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2ー14 メイド服に込められた想い


 麻耶は、憤慨するサンドラに何も言えないでいた。


「書き置きが見つかって、ある意味では良かったわね」


 シャロンが苦笑しながら言った。


「執行官殿の体はサンドラ殿の叔父上。もし手に掛けるようなことがあれば、総括の処置以前に、こちらの世界の法を犯した犯罪者として捕まってしまう」


 ジェラルドもうなずいている。


「あの、サンドラさんは、叔父様が別人に変わってしまったことが分かってから、ずっとこういう様子で?」


「そうね。でも、ここまでじゃなかったわよ。こうなったのはひと月くらい前からかしら」


「それ以前は、たとえこれまでとは似つかない別人のようであっても、中身が叔父上でなくなったと完全には言い切れなかった」


「一か月くらい前に、一体何が?」


「それまでは、新しく生成した肉体に思念体を格納するタイプの受入転生しか見たことが無かったのだけど」


「こちらの世界で暮らしている人間の意識不明に陥った肉体に思念体を格納する転生に立ち会ったのが、ひと月ほど前だった」


「ああ」


「そのことを聞いたときは、悔しくて仕方なかったわ。間違いなく別人が、叔父さんの体をふざけたことに使っている。いいえ。それだけじゃないわ。私のことだって三年以上利用していたのよ。あんな奴のために家事をやって、あんな奴の故郷の料理の研究をさせられていたのだから」


 サンドラが唇を噛んだ。


「でも同時に、叔父さんじゃないと分かって安心もしたわ。一緒に暮らしていても、あいつからはミッシェル叔父さんの温かさをまるで感じなかったから。亡くなったナタリー母様や子どものお墓参りに誘っても、一度も行こうとしなかったもの」


 サンドラの表情、そして瞳が冷めたものに戻った。


 麻耶は、あらためて壁に掛けられている絵画を見た。


 12歳の頃のサンドラが、母親ともいうべきナタリーの大きくなったお腹を見つめている。


 はにかんだような微笑。

 今のサンドラが決して見せない表情だ。


 サンドラは母と生まれてくるはずだった下の兄弟を失ってしまった。


 そして残った唯一の家族である叔父は酒に溺れて、途中から別人のようになってしまった。

 その豹変した叔父と暮らしてきた三年間は、間違いなくサンドラの心を苛んだはずだ。


 絵画の中のミッシェルを見た。

 サンドラと同じ黒髪と黒い瞳の三十歳くらいの男性。

 優しそうな笑顔の好青年だ。

 その体に、今はあの執行官が入っている。

 麻耶におぞましい目的で迫り、他の転生者にも数々の不正を行ってきた人物。


「なんとかしてあげたかったのだけど、力が及ばなかったわ」


「執行官殿の不正を総括に通達することができないか空中ディスプレイを色々と探ってみたが、それらしき箇所は合言葉でロックされていた。情報入力を行うような機能も全て」


「でしたらネットに。ミラーサーバーなら、私が元居た世界には届かないんでしょうけど、管理している総括には不正を行っているという情報を入力すれば気付いてもらえるかも」


「試してはみたが、そちらでも可能なのは参照のみだった。書き込みの類いは不可能」


 駄目か。


「執行官を襲撃して合言葉を聞き出すことも考えたわ。でも、返り討ちに遭いかねなかったから」


「先ほど言ったように、能力が未知数で迂闊に手は出せなかった。書き込みの内容を裏付けてしまうことにもなるし」


「す、すみません。皆さんは細心の注意を払っていたのに、私が――」


「いいのよ。のばしてくれてスッキリしたって言ったじゃない」


「それに、付与能力の使用には一定以上の体力が必要。負傷状態で使うことはできない。意識が戻ったときが、合言葉を聞き出す絶好のチャンス」


 そう言ってもらえて、少し楽になった。


「もういいから、食べなさいよ。冷めちゃうわよ」


 サンドラが目を伏せたまま言った。


「あ、はい。あらためて、頂きます」


 麻耶はテーブルの上に料理に箸を伸ばした。


「やっぱり美味しいわ」


「美味」


 シャロンとジェラルドも美味しそうに料理を食べている。


 その様子を見つめるサンドラの表情は、少し緩んでいる気がした。


 やがて食事が終わり、全員でサンドラに礼を言った。


「そうだわ。行かないと」


 シャロンが、何かを思い出したように呟いた。


御母堂(ごぼどう)のところへ?」


「ええ。執行官の容体を確認しておきたいし」


「えっ。シャロンさんのお母様のところへ、執行官の容体を確認に行く?」


「そう。シャロン殿の母上は、当代随一の回復魔法の使い手。それゆえに執行官殿の回復を頼んである」


 そうだったのか。


「魔法の腕は私とは比べ物にならないくらい上よ。さてと」


 シャロンが立ち上がった。


「拙者も家族が待っているゆえ」


 ジェラルドも腰を上げた。


「麻耶殿の空手の話は、またの機会に」


「あ、はい」


 麻耶も席を立った。


「私は――。街のギルドに言えば泊めてもらえるようになっているんでしたっけ?」


「何言ってるの。麻耶はここに泊まりなさいよ」


 サンドラが皿をまとめながら言ってきた。


「いいんですか?」


「執行官の替え玉でしょ? あいつと同じ場所で寝泊りした方がいいんじゃない?」


 そういうものだろうか。


 シャロンとジェラルドを見ると、うなずきあっている。


「そうね。そのほうがいいわ」


「うむ。ところでサンドラ殿。料理の残り、今日も頂いてよろしいか?」


「そう来るだろうと思っていたわ。台所に余っているから、待ってなさい」


 サンドラが、心なしか嬉しそうに部屋から出て行った。


「近所の方々にサンドラ殿の様子をうかがってみたことがあるが、あまり社交的とは言えず、同年代の友人はいないらしい」


 ジェラルドがサンドラの出て行った部屋の入口を見つめながら言った。


「でもナタリーさんには、彼女がメイドだった頃から懐いていたそうよ。雇っている側なのに、同じメイド服をねだって着せてもらったりして」


 シャロンが少し笑った。


「そのナタリー殿を失い、叔父上も別人に変わってしまった。今もメイド服を着て過ごしているのは、ナタリー殿と一緒で楽しかった頃の記憶にすがっているのだと思われる」


 胸を突かれるものがあった。


「私たちとは一緒に居たいと思い始めてくれているみたいだけど」


「我々が姿を消すと言ったときに、涙を見せもした」


 あの涙には、そういう意味があったのか。


「ほら。持って行けるようにしてあげたわよ」


 サンドラが部屋の入口で、子籠をかざした。


「かたじけない」


 ジェラルドが最初に部屋を出て、それを受け取った。


 それから全員で物置のような部屋の戸の前に移動した。


「ではお先に。失礼する」


 ジェラルドが先に扉の中に入った。

 狭間の闇から帰宅するのだろう。


「私も」


 扉に向かい掛けたシャロンが、足を止めた。

 そして麻耶にすっと近づき、顔を寄せてきた。


「麻耶。寂しがり屋のあの子のことをお願い」


 シャロンが耳打ちしたあとで、ウインクした。


「何?」


 サンドラが怪訝そうに言った。


「何でも。じゃあね」


 シャロンも、扉の向こうに消えた。


「さてと。片付けるわ。麻耶は待ってて」


「いいえ。手伝います」


「でも私と違って、汚れたら困るんじゃない?」


 サンドラが軽くメイド服に触れた。


「いいんです」


 サンドラのメイド服姿の背中を、軽く押しながら元の部屋に向かった。

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