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2ー1 青い門の向こう側


 何はともあれ、麻耶の異世界転生執行官としての初仕事は終わった。


 両脇に立っているシャロンとジェラルドのように、麻耶も席から腰を上げた。


「次の転生者が来る予定、なかったわよね?」


「今のところは。これ以上、この異世界転生の間で待機している必要はないかと」


「でも、サンドラの家に行くのは早いかもしれないわね」


「確かに。あまり時間は経っておらず、まだ料理の途中だと思われる」


「前に手伝おうとしたときなんて、邪魔だと言われてしまったものね。となると――」


 シャロンが少し考え込む様子を見せた。


「そうだわ。私たちの世界の様子を、麻耶に見てもらうのはどうかしら?」


「しかし、麻耶殿はお疲れではないかな?」


「大丈夫です。もし良ければ願いします」


 体力的にはそこまで疲れていない。

 それに異世界の様子に興味がある。


「では――、しまった」


 ジェラルドは、途中で何かを思い出したようだった。


「麻耶のことは私に任せて。ジェラルド君は一度帰ってもらっていいわよ」


 麻耶もうなずいた。


「かたじけない。では後ほど」


 ジェラルドが遠ざかっていく。


「許してあげて。ジェラルド君、色々と忙しい身なのよ」


「それは構いませんが。ところでシャロンさんは、ジェラルドさんのこと、君付けで呼んでいるんですね」


「彼、22歳と若いから。ああ。竜人の寿命や老化のスピードは大体人間と同じよ」

 

