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2ー7 料理動画

※2ー7は和食というタイトルで別の内容だったのですが、書き直しました。

以前に読んでくださった方、申し訳ありません。


 特に食前の祈りなどはなく、食事が始まった。


 麻耶の隣の席には、サンドラが座っている。


「あまり時間も掛けられなくて、ごちそうというほどのものは作れなかったわ」


「そんなことないわよ。豪勢じゃない」


「その上に美味」


 テーブル向かい側のシャロンとジェラルドの食は進んでいるようだ。


 そう。サンドラの作ってくれた料理は申し分ない。


 だが、麻耶は強烈な違和感を覚えていた。

 テーブルに並んでいる料理が、良く知っているものばかりだからだ。


 鶏のから揚げ。

 フライドポテト。

 ピザ。


 ここまではまだいい。


 白米。

 味噌汁。

 焼き魚。


 和食だ。

 そして他の三人がナイフとフォークを使っているのに対し、麻耶は箸を持たされてもいる。


「あの、この世界のこの地方って、こういう料理が一般的なんですか?」


「そんなわけないでしょ。日本人の麻耶に合わせて作ったのよ」


「ですよね。ありがとうございます。美味しいです。味噌や醤油まで使っていますよね? 売っているんですか?」


「交易が盛んなソラナダには様々な食材が集まるけど、さすがに味噌や醤油まで売ってないわ。だから自家製」


「凄いです」


 日本でも自家製している家庭はほとんどないだろう。


「最初にサンドラに出されたときは駄目だったけど、慣れると美味しいわよね」


「味わい深い」


 シャロンとジェラルドも、もう抵抗がなくなっているらしい。

 サンドラが日本の料理を作ったのが初めてではないことは確かだ。


「それにしても、日本の料理や調味料の作り方はどうやって調べたんですか?」


「実際に見せた方が早いわね。腕輪を着けてみて」


 麻耶は言われた通り、脇に置いてあった腕輪を左手に嵌めた。


 サンドラも外してあったペンダントを首に掛け直し、宝石の部分を握った。


 すると空中ディスプレイが表示された。


『はい。それでは、美味しいお味噌汁を作りましょう。まずお鍋に水を入れて、10分以上昆布をつけておきます。それから10分ほど中火で加熱。昆布を取り出したら、お湯を沸騰させてから止めて鰹節を入れて――』


 空中ディスプレイの中で動画が再生されている。

 音声解説だけでなく、字幕も日本語だ。

 麻耶は唖然としていた。


「これは、料理動画?」


「そういう名前らしいわね。日本の料理の作り方はこれで覚えたの。他の料理の動画もあるわよ」


 サンドラが再生を終えて、動画の一覧をスライドさせはじめた。

 なじみのある料理の作り方の解説の動画が並んでいる。

 一覧には動画以外のものも含まれているようだ。


「味噌や醤油の作り方の解説サイトというのも見たわ」


 サンドラが醤油の作り方の解説サイトを開いた。

 写真入りの文章が表示されている。

 醤油の製法の説明のサイトだ。


「私のペンダントには姿を変えるような力はないけど、こういうのを見る機能が割り振られているの」


 サンドラはそう言うと、空中ディスプレイを閉じた。


「このペンダントは異世界転生執行官に渡されたの。そして動画を見せながら、こういうのも食べたいと言い出したのよ」


「異世界転生執行官が、日本の料理を食べたがって――」


「ええ。それ以前は、こちらの世界の料理ばかり出していたから」


 異世界転生執行官の料理の嗜好より気になったことがある。


「サンドラさんは、異世界転生執行官の食事を作っていたんですか?」


「そうよ。言ったでしょう? 私は、異世界転生執行官の世話係のようなものだって」


 確かに言っていた。


「料理はここで作って、異世界転生の間に届けて?」


「違うわよ。あいつもここで暮らしていたもの」


「サンドラさんの家で、異世界転生執行官が暮らしていた?」


「家主は叔父さんだもの」


 麻耶は絵画に視線を移した。


 ここで暮らしていたのは、サンドラと叔父夫婦だけのはずだ。

 だが叔父もその妻も、もう亡くなったはずだ。

 それなのに家主はサンドラではなく叔父。


 その家で異世界転生執行官が暮らしていたということは――。


「ま、まさか異世界転生執行官は、サンドラさんの叔父様?」


 サンドラが不機嫌そうに横を向いた。


 麻耶の背中を、冷たい汗が伝った。


「すみません。本当にすみません。私はサンドラさんの叔父様に、重傷を負わせてしまいました。いえ、叔父様はもう亡くなったと聞きました。つまり、本当は助からなかったということなんですよね? 私、人殺しに――」


