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2ー8 異世界転生執行官の正体


 サンドラが再び語り始めた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 目を覚ました叔父のミッシェルは、様子がおかしかった。


 これまで暮らしていた屋敷の間取りなどが分からなくなっていたらしい。

 だが記憶喪失とはどこか違った。


 サンドラが姪ということは分かっていた。

 ただし接し方はよそよそしく、姪であることを知識として知っているだけのようにも見えたらしい。


 サンドラは、自分がソラナダの屋敷に引き取られたときのことを思い出したそうだ。

 叔父だとは分かっていても、それ以前に会ったことのなかったミッシェルと暮らすことになって戸惑っていた頃に似ていると。

 ミッシェルからは、自分一人が見知らぬ土地にやってきて不安で仕方ないというような様子も見て取れたが、それにも覚えがあった。


 食事のときなどは特に顕著だった。

 ミッシェルは食べたことのない料理を出されたような反応を見せていた。

 ナイフやフォークの扱いがぎこちなくなったりもしていた。


 サンドラはミッシェルの様子に違和感を覚えつつも、料理や家事をこなす日々を送った。


 ミッシェルは働かないままだったが、普通に暮らすだけなら充分な貯えがあった。

 酒も一切飲まなくなり、様子はおかしくてもとりあえずの難は去った。

 散歩に出掛けたりと、徐々に生活に慣れていったようだった。


 半年ほど経った頃、新しい仕事を始めたとミッシェルは言ったそうだ。


 詳細は明かさなかったが、荷物を持って出かけることが増えた。

 仕事に使うという司祭風ローブの洗濯を頼まれるようにもなった。


 それからさらに二、三ヶ月が過ぎた頃、あのペンダントを渡されたのだという。


 ミッシェルは異国の魔法の道具だと言って使い方の説明を始めた。

 サンドラが言われた通りにすると、空中ディスプレイが表示されて料理動画が再生された。


 動画を見たことなどなく訳が分からなかったが、ペンダントの力で翻訳されて音声や字幕の理解はできた。

 ところどころ意味が分からないところもあったが、ミッシェルが解説で補った。


 そして、動画の料理を作って欲しいとサンドラに頼んできた。


 サンドラは戸惑いつつも、試行錯誤してその料理を作ってあげた。

 ミッシェルは歓喜しながら食べたそうだ。


 別の料理動画を見せられ、それもリクエストされた。

 それを作るとまた次の料理、ということが繰り返された。


 ミッシェルの要求は奇妙だったが、サンドラは応え続けた。

 そのたびにミッシェルは喜んだそうだ。


 サンドラは、醤油や味噌の作り方なども長い時間を掛けて作れるようになった。

 完成してそれを使った料理を出したとき、ミッシェルからは、何かを懐かしんでいるような様子が見て取れたのだという。


 以前のミッシェルの好物を出したりもしたが、そちらはまるで喜ばなかった。


 ミッシェルは新しく始めた仕事を続けていた。


 時折、その仕事に使うための手紙を書いて欲しいとサンドラに頼んできた。

 指示された内容は簡単なもので、ミッシェルが自分で書いたほうが早いのに何故と思ったそうだ。


 ミッシェルは明らかにおかしい。

 何よりも、サンドラへの接し方から以前のような暖かさを感じない。

 ナタリーや生まれなかった子供の墓参りに誘ったりもしたが、まるで興味を示さなかった。


 サンドラは、叔父ではない人物と一緒に暮らしているのかもしれないという不安に苛まれるようになった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ミッシェル叔父さんが飲み過ぎて運び込まれてきたのが約三年半前。目覚めた時点で、中身は別人だったのよ。それが誰だったのかは、分かるわよね?」


「異世界転生執行官、ですか?」


「その通りよ。もっとも、あいつが異世界転生執行官の仕事を始めたのは、中身が変わってしばらく経ってからだったけど」


 サンドラが口を止めて、目を伏せた。


 その瞳は冷めたものだった。

 絵画に描かれたことの明るさは感じない。

 無理もないだろう。


 第二の母と言うべきナタリーと、生まれてくるはずの兄弟を亡くしてしまった。

 そればかりか、残ったただ一人の家族である叔父は酒浸りとなり、それが収まった後はまるで別人のようになってしまった。


 その人物と、約三年半も暮らしてきた。

 精神的な苦痛は相当のものだったはずだ。


「あ、あの、サンドラさんの叔父さんの中身が異世界転生執行官になってしまったのが事実だとして、どうしてそんなことが?」


 麻耶は、目を伏せているサンドラではなく、向かいの席の二人に訊ねた。


「ミッシェル殿の肉体に、執行官殿の思念体が格納されたためと考えて間違いないかと」


 ジェラルドの言葉に、麻耶はハッとした。


「思念体の格納? それって、まさか――」


「そう。異世界転生よ」


 シャロンがうなずいた。


「日本の料理を知っていて懐かしんでいたこと。腕輪で表示される空中ディスプレイの文字を日本語に設定していたこと。それらを踏まえれば、執行官殿がこの世界の住人でなかったことは明らか」


 そうだろう。

 しかもそれは、驚愕の事実を意味する。


「つまり異世界転生執行官は、私と同じ世界からやってきた、日本人の異世界転生者ということですか?」


 ジェラルドとシャロンがうなずいた。


 サンドラは、目を伏せたままだった。


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