2ー2 赤い門の向こう側
麻耶は、シャロンと一緒に机に囲まれた場所に移動した。
シャロンの指示通り空中ディスプレイを表示させて『送出転生者一覧』を選択してみた。
『No /氏名 /転生開始年月日 /送出完了年月日 』
『071/未確認 /未 /未 』
リストの『071』の行をタップすると、フローチャートが表示された。
その一番上、『異世界転生の間への迎え入れ』を実行した。
すると青い門の扉が開いて、さきほどの思念体が入ってきた。
思念体は三つの机の中央、思念体招来位置で止まった。
「あっ、私、顔を隠していないです」
「大丈夫よ。思念体は、亡くなってしばらくの間は意識がハッキリとはしなくて、意思の疎通も難しいことがほとんどだから」
確かに思念体の麻耶たちに対する反応はない。
作業を続けても大丈夫そうだ。
フローチャートの二番目、『思念体スキャン』をタップした。
思念体の下の床から光が立ち昇り、画面にポップアップが表示された。
『スキャン完了』
『送出転生者と認定。情報表示』
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送出転生者No.071/デイビット
転生開始時刻 /67年08月10日18時15分
転生元の世界からの出発時刻/未
転生先の世界への到着時刻 /未(出発時刻の約7時間後予定)
転生完了時刻 /未
ソラナダ人男性
享年70歳
老衰
戦士として武勲を上げることが可能な戦乱の世界への異世界転生を希望。
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思念体から読み取ったらしき情報が表示されている。
転生開始時刻は現在時刻だ。
「表示されている内容の大体は分かるのですが、ソラナダ人男性というのは?」
「ソラナダは、さっき見たあの街の名前よ」
「ああ」
「でも、わざわざあの街まで確認しに行かなくても良かったみだいだわ。この人、自分が亡くなったと自覚しているもの。ごめんなさいね」
「あ。いえいえ。ですが、もし亡くなった自覚がない場合――」
「本人が認識していないことは、分からない場合もあるわ。あくまで思念体から情報を読み取っているだけだから」
「なるほど」
「とにかく、次の『送出可能確認』も完了にできるわね」
三番目の『送出可能確認』をタップしてそのようにした。
「私たちの世界から、別の世界に異世界転生させる『送出』、さっきの『受入』とは逆のパターンがあるのは分かってくれた?」
「はい。最後は、『異世界への送出』ですね?」
「それも実行しても大丈夫よ」
実行すると思念体の下の床が光った。
『異世界への送出開始。転生元の世界からの出発時刻確定。時刻に67年08月10日18時18分を設定』
ディスプレイにポップアップが表示された。
そして、思念体が門の方に移動を始めた。
「ちょっと見に行ってみましょうか」
空中ディスプレイを閉じて思念体に続いた。
青い門はいつの間にか閉じている。
逆に赤い門が向こうに向かって全開になっていた。
思念体の後を追って赤い門を抜けた。
門と同じ幅で白い床が十メートルほど先にまで続いている。
その中心には篝火もある。
青い門の向こうと同じだが、灯火の色が違った。血のような赤さだ。
そして、白い床の周りが暗闇とは少し違う。
宇宙の星空のような広大な空間が広がっている。
「この空間は、亜空間と呼ばれているわ」
「亜空間。その先には、もしかして」
「この思念体の転生先の異世界があるはずよ」
思念体が白い床を離れて、ゆっくりと亜空間を移動し始めた。
少し進んだところで、流星のように一気に飛び去った。
「あの思念体は、元々私がいた世界に旅立ったということですよね?」
「行先は違うと思うわ。この世界と日本がある世界の間の移動時間は10時間くらいだけど、もっと短い時間が表示されていたでしょう?」
「そういえば」
麻耶は空中ディスプレイを表示させて確認してみた。
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転生元の世界からの出発時刻/67年08月10日18時18分
転生先の世界への到着時刻 /未(出発時刻の約7時間後予定)
転生完了時刻 /未
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出発時刻が入力されている。
