32 : Day -25 : Tsukishima
炎上する城に突入した緑の帽子のリョージは、まずまっさきにその禿げ頭をぶん殴った。
短い悲鳴をあげ、吹っ飛ぶオロチ。
半裸の姫が衣服をかき寄せるまえに、リョージが上着をかけてやる。
「遅れてわるかったな、お嬢姫」
納得できない呼び方だったが、ヒナノは満足そうだ。
「ギリギリでしたよ、もうちょっとで、あなたに責任をとってもらうところでした」
「なんなんだテメェ、クソが、ぶっ殺したらァア!」
せっかく「姫」といいところまでいったのに、邪魔するやつはブッ殺す。
欲望に猛る男の怒りはすさまじかったが、
「死ぬのはあんただよ!」
後続の攻撃が、背後から突き刺さった。
大ダメージを受けつつ、ふりかえるオロチの視線のさき、
「クソガキ、生きてやがったのか」
ツヨシ、そしてチューヤ。
新たな戦力の拡大をリョージは歓迎したが、ヒナノはなぜか不満そうだ。
「きみがくれた幽鬼は、おっくせんまん!」
精神年齢の低いチューヤたちは、幽鬼たちの多いステージのザコを倒しながら、エアー悪マンが登場するステージに飛び込み、竜巻をよけて、後ろから撃ったのだった。
もちろんE缶だけは最後までとっておいた。
「これを装備しろ、リョージ、2号アイテムだ!」
チューヤが放り投げたアイテムで、パワーアップするリョージ。
眉根を寄せるオロチ。
「おれはウッド男じゃねえぞ」
「どのみち、あんたは終わりだ、オロチさんよ!」
戦いの勝利を確信し、チューヤは胸を張った。
ここまで、もっぱらチューヤが戦場をコントロールしていたが、ツヨシが足手まといだったわけではない。
もともと月島の施設すべてをコントロールしていたのが、ツヨシだ。外部からの介入でその権限は剥ぎ取られたが、ツクヨミの憑代としての能力まで奪われたわけではない。
「終わるのは東京なんだよ、クソども! もう遅えんだ! 動き出した無限増殖炉は止まらない。エネルギーは解放される、東京の側へな!
全滅ってわけにゃいかんが、東西南北、どっちかの方向はぶっ壊れるだろうぜ。できりゃあ西をブッ壊したいところだ、ゴミ戦争の責任を杉並区にとってもらうためにな!」
意想外の方向からぶっこまれた楔に、チューヤの背中がふるえた。
ニシオギのアクマツカイとしては、故郷の杉並区は守りたい。
「……ゴミ戦争?」
残念ながら、この無知な杉並区民は知らなかった。
かつて埋立地との間に交わされた、重い負債について。
──月島。
明治期、遠浅だった東京湾の航路を浚渫し、掘り出された土砂で沿岸を埋め立て、月島や新佃島が造成された。
次いで1906年、着工された隅田川河口改良第一期工事から第三期工事、さらに31年から終戦まで、東京港修築工事計画により、埋め立て地が造成されていった。
戦後十年が過ぎたころから、東京湾の埋め立ては本格化する。「夢の島」に代表される埋め立て地が、最初の処分場として稼働したのは1957年だ。
杉並区などから毎日5000台のダンプカーが夢の島にむかって走るのを、江東区民が阻止しようとして起こったのが「ゴミ戦争」である。
どうやら江東区民だったらしいオロチが指摘すると、チューヤは恥じ入った。
「す、すまんのう。杉並区も悪気があったわけじゃないんだ……」
東京のゴミ問題は現在も深刻だが、江戸時代の初期から、じつは問題になっていた。
昔はリサイクルが浸透していて、いろんなものを回収して再利用していたからゴミ問題なんてなかった、と江戸しぐさ的な昔はよかった論が聞かれることもあるが、じっさいはそうでもない。
江戸初期、家庭から出る一般ゴミは街中の空き地や比較的広かった家屋敷の庭に埋めたり、堀や川に投棄して処分していた。
江戸の華といわれる火事を予防するため、ゴミの焼却は禁止されていたからだ(各所で行なわれていたようだが)。
