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その異世界転生執行官、実は替え玉です。  作者: 黄帯
■第1章 異世界転生執行官の替え玉になった経緯
2/24

1ー2 異世界転生の間


 麻耶は、自分がどういう状態なのか分からなかった。


 体に現実感がないばかりか、床よりだいぶ高い位置に浮いているようだ。


 下の床に、仮想的なホログラムのようなものが見える。

 そのあたりから、プリンタで印刷するときのような機械音が響き始めた。


 音と共に、ホログラムが現実的な質感を持ったものに少しずつ変化していく。

 機械音がしなくなったときには、ホログラムが人の姿に変わっていた。


 女性が少し体を丸めた姿勢で、横向きになって床の上に寝ている。

 Tシャツに短パン姿で、サンダルを履いているようだ。


 突然にどこからか、白い粒子の群れのような光が飛んできた。

 その光が麻耶を貫いた。

 いや、吸収したのだろうか。何か力が宿ったような気もする。


 戸惑っていると、高度が下がり始めた。

 床で眠っている女性に引き寄せられているようだ。


 その女性は、麻耶自身だった。


 自分の体の上に落ちたと思った瞬間、何も分からなくなった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 気だるくて熱い。

 麻耶はそう思って目を開けた。


 どこまでも白い景色が広がっている。

 床も白い。その上に横向きの姿勢で眠っていたようだ。


 体に現実感がある。白い床の硬さも体に伝わってくる。

 それなのに、頭の側面の感触は柔らかくて心地いい。


「気が付いた?」


 フードを被った女性が、麻耶の顔を上から覗き込んでいた。

 その女性に膝枕されている。

 慌てて起き上がろうとしたが、猛烈な気分の悪さに襲われた。


「無理をしては駄目よ。もう少し横になっていたほうがいいわ」


 優しく頭を押さえられ、女性の横座りの腿の上に戻された。

 麻耶の横顔がスカートに接触している状態だ。

 そこから伸びた足には膝近くまでのブーツを履いている。


「回復魔法を掛けるわね」


 頭に添えられていた女性の手が薄い緑色に光り、麻耶はビクリとした。


「心配しないで。楽になるはずよ。じっとしていて」


 その言葉通り、段々と気分の悪さが薄れていった。


 女性の手から光が消えて、麻耶の頭から離された。

 上体を起こしたが、今度は止められなかった。


 女性の上半身はマントで覆われている。

 それとつながっているフードが下ろされた。


 絶世の美女だった。

 長くなめらかな金髪のストレートヘア。

 切れ長の青い瞳。

 西洋系の顔立ちで年齢はやや分かりにくいが、二十代後半くらいか。


 豪奢なイヤリングが印象的だった。

 銀色の大きな輪の中に複雑な模様があしらわれ、中心には小ぶりの赤い宝石がはめ込まれている。


 そのイヤリングを付けた長い両耳が、ピンと尖っていることに驚いた。

 まるでアニメやゲームに登場するエルフのようだ。


「まだ体が熱いんじゃない? 喉も乾いていると思うけど」


 その通りだったのでうなずいた。


「お水、飲んだ方がいいわね」


 女性が右手の人差し指を立てた。

 その指が水色に光り、指先の少し上に水が出現した。

 ゴルフボールほどの大きさの水球が、なんと宙に浮いている。


 麻耶がうろたえていると、女性が唇を水球に近づけた。

 水球は女性の口に吸い込まれて消えたようだった。


「うん。美味しい」


 女性が右手の人差し指と中指で、軽く唇を拭った。

 妖艶な仕草だと思った。


 再び、空中に水球が作り出された。

 水色に光る指の動きに連動して、水球が麻耶の目の前に移動してきた。


「毒なんて入ってないわよ。ただのお水。飲んで」


 麻耶は戸惑いながらも、その水球に口を付けた。

 吸い込むと、程よく冷えた不純物のない水の味が広がった。


「もう少しどうぞ」


 今度はテニスボールほどの水球が出現した。

 ためらわずに飲むと、渇いた体に水が染み込んでいった。


「おかげ様で楽になりました。ありがとうございます」


「どうたしまして」


 女性が床から腰を上げたので、麻耶も立ち上がった。

 立って向かい合うと、日本人女性の中で平均的な体格の麻耶より背が高いことがわかる。


「あの、魔法、なんですよね?」


「呑み込みが早いのね。水球を出したのは水魔法。少し前の緑色の光は、回復魔法よ」


「凄い。あっ、もしかして疲れていたりしませんか? 魔力みたいなものを消耗して」


「確かに魔法は魔力を消耗するから疲れるし、無尽蔵には使えないけど、あれぐらいなら全然平気よ。水の量はちょっとだし、回復させた症状も――」


 物音がして、女性が口を止めた。


