2ー6 絵画
サンドラが少しあたりを見回した。
「ジェラルドは?」
麻耶とシャロンしかいないことに気付いたらしい。
「来るとは言っていたけど、一度帰ったわ」
「なら狭間の闇から来るはずね。上がって」
サンドラに招き入れられ、屋敷の玄関に入った。
「どうも、お邪魔します」
「楽にしていいわよ。シャロン、麻耶を食事用の部屋に案内してあげて」
「分かったわ」
「私は料理を運ぶから。手伝わなくていいわよ」
サンドラは靴からスリッパに履き替えると、屋敷の奥へと消えて行った。
シャロンもブーツを脱いでいる。
「室内も靴で過ごすものだと思っていました」
「この辺りの地域では、普通はそうよ。私もサンドラの家で初めて見たもの。このスリッパという履き物」
シャロンがラックからスリッパを二足取り出した。足を通している。
麻耶も靴から出してもらったスリッパに履き替えた。
「私のマント、そこに掛けておいて」
「あ、はい。ありがとうございました」
麻耶はマントを脱いでコートラックに掛けた。
不意にノック音が響いた。
玄関の扉ではなく、家の中から聞こえた気がする。
「開けていただけるか?」
ジェラルドの声だ。
「私が開けるわ。スリッパも持って行くから」
シャロンが声を張り上げてスリッパを一足取った。
廊下を進み始めたシャロンに麻耶も続いた。
台所の前を通り過ぎるとき、中からサンドラがこちらを見ていた。
突き当りのドアの中から、またノック音が聞こえた。
「はいはい」
シャロンがドアに近づき、スリッパを置いてスライド状の鍵を開けた。
トイレなどとは逆で、外側に鍵がつけられているのが少し意外だった。
ドアが開いて、長身の男性が出てきた。
顔立ちは若く整っており、髪は肩あたりまでの長さの銀髪だ。
スリッパに足を通している。
「お手数をお掛けした」
声は間違いなくジェラルドだ。
テンプルのないメガネをかけてもいる。
だが、頭がドラゴンの形状ではなく人間と同じになっている。
尾も消えているようだ。
「シャロン殿から聞いたと思うが、道具の力で人間と同じ姿になれる」
ジェラルドが左手の甲をこちらに向けると、薬指の指輪がキラリと光った。
「あ、はい。聞きました」
ジェラルドは甲冑から普段着のような服装に着替えてもいる。
武人然としたイメージが薄れて、22歳という年齢に違和感がなくなっていた。
「それにしてもジェラルドさんは、この部屋で何を?」
ジェラルドの向こうの部屋は物置部屋のように見える。
普通、客が入るような場所ではない。
「この部屋には座標が打ってあり、狭間の闇からでも正確な場所が分かるようになっている」
「ああ、なるほど」
ジェラルドは、狭間の闇から直接この家の部屋に移動したらしい。
さきほどサンドラもそう言っていた。
「サンドラ殿は?」
「台所で準備をしてくれているわ」
「では挨拶を」
「私たちはこっちよ」
シャロンと二人で別の部屋に入った。
部屋の中心に、テーブルクロスの敷かれた8人用くらいのテーブルがある。
シャロンに促されて席についたとき、気付いたことがあった。
正面の壁に、絵画が掛けられている。
緻密な絵画で、まるで写真のようだった。
幸せそうな三人家族が描かれている。
全員が着飾っており、記念写真のような意味合いで描かれたものなのかもしれない。
まず、ソファーに座っている二十代半ばくらいの女性に目をひかれた。
妊娠中らしく、かなりお腹が大きい。
そして隣に座っている娘らしき女の子の手を取り、自分のお腹に触らせている。
慈愛に満ちた美しい微笑みを娘に向けていた。
その娘は、はにかんだような表情で母親のお腹を見つめている。
10歳くらいの黒髪の少女で、昔のサンドラに間違いなさそうだ。
今のサンドラが小柄でやや幼く見えるとから考えると、絵に描かれたときの年齢はもう少し上かもしれない。
二人掛けのソファーの後ろには、父親らしき男が立っている。
ソファーの背に手を置いて、カメラ目線のように真っすぐ前を見て笑みを浮かべている。
30歳前後の好青年といった感じだ。
「絵の中のサンドラ、可愛いでしょ?」
シャロンも隣の席に座って絵を見つめている。
「やっぱりサンドラさんだったんですね。はい、可愛いです。それになんというか、明るい感じがするというか」
「そうね」
母親らしき女性のお腹を見つめるサンドラの目は、どこか嬉しそうだ。
ジェラルドも部屋に入ってきて、絵に視線を送った。
「他の二人は、サンドラさんのご両親ですよね?」
「正確にはサンドラ殿のご両親ではなく、叔父夫婦にあたる」
「えっ、そうなんですか?」
「サンドラは早くにご両親を亡くしているの。それで、叔父さんのこの家に引き取られたそうよ」
「それはお気の毒に。ただ、叔父夫婦のお二人が、サンドラさんに優しく接していそうに見えるのは救いというか」
「優しかったと聞いている。叔父上だけでなく、血の繋がっていない奥方も」
「サンドラにお腹を触らせながら、『あなたの妹か弟なのよ』と、何度も言ったと聞いたわ」
心温まるような話だ。
サンドラも悲しみに暮れているようには見えない。
叔父夫婦から愛情を注がれていたのは間違いなさそうだ。
「お二人は、ご在宅ではないのですか?」
「残念なことに、叔父夫婦のお二人も、もう亡くなられている」
胸を突かれた。
サンドラは16歳という年齢で、相当に辛い経験をしてきたようだ。
「お待たせ」
サンドラが、配膳ワゴンを押しながら部屋に入って来た。
全員でテーブルの上に料理を乗せた。
麻耶はその途中で、サンドラの様子を何度かうかがった。
絵の中の昔と違って、やはりどこか冷めた瞳をしていると感じた。