その到着時刻は『未』で『出発時刻の約7時間後予定』のままだ。
「約7時間後に到着する異世界があるということですか? こことも、私がいた世界とも別の――。つまり世界は三つ以上ある?」
「ええ。無数にあるのだと思う」
「だとしたら、行先の世界はどうやって決まるのでしょうか?」
「異世界転生執行官に決定権がないのは確かね。行先の世界のことは何も決めなかったでしょう?」
「はい。思念体に希望を訊ねたりもしなかったですし。ですが、『戦士として武勲を上げることが可能な戦乱の世界への異世界転生を希望』と表示されましたよね?」
「ええ。多分だけど、思念体から読み取った情報を元に、希望に該当するような世界を上位の存在が選んでいるのだと思うわ」
「だから思念体のスキャンを。ということは、あの思念体は――」
「おそらく、戦士として手柄を上げるチャンスが巡って来る可能性のある、戦乱状態の異世界に向かって移動しているはずよ。実際にそういう世界に行ったとしたら、割と平和なこちらの世界の方が良かったと思う気もするけれど、無いものねだりかしらね」
シャロンと一緒に視線を上げて亜空間を見渡した。
思念体は、もうとっくに見えなくなっている。
「さあ。忘れないうちに、『送出』に『完了』を設定しておいて」
「分かりました」
空中ディスプレイを操作し、『転生送出』を『完了』に設定した。
「完了にできましたけど、いいんでしょうか? 転生先への到着は『未』なのに」
「受け入れは、向こうの世界の異世界転生執行官の仕事、ということなのでしょうね」
シャロンの言葉に、麻耶は驚いていた。
「異世界転生執行官は、各世界ごとにいるということですか?」
「そのはずよ。もっとも、別の世界に行ったことはないから推測に過ぎないけれどね。でもかつての送出転生者の転生は完了して完了時刻も設定されているの」
「だとすると、今日私がやったような受け入れを、転生先の世界の誰かがやっているということになりますよね。その推測、間違っていないと思います」
「ええ。異世界転生の間や送出転生者を招き寄せる狭間の闇も、世界ごとにあるということなのでしょうね」
シャロンは語り続けた。
「ジェラルド君が言っていたわ。亜空間は海のようなもの。異世界転生の間は各世界の入口の港のようなもの。そして異世界転生執行官は、それぞれの港の責任者のようなものではないかとね」
「港の責任者、ですか? 替え玉をやっている身としては、ちょっと気が楽になりました」
「神様や全世界の統治者の替え玉というわけではないわ。心配しないで」
シャロンが少し笑ってから神妙な顔つきになった。
「異世界転生執行官は、転生者も転生先の世界も選べない。だから残念だけど、麻耶を元の世界に戻すような転生をさせることはできないの」
「そう、みたいですね」
あの異世界転生執行官も、元の世界には戻せないと言っていた。
受け入れるしかないのだろう。
「それにこの広大な亜空間のどこにあるかも分からない元の世界に、自力で帰ることも不可能でしょうし」
「そうね。しかも亜空間は――」
シャロンが右手を前に突き出し、バレーボールほどの大きさの水球を作り出して、亜空間に向かって放った。
水球は十数メートルほど進んだ所で、ブラックホールのようなものに変化し、そして消滅した。
「物質を消滅させてしまうの。思念体とちがって実体のある肉体で亜空間に飛び出したりしたら、今の水球と同じようになってしまうはずよ」
どうやっても元の世界には帰れそうにないが、こちらの世界に留まる理由ができている。
「いいんです。替え玉も引き受けましたし」
シャロンがうなずいて篝火に視線を向けた。
「この篝火は、思念体の送出先の目印なのでしょうね。つまり各世界の入り口の港の灯台替わり」
麻耶は、赤い篝火を見つめた。
そうしているうちに思い出したことがあった。
思念体の状態で、元の世界から旅立つ瞬間の記憶だ。
篝火の脇を通り抜けて亜空間をゆっくり進み始めたとき、別の思念体とすれ違ったことをうっすらと覚えている。
その記憶が正しいとすれば、麻耶のいた世界に誰かが転生してきたということだ。
すれ違った思念体は女性だった気がする。
しかもあの瞬間、何かが記憶を刺した気がした。
駄目だ。微かに覚えているが、はっきりとは思い出せない。
「そろそろ戻りましょう」
何かが引っかかったままだったが、シャロンの後を追って赤い門から異世界転生の間へと戻った。




