2ー11 隠匿
サンドラが苦々しそうに語り出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今から約三年前。
叔父のミッシェルの体に入った転生者が、異世界転生執行官になったと思しき頃のことだ。
そんなことなど知る由もないサンドラは、ミッシェルが新しい仕事を始めたと聞いて喜んだそうだ。
ミッシェルは身重の妻を亡くして以降、酒浸りの生活を送るようになり、働かなくなって交易の事業も手放してしまった。
酒場から担ぎ込まれて目を覚ましてからは、酒を断ちはしたが人が変わったようになり、そして働かないままだった。
もしかしたら、仕事に取り組むようになりさえすれば、以前のミッシェルに戻ってくれるかもしれないと期待を持っていたらしい。
だが、残念なことにそうはならなかった。
中身はミッシェルではなく、異世界転生執行官に変わってしまっていたからだ。
サンドラにはどこかよそよそしいままで、暖かさを感じることもなかった。
ただ、話の種が増えた。
ペンダントを渡されて、動画の料理を作るよう頼まれるようになった。
他にも、女性向けの旅用の衣服の購入を頼まれたりもした。
そして手紙を書いて欲しいと頼まれた。
いや、手紙そのものではなく、封筒の宛名書きだ。
内容的には簡単なもので、なぜ自分で書かずにサンドラに頼んできたのか釈然としなかったが、後になってから、付与した能力や道具での翻訳は、字を書くことだけは難しいからだと分かった。
宛名は最寄りの商業ギルドの代理受取先、いわば私書箱だった。
そこに手紙を出すのではなく、その封筒を誰かに持たせて、こちらの住所が分からない状態で連絡を受けられるようにしているらしかった。
妙に思ったサンドラは、ギルドを訪れて叔父の様子を聞いてみた。
すると、叔父は紹介状を発行してもらいに来ているということが分かった。
あらかじめギルドに料金を支払い、旅人が宿舎に滞在したり働きやすくしたりするための代物だ。
サンドラは断片的な情報から、叔父は異国から事情があって逃れてきた人を助けるような仕事をしているため、詳しく話そうとはしないのだと思うようになった。
その仕事の補助と、動画で見せられた料理の研究。
叔父の人が変わってしまったようだという不安はあったが、それなりに張り合いのある日々を過ごしながら二年以上の歳月が流れた。
だが今から四か月ほど前、変化が訪れた。
シャロンとジェラルドに出会ったからだ。
二人は、叔父の留守中に屋敷を訊ねてきた。
そして叔父が異世界転生執行官の仕事をしていること、二人はそのサポート役を最近になって始めたことを聞かされた。
寝耳に水だったが、空中ディスプレイの動画のことなどがあったので納得できた。
二人が屋敷に訊ねてきた理由は、異世界転生執行官の素性が知れずに不安を覚えていたからだったらしい。
会う時はいつも司祭風のローブ姿で顔をマスクで隠しており、声も変声モードで変えていたそうだ。
そして、住んでいる場所も家族のこともまるで話そうとしないのだという。
二人が仕事を依頼されるのは月に数日で、その場合は道具を使って『通話』で呼び出されるとのことだった。
異世界転生執行官は仕事後に二人に後をつけられることも警戒しており、狭間の闇の移動ポイントなども悟られないようにしていたらしい。
二人は目星をつけた座標から先に現世に出て、少し離れた場所から異世界転生執行官が出現するのを待った。
空振りを繰り返しながらも、やがて使うポイントを突き止め、気取られないようにしながら少しずつ後をつけてこの屋敷を突き止めたそうだ。
二人がそうまでして異世界転生執行官の素性を探ろうとした理由は、仕事に疑問を覚えたからだという。
転生者が無事に生活を送れているか監査するような仕事があるそうだ。
疑問はそういった仕事があることではなく、その様子に対してだ。
異世界転生執行官とともにある転生者の元を訪れてみると、何やらこちらを警戒している様子が見て取れたのだという。
転生者は元の世界の知識を駆使して、それなりの財産を築いている男性だったそうだ。