 麻耶より年下だったことに驚いていると、ジェラルドが青い門から出て行った。


「そういえば、竜人というのはどういう種族なんでしょうか?」


「そうねえ。種族の特徴を一言で言えば、『強い』かしら。とにかく体が強靭なの。外見が人間に近い亜人種の中では、肉弾戦は最強かもね」


「そんなに強いんですか?」


「もちろん個人差はあるけれどね。でも標準的な強さの人間と竜人が素手同士で戦ったとしたら、まず人間に勝ち目はないと思うわ」


 そういえばジェラルドはかなり大柄で、力も強そうだ。

 マントをそれほど苦労する様子もなく引きちぎっていたし、異世界転生執行官を軽々と抱きかかえていた。

 しかもシャロンはジェラルドのことを頭脳派とも言っていた。


「頭脳派の上に強いなんて、ジェラルドさん、ハイスペックですね」


「え、ええ。そうね」


 シャロンが動揺したように見えたのは気のせいだろうか。

 そう思っていると、シャロンが机の上の帽子やマスクを取って手提げカゴに入れ始めた。あれにはサンダルも入れてある。持ってくれるようだ。


「さあ。行くわよ」


 青い門の前に移動すると、シャロンが扉の片方を押して、開いた門を潜った。

 麻耶は続いて外に出た。


 外は一面がほとんど暗闇だった。床も含めてだ。


 ただし白い床が、門と同じ幅で十メートルほど先にまで続いている。

 異世界転生の間から漏れ出した光のようにも見えるが、門は右側が少し開かれているだけだ。白い床の幅は、明らかにそれより広い。

 それに門の扉を閉じても、床は白いままだった。


 白い床の中心には、三脚に乗せられた青白い篝火(かがりび)が置かれている。

 篝火に照らされた範囲が白く見えているというわけでもなさそうだった。

 白く見える範囲は、円形ではなく長方形だ。


 シャロンが門を閉めて白い床の長方形の端、暗闇のすぐ手前まで移動した。

 麻耶も隣に立ってあたりを見渡した。


 ところどころ点のような光が見えるものの、暗闇の空間が広がっている。


「ここが、シャロンさんたちの住んでいる世界なんですか?」


「ちょっと違うわね。ここは『狭間(はざま)の闇』」


「狭間の闇?」


「私たちの世界と折り重なった場所なの」


「折り重なった?」


「この白い床までは、異世界転生の間の延長よ。だけどこの先はね――」


 シャロンがイヤリングに触れた。

 その途端、白い床のすぐ外の暗闇の地面に、直径一メートルほどの円形の光が現れた。

 上から覗いてみると、だいぶ下に水たまりのようなものが見えた。


「水たまり?」


「この方が分かりやすいかしら」


 円形の光が前方の空中に移動した。

 その中には海が、さらにその先の陸地が見えるようになっている。

 沿岸には港街らしきものもあり、沖の船から陸を見ているような光景だった。


「道具の力で出現させた光の中に見えているのが、私たちの住んでいる世界よ」


「海の沿岸に、街が見えますね」


「私やジェラルド君、それにサンドラも、あの街で暮らしているの」


 シャロンがイヤリングから手を離すと、中の景色と共に円形の光が消えた。


「狭間の闇なら、普通の世界が海の上の場所でも、歩くことができるわ」


 シャロンは闇の床の上を、円を描くように歩いてみせてくれた。


 麻耶も恐る恐る闇の中に両足を踏み出してみた。

 普通に地面の感触がある。


「ただしさっき言ったように、狭間の闇は普通の世界と折り重なっているの。長い時間同じ場所に留まっていると、普通の世界に出てしまうのよ」


「そうなんですか?」


「ええ。さっき捨てた水も、もう消えているしね。そこは駄目よ。陸地とかなり離れた海に落ちてしまうわ」


 麻耶は慌てて、シャロンと同じように白い床の上に戻った。


「狭間の闇とシャロンさんたちの世界と折り重なっているという意味が、少し分かった気がします。転生者は、狭間の闇から、さっき光の中で見たような世界へと旅立って行くんですね?」


「そうね。逆もあるのだけど」


「逆?」


「来たみたい」


 闇の中から幽霊のようなものが近づいてくる。


「あれはもしかして、思念体?」


「そう。私たちの世界で暮らしていた誰かの思念体。その『呼び寄せの篝火』にひかれてやってくるみたい」


「呼び寄せの篝火?」


「その篝火は、肉体から離れた思念体を狭間の闇に引き入れて呼び寄せる効果があるらしいの。誰も彼もというわけではなくて、異世界転生したがっている思念体だけを呼び寄せているようなのだけど」


「異世界転生したがっている思念体だけを、呼び寄せる――」


 やがて思念体は白い床に入ってくると、篝火の前で止まった。

 どうも男性の思念体らしい。


 不意に腕輪が振動したので、空中ディスプレイを表示させた。


『送出転生者の思念体、門外に到着。待機状態』


 ポップアップが表示されている。


送出(そうしゅつ)転生者?」


「ええ。ちょっと確認して欲しいことがあるのだけど」


 シャロンの指示で『思念体のルート表示』を選択した。

 スマホの写真アプリのように、画面にはディスプレイの向こう側の景色が映し出されている。

 ディスプレイを思念体に向けると、枠線のようなものが思念体を囲んだ。


『思念体、確認。ルート表示実行』


 思念体のいる場所の床から、点線のガイド灯のようなものが伸び始めた。

 暗闇の先に向かって伸び続けている。


「あの思念体の通った軌跡が分かる機能よ。行ってみましょう」


 シャロンが闇の中をガイド灯に沿って歩き出した。

 麻耶も空中ディスプレイを消して続いた。


 1分ほど歩いただろうか。

 ガイド灯の終端へとやってきた。


「途切れていますね」


「あの思念体は、ここから狭間の闇へと招き寄せられたということよ。私たちが暮らしている街から来たのね。あたりに、目印の光があるし」


 周囲の宙には、小さな点のような光がいくつか浮かんでいる。


「でも、ちょっとしか歩いていないですよね? あの沿岸の街はもっと遠かった気が」


「狭間の闇は普通の世界とは縮尺が違うの」


 シャロンはそう言うと、ガイド灯の終端の場所にさきほどの円形の光を出現させた。


 円形の光の中に、ベッドに横たわっている老人男性が見えた。

 目を閉じて胸の少し下で手を組んでいる。


 その周りには家族らしき人々もいる。

 全員が中世ヨーロッパ風の恰好をしていた。

 部屋の様子も同時代のもののようだ。


「おじいちゃん、どうして冷たいの?」


「亡くなったからよ。天国に旅立ったの」


「案外、戦乱の世界に行ったのかもな。せっかく平和な時代に生まれたのに、もっと武勲を上げることができる世界に行きたいなんて言っていたし」


 会話を聞いていたシャロンが納得したようにうなずいた。


「うん。間違いなさそうね」


「生前から、異世界転生したがっていたということがですか?」


「それより確認したかったのは、本当に亡くなっているのかということよ。生きている体から思念体が抜け出てしまうことも、ときどきあるみたいだから」


「ひょっとして、幽体離脱ですか?」


「そういう言葉が、日本語にはあるのね」


「ええ、まあ」


「そのユウタイリダツしてしまった思念体を誤って呼び寄せていないか、一応確認することになっているの。生きた体に戻れるはずの思念体を異世界に送出してしまったら大変だものね」


「異世界に送出――」


 麻耶が呟いたとき、円形の光が消えた。


「確認は済んだわ。知らない人の家に出てしまう前にここから離れましょう」


 暗闇の中を、呼び寄せの篝火に向かって歩いた。

 ガイド灯はいつの間にか消えている。


「私たちの世界に行く前に、もう一仕事しなければいけなくなったわ」


 篝火の前の思念体の横を通り過ぎた。


 そして青い門から、異世界の間に戻った。


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