75 : Day -23 : Hamacho
建物のなかは暗かった。
なぜならプラネタリウムだからだ。
現在、「特別展示中」だという。
「……ベルエアってなんだ?」
マフユのつぶやきに、チューヤはびっくりして問い返した。
「おまえベルエア知らんの? ケートとその一味が、超絶熱心に研究してる隕石だろ」
「なんだよチビの関係か、じゃあ知りたくもないな」
「地球を破滅させる恐れのある隕石だぞ!」
思わず叫んで、周囲からの視線が痛かったので、あわてて口を閉ざした。
その手の都市伝説が蔓延していることに乗じて展示をしているのだから、運営側としてもあまり文句を言うべき筋合いではないが、文化施設における常識というものは前提としてある。
月刊『ヌー』は、いつでも危機を煽ってきた。
もちろん地球は壊れない。たぶん、さして痛くもないだろう。かゆいくらいはあるかもしれないが。
文字どおりの意味だ。
恐竜を絶滅させた隕石のときも、べつに地球自体はそれほど痛くもかゆくも感じていなかったと思われる。
地球の気持ちは理解できないのであくまで憶測だが、大量絶滅と学者たちが定義している状況のほとんどは、地球、あるいは太陽系が原因で起こった。
彼ら「無機物」にとっては、その重力圏内に生命が生まれようが、滅びようが、進化しようが、退化しようが、さしたる意味も、たぶん興味もない。
だとすれば、今回の隕石だって特段の意味もない、ただの「よくある訪問者」にすぎないかもしれないではないか。
それをことさら重視する「生命」という倫理と、大宇宙の「常識」が、ときおりぶつかって大炎上。
それも、あくまでこちら側の都合、視点にすぎない。
「なんだよ、おまえ、いま気づいたか?」
嘲弄するように問いをむけるマフユ。
反射的にギクッとするチューヤ。
彼女の「主体」が奈辺にあるか、その検討は真摯に行なわれなければならない、と思った。
「俺は賢くないので、あんまり多くのことには気づけないよ」
鼻白んだように眉根を寄せ、逃げの一手を打ったチューヤを侮蔑的に見下ろす。
「だからバロックにバカにされんだよ、おまえらは。あたしはもう慣れたけどな」
「バロック……ダークウェブの人工知能か」
人類を滅ぼすよ、と言った実験的なAIが出現した瞬間、なかばパニック状態に陥った一部人類。
それはマスコミによる扇動の責任が大きいが、人類の「本能的な恐怖」に根差している事実も看過はできない。
AIが人類に敵対し、その破滅を助けるという論理や物語は、古来あふれかえっている。
民衆にとって一義的には「仕事を奪う」し、マスコミにとっては「ネタの宝庫」だ。
言うまでもないが、AIの意味や価値の評価には立場による異同が大きく、じゅうぶんな知識と判断力が必要とされる。
「あたしらは、バロックの意見が正しいと思えばそうする、それだけだ」
「世界を滅ぼせ、って言ったら?」
にや、と笑うマフユ。チューヤにとって笑顔は愛すべきものだが、今回については多分の違和感がまとわりつく。
「言われなくてもそうするよ」
「ですよね……。けど、自分が少数派ってことは理解してるよな、さすがのマフユも」
するとマフユは、意外に的確なところを突くじゃねえか、とばかり眉根を寄せた。
北の一味、ロキを中心とするダーク連合は全体として犯罪的で、人類にとって「敵」でしかないが、そもそも人類が存在しなければ甘い蜜も吸えない。
ならば、人類を滅ぼす、という結論が出るはずはないのだ。
「最終的にどっちを選ぶか決めるのが、だれかは知らねえよ。それがもしあたしだったら、って考えることはたまにあるさ」
彼女は意外に多くのことを理解している。
チューヤごときが他人を評価するのもおこがましいが、彼女とはうまく付き合えば、だれよりも頼りになる「味方」になりうる気がした。
ただ、簡単にそんなことができれば苦労はなく、サアヤをもってしてもコントロール不能の恐れが高い。
結論からいえば、チューヤにそれをするのは、ほとんど不可能だ。
もしドームで催されたイベントに参加していたら、もうすこしはマフユに寄り添えていたのかもしれないが……。
「そーいやAKVNの活動、最近どうなの?」
マフユはつまらなそうに、場つなぎのようなチューヤの問いを受け流す。
「興味ねえな。おまえと同じだ」
「ない……わけじゃないよ。たしかにドルオタではないけどさ」
