2ー12 下衆
サンドラが目を伏せた。
その黒い瞳は一瞬怒りに燃えたようにも見えたが、もう冷めたものに戻っている。
「あいつの後をつけて娼館に入ってくのを確認したのは一度きりだったけど、結構な頻度で通っていたのは間違いないわ。仕事だと言ってはいたけど、出掛けるときの様子の違いで分かるの。ローブも腕輪も、置いたままだったし」
「ああ」
「だからその隙に、腕輪で空中ディスプレイを表示させて中身を見て、色々と探ることができたの。一度ではなくて少しずつよ。みんなでね」
サンドラが向かいのシャロンとジェラルドを見た。
「私が通話で連絡する度に、二人ともこの屋敷まで来てくれたわ」
「狭間の闇を通れば、すぐに来られるもの」
「その都度、料理も振舞って頂いた。かえって恐縮」
シャロンとジェラルドが、気にするなというような様子で言った。
「みなさんで協力して情報を探って、不正に気付くことができたんですね?」
麻耶の言葉に三人がうなずいた。
「ただ、合言葉で見られなくしてある部分も多かったわよね?」
「シャロン殿の言う通り。受入転生者の情報は、本人らしきゼロ番目だけでなく名前さえ非表示となっている者が何人かいる。名前は表示されていても詳細は見られない者も多い」
「そういう転生者の人たちは――」
「おそらく、強請りの対象。生活資金の援助の経費がある以上、付与した能力の更新料など実際は不要なはず」
「それなのにお金を取るなんて」
「相当に悪質。転生者側は事実がどうなのか知る由もない上、言語の翻訳能力を失ってしまえば生活は相当に困難になる。従わざるを得ない」
日本語で教えてくれる人がいるわけでもない。
こちらの言語を直ぐに習得するのは無理だろう。
「それに、執行官が転生者にしていたことは、お金の無心だけではなかったかもしれないわね。麻耶にしようとしたことを考えると」
シャロンの言ったことを聞いて、麻耶は暗澹たる気持ちになった。
「特に麻耶殿の一人前の受入転生者は、実際に被害に遭ってしまった可能性が高い」
「私の一人前――。確かにその方は名前も隠されていて、表示もできないようになっていましたけど。転生開始と完了の日付は今日でしたよね? どんな方だったんですか?」
「分からないのよ。私にもジェラルド君も受け入れにも立ち会わなかったから」
「麻耶殿殿のときと同じく、我々に執行官殿からの連絡は無かった」
「でも私のとき、お二人は来てくださいましたよね?」
「たまたまよ。サンドラから通話で連絡を受けたから」
麻耶は隣のサンドラに視線を向けた。
「あいつがどこをほっつき歩いているのか、気になったから。あいつは今日の早朝、明るくなる前に仕事に出掛けたの。私には何も言っていなかったけど、物音に気付いて起きてみると、ローブに着替えたあいつが、向こうの部屋に入って行くのを見たわ」
「ジェラルドさんが出てきたあの部屋ですか? 狭間の闇に行ける――」
「そうよ。普段は使わないけどね。あいつは仕事の詳しいことは私には秘密にしているし、散歩が好きだから、外のポイントまで歩いて行くの。目立たないようにローブは着ないで持った状態で。でも深夜とか雨のときは、こっそりあそこから狭間の闇に行くのよ」
一緒に住んでいると、そういう傾向もわかるらしい。
「だから今日もそうだと思っていたのだけど、夕方になっても帰ってこなかったの。さすがに遅いと思ってシャロンとジェラルドに連絡をしてみたら、二人とも今朝の仕事のことは知らなかったの」
二人がうなずいた。
「執行官に連絡を入れてみたけれど、返事が無かったの。だから異世界転生の間に行ってみたのよ。すると麻耶の肉体を生成している途中だったの。完成した肉体に、麻耶の思念体が格納されるのも見たわ」
シャロンの言ったことの後半は聞いている話だ。
「それから麻耶に近づいてみたのだけど、気を失ったままで体調も悪そうだったの。だから執行官に様子を訊ねてみたのだけど、貧血と脱水症状で亡くなった転生者の受け入れが完了したところだと言っていたわ」
麻耶が目覚める前に、そんなことがあったのか。
「もう少し体調の良い状態の肉体を生成するべきなのに、そうしないかった理由は分からなかったけれど、とにかく麻耶を回復させる必要があったの」
それで膝枕をして回復魔法を掛けてくれて、水魔法で出した水も飲ませてくれたのか。
「ありがとうございます」
礼を言うと、シャロンがうなずいた。
「拙者が到着したのはその後だった。申し訳ない」
「そんな」
ジェラルド頭を下げられると、かえって恐縮してしまう。
「一つ確認させて頂きたい。生成する肉体や付与能力の希望を、執行官殿に訊ねらたりは?」
「いえ、何も。思念体の状態で気が付いたら、肉体が生成されて、付与能力の白い粒子が飛んできて、体に入りました。執行官と話したのはその後です」
「やはり。転生者の希望も聞かず、体調不良で満足に動けない状態の肉体を生成したのは、敢えてということか」
「最悪の下衆だわ。私の到着がもう少し遅かったら、きっと――」
寒気がするような話だ。
「我らが不在だった、今朝の受入転生者のことも気にかかる。合言葉でロックが掛かっていて参照できないため、女性かどうかも定かではないが――」
沈黙が訪れた。
やがて麻耶は、目を伏せているサンドラのことが心配になった。
「あ、あの。転生者のことも気になりますが、一緒に暮らしていたサンドラさんは――」
「何もなかったわよ」
麻耶は胸を撫で下ろした。
「シャロンは?」
「仕事を始めてすぐの頃、一度食事に誘われたことはあったわね。高級店でごちそうするって。ジェラルド君抜きで転生者の様子を見に行ったときだったわ」
「拙者がいないときに、そんなことが」
「顔を隠して声も変えているような人が、何を言っているのかしらと思ったわね」
「当然ながら、拒否を?」
「そのつもりだったけど、その前に邪魔が入ったの。街のごろつきが飲みに行こうなんて声を掛けてきたのよ」
「美人も大変ね。でもそのごろつき、シャロンが水球で窒息させたんじゃない?」
「ご名答。それを見た執行官は動揺して、食事はまたの機会になんて言っていたわ。それ以降、誘われたことは無いわね」
それは誘うのを控えるようにもなるだろう。
「今思えば、執行官が書き置きを残しておこうと思ったのは、あれがきっかけだったのかもしれないわね」
「いや。書き置きには拙者のことも書かれている。やはり自らの不正な行為に、後ろめたさがあったからかと」
書き置き。
そういえば、それが執行官の替え玉になった理由だった。
「あの、その書き置きはどこに? この屋敷のどこかですか?」
「どこというより、今は、麻耶殿が持っているというべきか」
「ええっ」
麻耶は驚きの声を上げた。