その日は、異世界転生執行官が転生者と二人きりで話して仕事は終わった。
妙に思ったジェラルドは、その転生者の元を後日一人で訪れてみたのだという。
すると、またお金が必要なのかなどと言われた。
詳しく話を聞いてみると、付加された翻訳能力などを維持するには更新料が必要で、払えなければ能力を剥奪せざるを得ないと言われており、定期的にそれなりの額を手渡しているとのことだった。
先日来たときなどは、あの二人は人間の姿をしているが、実は名の知れたエルフと竜人で相当の強さを誇る、滅多なことは考えないほうがいいなどと脅迫じみたことを言われたのだという。
ジェラルドはシャロンにそのことを話し、二人で異世界転生執行官の正体を探ることにした。
そしてこの屋敷に辿り着き、異世界転生執行官がいないときを見計らってサンドラに話を聞いてみることにしたそうだ。
サンドラはショックを隠せず、いくら人が変わったようでも、叔父がそんなことをするとはとても思えないと言った。
ジェラルドはサンドラを宥め、叔父の変わってしまった日のこと、どのように変わったのかを訊ねてきた。
そして詳しい話を聞いてから、日本人の転生者の思念体が叔父の体に入っているのではないかと言った。
にわかには信じられなかったが、それだと説明がつくことも多い。
シャロンとサンドラにはまた会うことにして、その日は別れた。
サンドラは二人に会ったことは伏せたまま、叔父に日本の料理を食べたがるようになった理由など訊ねたりしてみたが、はぐらかされるだけだった。
そこでサンドラは叔父が異世界転生の仕事以外で留守のときに部屋を探り、腕輪の置き場所を突き止めた。
イヤリングにも通話の機能は備わっていたので、叔父が家を留守にするたびに、シャロンとジェラルドを呼び寄せて、腕輪から空中ディスプレイを表示させて調査を進めていった。
まず、No.000の受入転生者の転生開始年月日、転生完了年月日が叔父の変わってしまった日だったことが判明した。
しかも送出転生者はNo.001から始まっており、No.000は特殊なものらしいことが分かり、転生者が叔父の体を使っている疑惑が高まった。
それに元居た世界のインターネットの情報を参照することができて、料理の動画などはそこから入手してサンドラのネックレスでも見られるようにしていたらしいことが判明した。
そういった日本人の転生者らしいという裏付け以外にも分かったことがある。
悪事だ。
異世界転生執行官は転生者の生活を保障するためにかなりの経費を受け取っているようだったが、実際に転生者に渡しているのはどうもそのうちの一部だけのようだった。
他にも、三年ほど前からサンドラをサポート役として登録して給与を払っていることにしていることが判明した。
だがサンドラは何も知らされていなかったし、必要な生活費以外のお金もまるで受け取っていなかった。
シャロンとジェラルドに対しても月額でそれなりの給与を払うよう申請してあったそうだが、実際には稼働日分の日雇い程度の額しか払っていなかった。
残りは横領していたということだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「異世界転生執行官の仕事をしているのを、私には秘密にしたがる訳だわ」
サンドラは吐き捨てるように言った。
「私やジェラルド君に素性や住所を隠していたのも当然よね。もう少し給与を上げて欲しいと言ったこともあったけど、慈善事業のようなものでお金は持ち出しなんて言っていたもの」
「貧しい暮らしをしているとも言っていたが、実際はソラナダの一等地に構えた屋敷に住んでいた」
シャロンが肩を竦め、ジェラルドはやれやれといった様子で首を横に振った。
「しかも、そうやって稼いだお金を何に使っていたか分かる?」
サンドラが麻耶に向かって訊ねてきた。
「あ、いえ」
「娼館通いよ。ソラナダ屈指の高級店。しかも気が付いたら、叔父さんが以前に稼いだお金もかなり使い込まれていたわ」
サンドラが再びテーブルを叩いた。