鉄オタは、プラネタリウム上映中の館内を遠目に眺めながら言った。
チューヤとマフユは、さしあたり状況が動くのを待っている。
「じゅうぶんな〝魂〟は集まったらしいぜ。おもしろいことができる程度には、な。薄汚え底辺ドルオタも、一応は生物らしいや。捧げる魂くらいはあるとみえる」
「なにやったんだよ、おまえら。大量の行方不明者とかって出てて、活動自粛だっけ?」
アイドルに罪はない、という論調もあるが、AKVNのイベントが多数の「被害」をもたらしていることは事実だ。
別段、被害をもたらすのはアイドルにかぎらず、最大の問題はそれを是としている国家の選択そのものなのだが、マスコミはたたきやすいほうをたたく、という行動原理に貫かれている。
大量虐殺するのが国家の場合、被害者数が300万以内なら擁護する、というのが日本のマスコミのデフォルトだった。
アイドルのイベントで数千単位の被害が出たところで比べるべくもないが、大事故で百人単位の死者でも出ようものなら数週間は大騒ぎできる集団でもある。
──それに、そもそも「アイドルに罪はある」のだ。
「全体として活動する予定は、もうないよ。あとは個別に、好き勝手やんだろ。まだ中野で遊んでる連中も、けっこういるんじゃねーの」
社会が停滞するほど大量の行方不明が出ている区部の筆頭に、中野と足立は挙がっている。
今回、中央区がそこに追加されるかもしれない。日本橋界隈には、かなり危険なニオイが漂っている。
「足立地獄は有名だけどな」
「……それだよ」
マフユは眉根を寄せた。足立くらいは自分らの好きにしたいところだが、地獄のなかにも仏がいるらしい。
マフユは語った、綾瀬の厄介なおっさんについて。
彼はただのおっさんであるにもかかわらず、日本への「北」の侵食を決定的に阻害している。──ただのおでん屋なのに。
「おでん屋?」
素っ頓狂な声を漏らすチューヤ。
足立の仏が、まさかおでん屋だとは……?
「まあ、もともとナカワルらしいから、たいした問題でもないんだけどな。邪魔だからおでん屋ぶっつぶそうぜ、って連中もいるな」
「よくわかんねーけど、おまえらもいろいろあんだな。……神学機構みたいなもんか」
マフユは意味不明な表情でチューヤを一瞥する。
一見おかしなことを言ったようではあるが、すこし考えれば忖度はしやすい。
そもそもダーク勢には「味方」という概念が希薄なので、同じ北方勢力とはいえ内部でも敵対することに躊躇はない。
皮肉なのは、それ以上に内部抗争が苛烈なのが、ライト勢であることだろう。
一本の「筋」に貫かれているとはいえ、神学機構は、あまりにも異質なものを詰め込みすぎた。
なにしろ全人類の半分だ、ボリュームがデカすぎる。
「あたしらは、べつにまとまって動いてるつもりはねーんだよ。だからつけこむ隙は多いかもな。たとえば……」
マフユの視線が、閉ざされたプラネタリウムのドームのドアのほうに向いた。
……くだんのおでん屋が、このさきにいるらしい少年少女に関係している可能性について推測する。
ふと、その内部から悲鳴が響いた。
チューヤたちは自然に歩きだしている。
これ以上、待つ必要はない。
チューヤはマフユに、あんまり動くな、と命じた。
彼女とともに行動していることの意味をなかば以上、削ぐ発言だが、マフユの具合が予想よりもわるい。
キウンは強敵だったが、チューヤの戦力だけでもなんとかなった。
敵を倒し、境界を解放し、被害者たちを逃がす。
少年少女がぺこりと頭を下げ、マフユに「ありがとう」と言って立ち去った。
こんどおでんおごってね、と言いながら。
「助けてやったんだから、おまえらがおごるんじゃねえのかよ」
「小学生におごらせるなよ、マフユ」
プラネタリウムから出ると、太陽はかなり傾いていた。
むかし映画館に行ったとき、直前の記憶であんなに明るかった世界が夕闇に沈んでいることに気づいた瞬間の郷愁を、なんとなく追体験してみる。
「で、おめーのほうの用事は、なんなんだ?」
自分の仕事を俺が代わりにやったこと、すこしは斟酌してくれてんのかな、と淡い期待を抱きつつ応えるチューヤ。
「小伝馬町ラビュリントス。聞いたことあるか?」
マフユはしばらく考えてから、
「牢獄だろ? たまに話は聞くぜ」
「こちら側の施設としては、ただのマンションなんだけどね。あちら側では巣鴨プリズンみたいになってるのかな」