「あー、もう。うるさいわね。違うわよ。落ち着きなさいよ」


 サンドラがテーブルを軽く叩いた。


「サンドラ殿には伝えたが、執行官殿は一命を取り留めた。もう峠も超えている。完全回復には時間が掛かるかもしれないが、もう峠も超えている。安心めされよ」


「私たちが知る中で、屈指の回復魔法の使い手に治療を任せているわ。大丈夫よ」


 ジェラルド、シャロンが宥めるように言ってきた。


 異世界転生執行官が亡くなったというのは麻耶の誤解なのか。

 だが、サンドラの叔父は亡くなっていると確かに聞いた。


「大体、あの執行官みたいな奴と私の叔父さんを一緒にしないで。たとえ体は叔父さんだとしても」


 麻耶は混乱していた。


「サンドラ。順を追って話してあげないと、麻耶には分からないわよ」


 シャロンが苦笑した。


「ミッシェル叔父さんがどういう人だったのかというところから話してあげるから、ちゃんと聞きなさいよね」


 サンドラが鼻を鳴らした。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 サンドラの叔父はミッシェルという名前なのだという。

 ソラナダではなく貧しい農村の生まれで、年季奉公に出されたそうだ。


 困窮のあまり、家族がいくらかの金銭と引き換えに子供を労働者として数年間預ける制度で、この世界では珍しいことではないらしい。


 劣悪な労働環境に置かれることがほとんどだが、ミッシェルは運が良かった。

 ソラナダで交易業を営んでいる豪商に預けられ、気に入られて出世したのだという。


 奉公期間を終えた後もその豪商の元で働き続けて資金を蓄え、やがて独立した。

 順調に利益を上げて交易船を所有するまでになり、若くしてこの屋敷を構える程の財産を築いた。


 両親と農村に残って結婚した妹、つまりサンドラの母親には資金援助もしてもいたようだ。


 だがサンドラが7歳のとき、農村には流行り病が蔓延するという不幸が訪れる。

 そのせいで父母も妹夫婦も亡くなってしまった。


 ミッシェルは姪のサンドラを引き取った。

 両親を亡くしたサンドラに優しく接し、このソラナダの屋敷で不自由のない暮らしをさせてくれたそうだ。

 将来に役立つようにと、読み書きや計算なども教えてくれたらしい。


 ただし交易のために長期間ソラナダを離れることも多く、子供のサンドラを一人にしておくわけにはいかないので、住み込みのメイドを雇ったのだという。


 あの絵に描かれているナタリーという女性だ。

 ナタリーはギルドを通して採用されたが、あまり自分の過去を語ろうとはしなかったそうだ。

 風の噂によれば、ある貴族にメイドとして仕えていたものの、そこでの酷い扱いに耐えかねて逃げ出し、自由都市のソラナダにやってきたらしかった。


 過去はどうあれ、ナタリーはしっかりとサンドラの面倒を見てくれたそうだ。


 ミッシェルとナタリーの関係もだんだんと親密になり、サンドラが10歳の時に二人は結婚した。


 その2年後にナタリーはミッシェルの子を身籠った。

 あの絵画は、その頃に腕のいい肖像画家に依頼して描かれた。

 それこそ絵に描いたような幸せな一家だった。


 ところが、あの絵が完成した頃に悲劇が起こる。

 交易のためにミッシェルが遠征に出発した後に、ナタリーの容体が一変し、母子ともに帰らぬ人となってしまった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「それは、言葉がみつからないです」


 絵の中の幸せな様子が、逆に痛ましかった。


「言っておくけど、ナタリー母様に無理なんてさせなかったわよ。それ以前から手伝ってはいたけど、お腹が大きくなってからは、料理も家事も全部私がやったもの」


「無論、サンドラ殿のせいではない。残念ながらこの世界の医療はそれほど発達しておらず、母子ともに妊娠、出産で命を落としてしまうことは珍しくはない」


「人間はほとんど魔法を使えないから、優れた回復魔法の使い手を連れてくるのも、不可能に近いわ」


 手の打ちようがなかったのだろう。


「帰って来たミッシェル叔父さんも、私を責めたりはしなかったけれど、どうしようもないくらい落ち込んでしまったわ。そして、朝から屋敷でお酒を飲み始めて、夜には酒場に出掛けていくような生活を繰り返すようになってしまったの。以前は適量しか飲まなかったのに」


 悲しみのあまり、酒浸りの日々を送るようになってしまったらしい。


「私が止めても全然駄目だったわ。事業も交易船も、全部人に売ってしまって、全く働かなくなってしまったし」


 サンドラの表情が曇った。


「そういう荒んだ生活を送ってしばらく経った頃、今から三年半くらい前だったかしら。冬だったのを覚えているわ。叔父さんがこの屋敷に担ぎ込まれてきたの。酒場で飲んでいるうちに酔いつぶれてしまって、いくら起こそうとしても全然目を覚まさないってね」


「そんなことが。大丈夫だったんですか?」


「朝になっても目を覚まさなかったわ。それに、酷いいびきをかいていたの。お医者さんにみてもらったけれど、こういう場合、もう意識は戻らないだろう、そのまま亡くなることがほとんどだと言われたわ」


 おそらく、アルコールの過剰摂取による脳卒中だ。

 この世界の医療で救うのは難しいだろう。


「だけど叔父さんは、夕方になって急に目を覚まして起き上がったの」


「助かったんですね?」


「いいえ。ミッシェル叔父さんは亡くなったわ」


 意味が分からない。


「体はミッシェル叔父さんでも、あの異世界転生執行官に中身が変わってしまったの。料理動画を見せてきたのも、そうなった後のことよ」


 サンドラが忌々しそうに呟いた。

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