられたが、外には逃げられそうにない。


 出入りが不可能というのは本当だ。

 やはり、閉じ込められている。


 異世界転生執行官は腹部を押さえ、やや前屈みになっている。

 少し遅れて痛みが込み上げてきたらしい。


 股関への攻撃は女性でもダメージを受けるが、あれは男性の反応だ。

 道場のスパーリングのとき、偶然金的に攻撃を受けてしまった男性が同じような痛がり方をしていたのを見たことがある。


 それに声は中性的ながらも「この女、何しやがる」という言葉。

 片腕で相手を跳ね飛ばす力。

 異世界転生執行官は、間違いなく男だ。


 不意に、光の壁の赤い色が薄くなり、透明なガラスのようになった。

 光の壁の向こうにある3方向の机が見えるようになっている。天井も同じで、その先の白い空間がはっきりと見えた。


「ちょっと、どうなってるの?」


「結界に遮られて入れない。状況説明を」


 ドンドンという音と共に、シャロン、ジェラルドの声が聞こえた。

 振り返ると、麻耶のすぐ後ろに二人がいた。

 ガラスのような光の壁を、向こうから叩きながら叫んでいる。


「助けてください! 身体検査をするから服を脱げと言われたり、体を触られそうになったりしたんです。でも、異世界転生執行官は男の人みたいで」


 麻耶も、光の壁を手の平で叩きながら二人に向かって叫んだ。


「男よ。異世界転生執行官ともあろう人が、転生者の女の子になんてことを」


 シャロンが眉をひそめている。

 やはり、異世界転生執行官は男だった。


「危ない!」


 ジェラルドの言葉で後ろを向いた。

 異世界転生執行官が、勢いよく迫ってきている。


 慌てて横に飛び退いた。

 麻耶のいた場所に、異世界転生執行官の右の蹴りが撃ち込まれた。

 光の壁に靴の裏がぶつかり、音を立てた。


「執行官殿!? 正気か!?」


「乱暴はやめなさい!」


「黙ってろ。こいつが先に手を出してきたんだ」


 異世界転生執行官が麻耶を睨んだ。

 目が殺気立っている。


「そのせいで、結界に伝わる力が弱まっちまったみたいだな。音や映像が遮断されなくなった」


 金的蹴りのダメージで、光の壁が赤い状態から透明に変化したということなのか。

 それで声も聞こえるようになったらしい。


「だけど、もうこのままでいい。どのみち邪魔には入れないようだし、公開で身体検査してやるよ」


 怖気(おぞけ)がするようなことを言われた。

 麻耶は後ずさりながら、助けを求めるように外の二人を見た。


 ジェラルドが光の壁から少し離れると、勢いをつけて体当たりした。

 鎧の衝突とともに大きな音がしたものの、光の壁はびくともしなかった。


「駄目だ。簡単に破れる代物ではない」


 ジェラルドが無念そうに言った。


 シャロンが麻耶のそばまで来た。

 光の壁の外から右の手の平をこちらに向けている。その手が青く光った。

 青い光がこちらに飛んでくると思ったが、まるで窓ガラスに水を掛けたときのように、光の壁の向こう側で広がり、そして消失した。


「防御魔法が遮られた。この結界、魔力も通さないの?」


 シャロンが、どうしたらいいか分からないというような表情をしている。


 異世界転生執行官がゆっくりと麻耶に近づいてきた。


 後退したが、すぐに背中が光の壁にぶつかった。

 四方の角に来てしまっている。


 慌てて光の壁から離れて、異世界転生執行官と距離のある位置に移動した。

 だが光の壁に囲まれたスペースはそれほど広くはない。

 異世界転生執行官が麻耶の方を向いただけで、追い詰められたような気分になった。


「観念しろ。さっきの攻撃は二度と食わない」


 異世界転生執行官の言う通りだろう。

 金的蹴りは不意打ちでもクリーンヒットしなかった。


 麻耶は怯えていた。

 多少空手をやっている程度では男を相手に勝ち目はない。


 しかもこれは空手の練習や試合ではない。

 これまで経験したこともない実戦だ。


 足が震え始めている。


「さあ、身体検査の再開だ」


 異世界転生執行官の目が嗤った。

 それが、派遣先の上司の嫌な嗤いに重なって見えた。


 その瞬間、麻耶の中で何かが切れた。


 同時に、切り札の『奥義・必殺コンプラ違反上司』が残っていることを思い出した。


 先生から技を伝授されたときに、言われていたことがある。

 それが耳に蘇ってきた。


『これは相手の命に関わる危険な技だわ。それでも、もし女性としての尊厳を男に踏みにじられそうになったら、躊躇せずに使いなさい』


 今、男がよこしまな目的で麻耶に迫ろうしている。