チューヤは、ブブ子からの依頼を含めて、日本橋エリアで展開、同時進行しているシナリオを並べ立ててみた。
隣接する八丁堀は月島につながるが、このへんになるとさらに大きい「政治の闇」「企業の闇」が蠢いてくるので、さしあたり日本橋に限定する。
マフユは、ふーん、とさして興味もなげに聞いていたが、重要な部分については的確に理解していた。
「……つまり、ブブ子の欲しがってるアイテムが、ここにはあるって?」
「ミノタウロスの角ってやつだ。腹の具合がわるいときに役立つらしい」
一瞬マフユの眉が動いたのを、チューヤは見逃さない。
「なんであたしが漢方薬のために働くと思ったんだ?」
「いや、おまえが医者に診てもらう必要があるってのは、まちがいないだろ。……体内にコントロール困難な寄生虫が棲みついたらどうするか? って、問題だよな」
ぴくりと揺れるマフユ。
どうやらチューヤは、なにもわかっていないわけではないらしい、と認める。
──マフユの体内には、もはや「人間やめました」という化け物が、しかも複数、棲みついている。
あの蛇女はヤベエぞ、とケートからも知らされている。
ケートはなぜか、マフユの状況についてそれなりにくわしかった。それによると、バロックの機械パーツのコントロールは無茶すぎる、らしい。
自分たちがコントロールすればもっとマシになるだろうが、あの蛇女の状態をマシにしてやるつもりはない、と言外に主張して譲らないケートとの話し合いは、それなりに長引いた。
忖度しつつ情報を引き出したところによると、日本橋エリアのイベントにおいては、マフユに役立つ「パーツ」がいくつか集まる可能性が高そうだ。
たとえば腹具合を落ち着かせるミノタウロスの角は、ブブ子のみならず寄生虫のような化け物を飼うマフユにとっても有用であろうし、生き人形の「駆動系」はサイバネティクスの制御にも応用可能である、らしい。
ケートはもちろん、暗にリョージたちにも依頼してある。
必要な「部品」が集まれば、マフユの状態もすこしはマシになるはずだ。
──ここには「育成ゲーム」の要諦が、こんこんと詰め込まれている。
「なんで知ってんだ、てめえ?」
マフユはやや不機嫌になって言った。
心配してもらっている、などという思考回路は彼女にはない。チューヤも別段、そんな情緒的な理由で動いているわけでもない。
現在、マフユは体内にロボットのパーツを組み込み、なかばサイボーグになっている。
それをコントロールするためにインストールしたのが、悪魔相関プログラムによって走らせる悪魔それ自体だ。
ベースになったのは北欧の邪龍ファフニールで、機械竜という属性をもった悪魔の力により、制御のむずかしいサイバネティクス・モジュールを管理しているらしい。
もともとタイプRという、変身という特殊能力に適性があったことも幸便だった。
体内に個々ではコントロール困難な寄生虫を二匹ぶちこんで、両方おとなしくさせておく、という見方が近い。
綱渡りの状態であり、かろうじて均衡を保っている状態、それがいまのマフユのようだった。
バロックの計算によれば、サンダルフォンの四肢はサイバネティクスシステムの抑制に必要十分な「パワー」を発揮する予定だった。
扱いづらい機械パーツがあったとして、それをうまくコントロールするためのギミックは、人形使の領分でもあるだろう。
「論理的な事実の組み合わせだよ、ワトソンくん。……小伝馬町ラビュリントスは、人形町のゲーミング・ダンジョンともつながっている。けっこう広いから、気合入れてくれよな。──おい、なにやってんだ」
マフユが手首のバンドを外すと、そこには点滴の静脈留置注射。
腕に巻かれた末端部に新たなバッグをつなぎ、絞ると内部の液体が注入される。
おそらく強力な「ドラッグ」が、それも大量に、マフユの体内へと吸い込まれていく。
いよいよ病人じみてきた……いや、あれが機械油だと言われてもとくに違和感がないくらい、彼女はもはや人間離れしている。
「ポンプ使ってる場合じゃねえからな。3時間ごとに危険ドラッグぶちこまねえと、もたねえんだ」
「……勘弁してくれ」
どんどん壊れていくマフユを、どうしていいのかわからない。
ともかくいまは、やるべきことをやるしかないだろう。
小伝馬町。そこは永遠のラビュリントス。




