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2ー9 No.000の受入転生者


 麻耶は少し考えを整理してみた。


 やはり腑に落ちないことがいくつもある。


「――まず、私や先ほどの受入転生者の思念体の格納先は、新しく生成した肉体でしたよね? 転生先の世界の人の肉体に格納するということもあるんですか?」


「ええ。あまり多くはないけれどね」


 シャロンがうなずいた。


「つまり、亡くなった方の遺体を使わせてもらう場合があるということですか?」


「いいえ。さすがに、生きた肉体でないと無理みたい」


「では元の思念体が使用している肉体を、その、乗っ取って?」


「まさか。使わせてもらうのは、思念体が宿っていない生きた肉体よ」


「思念体が宿っていない生きた肉体?」


「ああ。肉体の死と思念体の消滅のタイミングは常に一致するわけではないの。肉体が滅んでも消滅しない思念体が存在するのは見たでしょう?」


「はい」


 見ただけでなく、麻耶自身もそうだった。


「逆に、思念体が消滅しても肉体が生きている場合もあるのよ。もっとも、思念体が消失していれば意識はなくて食事を取ることさえ不可能で、回復魔法もほとんど利かなくなってしまうから、肉体も遠からず死を迎えることになるわ」


 思念体が消滅してしまった肉体は、いわゆる脳死状態に該当するのかもしれない。

 日本の医療と違って、この世界で生命維持は難しいのだろう。

 ミッシェルも脳卒中で脳死状態だった可能性が高い。


「使わせてもらうのはそういう肉体よ。少し前のケースでは、三日も意識が戻らないと噂になっていたある女性の肉体に思念体が宿っていないことを道具の力でしっかりと確認して『登録』しておいて、転生者の希望を聞いた上で確認したわ」


「なるほど。ただ、その女性の体はともかく、ミッシェルさんは多分、脳の血管に異常が起こって亡くなってしまったのだと思うんです。そういう肉体に別の人の思念体が入ったとしても、生き続けたり動いたりすることができるかというと――」


「麻耶殿の疑問はもっとも。だができる。その理由は、あくまで推測ではあるが――」


 ジェラルドが自身の頭を指さした。


「確か麻耶殿の世界では、人格や記憶を司っているのは脳だということが分かっているとか?」


「あ、はい」


「それを前提に考えた場合――」


 ジェラルドが自説を展開してくれた。


 異世界転生の間で生成された肉体に格納されて目覚めた転生者は、思念体の状態で見聞きしていたことを覚えている。それには能力付与など、脳を含む肉体を生成した後のことも含まれている。


 そうである以上、思念体の記憶が脳に受け継がれているのは間違いない。

 だとすれば、思念体が肉体に入るとき、脳に物理的、肉体的な変化をもたらしていることになる。

 他者の肉体に入る場合は、なおのこと変化は大きいはずだ。


 その変化が起こるとき、脳の損傷もある程度修復されるのではないか。


「なるほど。かもしれないですね」


 ジェラルドの説は納得できる。


「ただし、思念体の消失した肉体が見つかることは稀な上に、肉体が生きていられる期間はそれほど長くない。さらにタイミングよく転生者がやって来て希望が合致することは極めて少ない。我らが対応したケースは、二か月ほど前の一件のみ」


「確かにあまり多くは無さそうですね。ですけど、一件だけですか? 三年半くらい前の、ミッシェルさんのときは?」


「分からないわ。私たち二人が異世界転生のサポートを始めたのは、半年くらい前からなの」


「だがサンドラ殿の話を聞いた限りでは、おそらく同じような確認と登録が行われていたと思われる」


 全員でサンドラの方を向いた。


「麻耶のためにもう一度話すけど、意識のない叔父さんを酒場からこの屋敷まで運んできてくれた人は二人だったの。一人は叔父さんの友達だったけど、もう一人は知らない人だったわ」


「見ず知らずの方なのに、親切ですね」


「どうかしら。転生者の思念体を格納する肉体に使えそうだと思ったからじゃない? 酒場で意識を失った叔父さんの体から思念体が消滅したのを確認した。その上で、体の行先を確認しておきたいから手伝ったのよ」


「それは考え過ぎでは」


「その人、銀色の腕輪をつけていたの。多分、それと同じものだったわ」


 麻耶は自分の手首に嵌めている銀色の腕輪を見た。


「この腕輪を着けていたんですか?」


「つまり、そいつも異世界転生執行官だったということでしょ」


 サンドラの言うことをそのまま受け入れていいものだろうか。

 腕輪がおそらく同じだったくらいでは、根拠が弱い気がする。

 ミッシェルの肉体に転生者の思念体が格納されたということも含めてだ。


「疑ってるの?」


「あ、いえ」


「いいわよ。証拠を見せてあげるから。ちょっと受入転生者の一覧を表示させて」


 麻耶は言われた通り空中ディスプレイを表示させ、『受入転生者一覧』を選択した。


「最初の受入転生者を表示させてみなさいよ」


 麻耶は5人ごとに表示されているページを先頭まで遷移させた。


『No /氏名     /転生開始年月日  /転生完了年月日  』

『000/―――――――/64年01月08日/64年01月08日』

『001/久保田康太  /64年07月20日/64年07月20日』

『002/望月加奈   /64年08月13日/64年08月13日』

『003/鈴木雅明   /64年09月24日/64年09月25日』

『004/佐々木雄輔  /64年09月30日/64年09月30日』


「一人目は、名前が表示されていない? でも、詳細を表示させれば――」


 麻耶はNo.000の行をタップしてみた。


『合言葉を口に出して言ってください』


「合言葉?」


 麻耶は表示された内容を呟いていた。


『合言葉が違います』


 そう表示された。正しい合言葉を発生しないと表示できないらしい。


「あの異世界転生執行、自分の情報を隠しているのよ。でも転生開始年月日と転生完了年月日は分かる。その日は、叔父さんが別人のようになってしまった日よ」


 64年01月08日。

 三年半前と冬だと言っていたが、確かにそうだ。


「ゼロ番目の受入転生者が他とは毛色が異なるのは間違いない。ゼロ番目と1番目の間は半年以上空いている。だがそれ以降、次の受入までひと月以上期間が空くことはほとんどない」


 期間の合間はジェラルドの言う通りだ。


「ちなみに送出の方にゼロ番ははなく1番から始まる。その年月日は64年7月。1月ではない」


「要するに、叔父さんの体に受入転生者の思念体を格納したのが64年1月。この世界に慣れた半年後の7月くらいに、腕輪を渡して異世界転生執行官を交代したんじゃない?」


 サンドラがため息をついた。

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