 音の方向に視線を向けると、少し離れた場所に門が二つあった。


 だが、どちらも門の扉が立っているだけで壁はない。

 なんとも不思議な光景だった。

 二つの扉は少し距離を置いて直線上に並んでいる。

 大きさや形状も同じに見えるが、色が違う。

 左側が赤、右側が青。


 青い方の扉の片方が、少し開いている。

 そこから人が入ってくると、扉が閉められ、また音がした。

 さきほどの物音は開けたときの音だったらしい。


 青い門から入ってきた人が、近くまでやってきた。

 マントとつながったフードを被っているのは、さきほどまでの女性と同じだ。


 だが長身の男性のようだ。

 マントの下には西洋風の甲冑をまとっている。

 小手はつけておらず、左手の薬指に小さな赤い宝石の入った指輪をしているのが見えた。


「遅くなってしまい、面目ない」


「私も少し前に来たばかりよ」


 二人は知り合いらしい。

 女性が男性に何やら耳うちをしてもいる。


 少しすると、男性が麻耶の方を向いてフードを外した。


 頭に被っている兜に目を引かれた。

 ドラゴンの口に頭が入っているようなデザインの兜だ。

 その中の顔にはメガネを掛けている。

 顔立ちは若く、整っているようにも見えた。


「拙者はジェラルドと申す一介の竜人(りゅうじん)。お見知り置きを」


 武人然とした自己紹介で、男性の名前がジェラルドだと分かったが――。


「竜人、ですか?」


「そう。この頭は兜ではなく、体の一部。それにこの通り」


 男性、ジェラルドが後ろを向くと、尻の少し上の鎧の開いた部分から恐竜のような尾が伸びていた。


 あまり驚かなかった。エルフらしき女性や魔法を見た後だ。


「そういえば名乗っていなかったわね。私はシャロン。よろしくね」


 女性、シャロンが麻耶に向かって名乗った。


「上田麻耶と申します。よろしくお願いします。あの、シャロンさんは、エルフなんですよね?」


「まあ、エルフの端くれかしらね」


 シャロンが一瞬視線を伏せて言った。


「貴公は人間、それに日本人とお見受けするが?」


「その通りです」


 ジェラルドに問い掛けにうなずいてから、はっとした。


「あの、日本って、毒の瘴気で汚染されるような、大変なことになってしまっているのでは――」


 シャロンとジェラルドが首を傾げた。


「朝日で照らされた景色が、白黒になってしまっているのを見たんです。しかも立っていられなくなってしまって。ただ事ではないと思いました。もしかして、日本どころか世界の終わりが訪れて――」


「心配いらないと思うわ。それって、あなたが立ち上がったり、激しく動いたりした後のことだったのではないかしら?」


「あ、はい」


 確かに、ベランダで踵蹴りを繰り出した。


「なら、貧血でそう見えただけね」


「貧血?」


「激しく動くと貧血を起こしやすい。そして視界が狭くなったり色がおかしく見えたりするのは、貧血の典型的な症状」


 ただの貧血を世界の終わりなどと言ってしまったことに赤面した。


 だが二人はとくにからかうような様子はない。

 むしろ麻耶を心配してくれているようだ。


「理解しておられるか? 日本が存在するのとは別の世界に、異世界転生したということを」


「やっぱり、そうですよね」


 ある程度予想はしていた。

 エルフや竜人がいて、魔法も見ている。

 そしてここは、赤と青の門以外は全てが白い不思議な空間だ。


「あの赤い門は、あなたがいた日本のある世界に繋がっているの。転生者は赤い門から入ってきて、青い門から出て行くことになるわ」


「拙者が通って来たあの青い門が、貴公から見て異世界に該当する世界に繋がっている」


「では、ここは?」


「厳密に言うと、異世界の少し手前に該当する場所ね。『異世界転生の()』よ」


「異世界転生の間、ですか?」


「異世界転生の手続きをするための場所と言ってよいかと」


 あたりを見回した。


 門と反対方向の少し離れた場所に、色彩を持った物あることに気付いた。

 茶色の木製らしき机や椅子などがいくつか置かれている。


「異世界転生者、上田麻耶。こちらへ」


 その方向から声がした。

 作り物のような、スピーカーから聞こえるような声だった。


執行官(しっこうかん)殿(どの)が呼んでいる」


「あの、執行官とは?」


「正確には異世界転生(いせかいてんせい)執行官(しっこうかん)。異世界転生を取り仕切っている人よ」


「そして、我らの上司でもある。参ろう」


 歩き出したシャロンとジェラルドに、麻耶も続いた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 本当にう○こ上司ですね。虫唾が走ります。 麻耶さん、心中お察し申し上げます。大変でしたね。
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