 そして先生が実際に技を使ったときと同じで、逃げることは不可能な状況だ。

 先生は屋上だったが、麻耶は結界の中に閉じ込められている。


 まさに、躊躇せずに技を使うべき時だ。


 もう体は震えていない。

 焦りや恐怖が消えている。

 いや、消えてはいないが、それ以上の怒りが体を支配している。

 それでいて、驚くほど思考がクリアで冷静だった。


 光の壁の外でシャロンやジェラルドが叫んでいるようだが、それも気にならなかった。


 そして、先生の別の言葉が頭の中に響いた。


『お見事。素足でも杉板を三枚割れたわね。だけど硬い靴を履いていれば、踵蹴りの威力は更に増すわ。女性の力でも致命的なダメージを与えることが可能よ』


 今は硬い木製のサンダルを履いている。

 踵がついており、脱げる心配もない。

 致命的なダメージを与えられる条件は整っている。


 麻耶は、左手を前に突き出した。

 これは『奥義・必殺コンプラ違反上司』を仕掛けるための呼び水だ。


「無駄だ」


 異世界転生執行官が近づいてきて、その手を払った。


 麻耶は後ろに下がって、もう一度左手を突き出した。


「無駄だと言っている」


 異世界転生執行官が右手で麻耶の左手首を掴んだ。

 引き寄せられた。その力に逆らうことなく、一歩踏み込んだ。


 右手で、手の甲を相手に向けて指を少し開いた『バラ()』を作った。

 狙いは異世界転生執行官の顔、露出している部分。目。

 手首を()らせて、バラ手をコンパクトに横方向に払った。


 複数の指先に、確かな感触があった。

 目への攻撃の代表の、Vサインで繰り出す『目突き』は点だが、バラ手なら面。

 威力は落ちるが、格段に命中率が高まる。

 先生の教え通りだ。


()って!」


 異世界転生執行官が左手で両目を覆った。

 右手の掴む力も弱まっている。

 振り払ってサイドに移動した。


 異世界転生執行官は目を押さえて同じ方向を向いたままだ。

 麻耶が見えていない。

 視力を奪われ、暗闇の中にいる。


 ここから、相手を地面に倒す。

 綺麗に足を払うような高等技術は必要ない。

 単純に思い切り押せば、確実に倒れる。

 平衡感覚が失われている上に、地面に合わせて足を動かしてバランスを取ることもできない。

 そう教えてくれた、先生を信じる。


 横から両手で突き飛ばした。

 遠くには飛ばなかったが、足をもつれさせて反転しながら転んだ。

 異世界転生執行官が、白い床の上に横向きに倒れている。


 頭に踵蹴りを叩き込む準備は整った。


「な、何だ!? 何をした!?」


 叫び声には哀れさを感じさせる響きが無くもなかったが、躊躇しては駄目だ。


 視力はすぐに回復する。

 金的蹴り同様、同じ手はもう通用しない。

 結界で閉じ込められていて、逃げることはできない。


 倒れた異世界転生執行官の頭の、斜め後ろあたりに移動した。

 踵蹴りで頭を狙える絶好のポジションだ。

 右膝を、腰の高さにまで上げた。


 先生の言葉が、麻耶を後押ししている。


『たとえ簡単に壊せる物であっても、技で攻撃対象を破壊できたという体験をしておくことは大事なの。相手を破壊することをイメージして繰り出した技は、そうでない場合と比べて確実に威力が強くなるから』


 試し割りで杉板を踏み抜いた感触を思い出せ。

 攻撃箇所を破壊しろ。


「きええぇぇーーい!」


 猿叫(えんきょう)

 空手のルーツとも言われる剣術、薩摩示現流(さつまじげんりゅう)の掛け声。

 それと共に、渾身の力で右足を振り下ろした。


 サンダルの裏が、異世界転生執行官のこめかみを捉えた。

 試し割りのときとは違ったが、衝撃が二度伝わって来た。

 こめかみを踏みつけたときと、頭の下側が床にぶつかったとき。


 右足を弾かれたように持ち上げて、床に下ろした。

 自分の体の真下にではない。足幅が肩幅の二倍ほどになる位置。

 そのまま深く腰を落とし、騎馬立ちになった。


 右手の下段突きを異世界転生執行官の方向に素振りで放った。

 逆の左手で顔の右側をガードする。

 それから下段突きを引いて脇に構えると同時に、顔をガードしていた左手を振り下ろして、手の平を異世界転生執行官に向けた。


 相手が起き上がってきても、すぐに対応できる構え。

 残身(ざんしん)


「奥義・必殺コンプラ違反上司、完遂! 押忍(おす)!」


 麻耶は、残身の構えのまま叫んだ。

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