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2ー3 異世界の現世へ


 麻耶はシャロンと共に、青い門の前に移動した。


「予定外の仕事が入ってしまったわね」


「でも、送出の仕事の様子が分かってよかったです」


「そうね。さあ。私たちの世界に案内するわ」


「お願いします」


 シャロンに続いて青い門を通り抜けた。

 麻耶が門を閉めて、狭間の闇を二人で歩き始めた。


「そういえば、門に鍵とかを掛けなくていいんでしょうか?」


「腕輪やイヤリングが鍵代わりよ。身に着けていないと、青い門も赤い門も開けられないの。仮に現世(げんせ)、普通の世界から人や思念体が狭間の闇に迷い込んだとしても、異世界転生の間には入れないわ」


「そうだったんですね」


 腕輪で表示させた空中ディスプレイを操作したとき、門の開閉が自動で行われる場面があった。手動の場合も腕輪などの道具が必要らしい。


「言っていなかったけれど、思念体が見えるのも道具の効果よ。見えないと、異世界転生の仕事はできないから」


「確かに。それが道具の力だとは思っていませんでしたけど」


「もっとも、いわゆる霊感が強い人や、修行を積んだ宗教者や呪術師は自力で見ることができるらしいわ」


 少し不安に駆られた。


「あの、もしかして腕輪を付けて普通の世界に行くと、過去に亡くなった人の思念体が無数に漂っているのが見えるとか?」


「大丈夫よ。変声モードと同じように、見える、見えないは切り替えられるわ。それにほとんどの思念体は、肉体の死と同時に消滅するの。もしかしたら天に召されるのかもしれないけれど、道具を使おうと霊感が強かろうと、決して見えない状態になる」


 思念体も不滅ではないらしい。


「でもこれまで見てきたように、肉体を離れてもすぐには消滅しない思念体も稀に存在するの。日本語だと、成仏できていないというのかしら。そういった思念体を呼び寄せの灯火で狭間の闇に引き込んで、転生させているのでしょうね」


 話しながら1、2分歩いただろうか。

 小さな星のような光が近くにいくつも見え始めた。

 さきほど思念体の軌跡をたどって歩いて来たところらしい。

 それぞれの光は、少しずつ色が違うようだ。


「星のような光は、そこが現世のどの位置なのか分かるようにするための目印よ。あの緑色の光のところに行きましょう」


 言われるままに緑色の光のすぐ近くにきた。


「このまましばらく待っていてもいいのだけど、道具に触れながら『現世へ』と唱えれば、すぐに狭間の闇を抜けて普通の世界に行けるわ。やってみて」


 麻耶はうなずいて左手首の腕輪に反対の手で触れた。


「現世へ」


 不意にまばゆい光に包まれた。


 気が付くと、目の前に岩と土が混じったような隆起のある場所にいた。


 隆起より高い場所に木の枝が伸びていることに気付いた。

 振り返ると大きな木があった。

 木を半円のような形状の隆起が囲んでいるようだ。


 隆起や木のせいで日陰になってはいるが、割と明るい場所にいる。

 狭間の闇ではなく、転生先の世界に来たようだ。


 だがシャロンがいない。

 少し待ったが、現れる気配がない。


 仕方なく、木の横を通り抜けて隆起の半円から出た。

 夕日に染まった下り斜面の草原が広がっている。

 その向こうには森、そして山々が見えた。


「お待たせ」


 後ろからシャロンの声がした。


「あの緑色の光の地点からだと、そこに出られるの。あまり人に見られてしまう心配をせずに、狭間の闇と出入りができる場所よ」


「隆起や木の死角になっていますものね」


 シャロンと一緒に隆起の方を見ながら言った。


「出入りと言うことは、こちらから狭間の闇にも行けるんですよね?」


「道具に触れながら『狭間の闇へ』と唱えればね。ただし、狭間の闇に目印をつけてあった場所でなないと無理なの。呼び寄せの篝火にひき寄せられている思念体とは、勝手が違うみたいね」


「はあ」


「それから、二人以上で狭間の闇と行き来する場合、先の人は移動して場所を空けるようにしてね。行先が塞がっていると、後の人が出入りできないから」


「シャロンさんがしばらく現れなかったのは、それで。失礼しました」


「いいのよ。それよりこっちへ」


 シャロンに案内されて、隆起の側面に回った。

 そちら側も、なだらかな下りの傾斜の草原になっていた。

 小高い丘の上だったらしい。

 草原の先には海が広がっていた。


 狭間の闇は、本当に普通の世界とは縮尺が違うらしい。

 1、2分歩いただけでは、岸からここへ来ることさえできないだろう。


 夕日に照らされいる海に、帆船が何艘か見えた。

 それは、この丘を右手に下った先の港街に向かっているようだった。

 シャロンがその方向を指さした。


「あれが狭間の闇から見た街、ソラナダよ」


 かなり大きい港街だ。レンガや石造りの中世ヨーロッパ風の街並みのようだった。海側を除いて、街を囲むように壁も張り巡らされている。

 街の向こう側は大きな河だった。街に隣接した大河が、海にまで流れ込んでいる。その河にも船が浮かんでいるようだ。


「ソラナダの街に直接移動することもできたのだけど、景色が見渡せるような場所に案内したかったの。どうかしら?」


 潮風を感じた。港街までの草原がざわめいた。


「いい景色ですね。見られて良かったです。ありがとうございます」


 礼を言ったが、シャロンは少し難しそうな顔をしていた。


「あの街だけでも人口は膨大。たくさんの人々が生きていて、そして亡くなっていく。できれば違う世界に行きたいと願いながら亡くなる人も、かなり多いはずだわ。それなのに呼び寄せの篝火にひき寄せられて転生するのは、ほんの一握り」


 シャロンが真っすぐに麻耶を見つめてきた。


「死んでしまえば、元の世界に転生できるなどと考えては駄目よ」


「大丈夫です。自殺するつもりなんて、ありません」


 麻耶がきっぱりと言い放つと、シャロンが満足そうにうなずいた。


「元いた世界が恋しくなることもあるでしょうけど、私たちの世界も、捨てたものではないと思うわ」


 シャロンは不意に、指先に小さな水球を作り出した。


 さらさらと指を動かしていく。

 水球も合わせて動いているが、空中に少しずつ水が残っていく。

 指の動きが止まった時、水で書かれた文字が浮かんでいた。


『異世界へようこそ。マヤ』


 『異世界』の部分は漢字だった。

 だが、『へようこそ』は、実際には見たこともない文字だった。

 それでも意味が分かる。

 『マヤ』の部分もそうだ。ローマ字のように『マヤ』の音をあらわしている文字だということが理解できた。


「読めるかしら?」


「『異世界へようこそ。マヤ』ですか?」


「ご名答。名前は、こっちの世界の文字で許して。私、漢字が苦手なのよ。『異世界』はさすがに覚えたけどね」


 麻耶を歓迎して書いてくれたことが伝わって来て、胸が熱くなった。


「ありがとうございます」


 シャロンが微笑みながら手を下ろした。


 そのとき、風が強く吹いた。

 水で書かれた文字が、風に運ばれていく。


 水滴が飛沫のように霧のようになって、夕暮れの草原へと消えていった。


 それを見つめながら、自分は本当に異世界に来たのだと思った。


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