2ー13 書き置き
「書き置きを私が持っている? どういうことですか?」
麻耶には意味が分からなかった。
「その腕輪よ」
隣のサンドラに言われて、左手首につけている腕輪を見つめた。
「もう一度空中ディスプレイを出して」
その通りにして、更にサンドラの操作指示に従っていくと、ある画面に行きついた。
文書ファイルを思わせるアイコンが表示されている。
『統括殿宛、重要』
アイコンの下の文字は、そう書かれている。
「書き置きと言っていたのは、これのことですか?」
「左様」
「トウカツ殿宛、重要? 統括とは一体?」
「あらゆる世界の異世界転生を統括している存在のことかと。先程は上位の存在というふうに説明したが」
「なるほど」
「中をご覧になって頂きたい」
麻耶は『統括殿宛、重要』をタップした。
すると、シャロンとジェラルド、それぞれの全身写真が表示された。
その下に横書きの文章もある。
□□□□
エルフのシャロン、竜人のジェラルド。両名共に、それぞれの種族の中で暮らせない程の危険人物であることが雇用後に発覚しました。
もし自分との連絡が途絶えた場合、両名のうちのいずれか、あるいは共謀した二人に危害を加えられたからと判断していただいて間違いありません。
サポート要員から異世界転生執行官に対する加害行為を容認すれば、確実に禍根を残すことになります。両名がすみやかに処断されることを望みます。
□□□□
聞いていた通りの内容だ。
「自分が酷いことをしている自覚があって、もし何かあったら、シャロンさんとジェラルドさんに報復するために――。酷いです」
シャロンが肩を竦め、ジェラルドが軽く息を吐いた。
「確か執行官にしか処分できないということでしたが」
「そう。我々では参照はできても、削除や更新を行うことはできない。それを行うには、合言葉によるロックの解除が必要」
ここでも合言葉が必要らしい。
「ファイルを削除できないなら、この腕輪を隠すなり壊してしまえば、総括という人たちに見られる心配はないのでは?」
「いや。ファイルの内容から察するに、安否確認が行われれば簡単に参照できる仕組みが整っているはず。そのファイルが保存されている場所は、腕輪そのものではないと思われる」
「もしかして、クラウド? この腕輪は、ただの操作デバイス?」
ジェラルドがうなずいている。
「データサーバに該当するものが、別の場所に存在するかと。亜空間を飛び越えられるような通信設備も一緒に」
「転生者の思念体から読み取った情報も送受信できているみたいでしたしね。どこに持っていかれるか分からないこの小さな腕輪より、ちゃんとした設備が整っている場所があると考えたほうが自然かもしれないです」
「愚考するに、異世界転生の間あたりかと」
「ああ」
腕輪はスマホで、異世界転生の間はデータセンター兼、基地局のようなものか。
「そういえば執行官は、元居た世界のインターネットの情報を参照することができて、料理動画を入手してサンドラさんのネックレスでも見られるようにしていたとか?」
「その腕輪から麻耶殿の世界のネットの情報が参照可能なのは間違いない」
「見せて頂いた料理動画は、確かに私の世界のものでしたしね。この腕輪から異世界転生の間を経由して、異世界にもアクセスできるのでしょうか?」
「さすがに異世界と直接の通信はできないかと。おそらく、通信設備と同じ場所に用意されたミラーサーバー的なものにアクセスしていると考えられる」
ミラーサーバは元のサーバーの情報をコピーして、同じ情報を持った別のサーバーを立ち上げる技術だ。
「ひとつのサーバーではなく、無数のサーバーで構成されたネットの情報をコピーするのは難しい気がしますが」
「総括の高次元の技術なら不可能ではないかと。肉体の生成さえ可能ならば」
「なるほど。納得です」
ジェラルドとうなずきあった。
「サンドラは二人の言っていること、分かる?」
「シャロンと同じでさっぱりよ」
シャロンとサンドラには理解できていないようだ。
無理もない。麻耶の世界よりさらに進んでいる技術だ。
「そういえばジェラルドさんはこちらの世界の方なのに、よくそこまで理解されて――」
「集まったときに、ネットで麻耶殿の世界の技術の情報も見させて頂いた。それに日本人の転生者に話を伺いもした。そうすることで概要は一応理解できて、今話したようなことを推測できた」
それでも凄い。ジェラルドは、おそらく天才の部類だろう。
「話を書き置きのことに戻すがよろしいか?」
麻耶はうなずいた。だいぶ脱線してしまっている。
「三人で集まって情報を探るうちに、その書き置きに辿り着いたときは、さすがに唖然とした」
「あの、お二人は執行官に、不正の注意をされたりとか?」
「いいえ。下手に刺激するのはまずいからって、ジェラルド君に止められたの」
「不正を咎めれば実力行使に出る可能性があった。情けないが、そうなった場合に凌げる保証はなかった。あの執行官殿は転生者。どのような能力を付与されているか未知数だった」
「実際、相当に高度な結界を作り出す能力を持っていたものね」
そうだ。麻耶が勝てたのも、たまたまだ。
「それに転生者、そして我らに情報を提供してくれているサンドラ殿に矛先が向いてしまう恐れもあった」
「そう止められて、私も知らないふりを続けたわ。腕輪はちゃんと元の位置に戻して、触ったと分からないように気を付けていたしね」
サンドラも執行官を咎めたりはしなかったらしい。
「それなのにそんな書き置きを」
「私たちに正体を明かさないことから、猜疑心の強い人物だとは察していたけど、さすがにそこまでとは思っていなかったわ」
「もしかしたら我らより前に誰かを雇っていて、そのときに何かあった可能性もある。考えて分かることではないが」
確かに、理由はこれ以上考えても分からないだろう。
「あの執行官、どこまでも腐っているのかしら。書き置きさえなかったら、寝込みを襲うなり食べ物に毒を入れるなりしてやったのに」
サンドラが悔しそうに呟いた。