しかし江戸の中心部では、このような処理方法はすぐに限界に達した。
そこで1655年、幕府はゴミを船に積んで、永代島(現在の江東区富岡八幡宮周辺)に捨てるよう触れを出す。
1662年には、空き地や川にごみを捨てることを禁止。この種の触れが頻繁に出されていたところからみると、違反者が多数いたのだろうことが推察される。
1696年、幕府は本格的に、ゴミを埋め立てに使うことを決める。
いまの江戸川区、江東区あたりの低湿地に、多数のゴミ捨て場がつくられ、新田、新地となっていった。
当時からゴミは、陸地を造れる程度には出ていたわけだ。
「地の底に、よくもまあ捨ててくれたよな、ゴミをよ! 返してやろうってんだ、ありがたく受け取りな!」
握っていたスイッチを入れるオロチ。一段と揺れが激しくなる。
そのままヤマタノオロチは、じりじりと後退した。
──戦況は把握できる。ここで戦うのは不利だ。
直後、響きわたるアラート。施設全体を揺らす振動は、いよいよ激しさを増している。
引き際と心得たオロチは、やおら背後に用意しておいた非常口に飛び込んだ。
あわてて追いかけようとするチューヤたちの眼前で、ハッチが閉じる。
「くそ、悪者め! 逃げ足だけは速いな、蛇の一族ってやつァ」
舌打ちするチューヤに、意外に落ち着いた声をむけるのはリョージ。
「ほっとけ、チューヤ。その出口は、たぶんダメだ」
「……どういうこと?」
チューヤたちの視線を背中に受けながら、別方向へむけ、さきにたって走り出すリョージ。
「ヒーローに教えてもらったのさ。こっちが正しい出口だ」
当然、本来はそちらから逃げ出すべきだが、今回ばかりはそうとはかぎらない。
ヒナノは眉根を寄せ、
「お待ちなさい。さっきの男も言っていましたが、炉心が暴走しているのではないのですか? 爆発の規模によっては、いずれにしても危険にはちがいないでしょうが、それでもシェルター化している地下から、横ルートで逃げたほうが」
当然、オロチたちも自分が逃げ出す算段を立てて、この暴走を演出しているはずだ。
ならば彼が逃げたのと同じ方向に進むのが、安全のように思われる。
が、リョージは背後の仲間たちを一瞥し、
「信じて、ついてきな」
否やはなかった。
リョージが言うのだから、正しいに決まっている。
「無理だ、行かせることはできん。このさきへ行けば死ぬんだ」
深刻な振動の意味を、彼らは、だれより理解していた。
生き残りは、たったふたり。制止しているほうも、自分自身の欺瞞を理解しているようだった。
「だけど行かなければ、多くのひとが死にます」
首を振り、強く主張する中年の技術者は、最初から死を覚悟していた節がある。
「それは、そうだが」
「不謹慎かもしれませんが、私はうれしいんですよ。こういう機会が得られてね」
最初から覚悟は決めていた。
自分の息子がしでかしたことの責任をとる、それだけだ。
「佐野……」
「世界を守るために死ぬって、人生の終わり方として、わるくないでしょ? だいたい、原因をつくったのが私の息子だってんだから、そりゃ責任くらいとらせてくださいよ」
「だが、彼をコントローラに選んだのは、われわれの総意だ。むしろきみは、どちらかといえば反対していたではないか。責任を負うなら……」
「いや、私の責任ですよ。……どこでまちがったんでしょうね、育て方ってやつを。正直、育てたおぼえすらない、父親失格な人間なんです。この自滅プログラムを送りつけてきたのは、南千住の連中ですよ」
壁につないだ画面から流れ込む、ウイルスまみれのデータを眺めて、彼は言った。
施設内に間断なくウイルスを投入してくるハッカー集団の存在は、当然に早い段階から検知はされていた。
それを呼び込んでいたのが下の息子で、送り込んできたのが上の息子らしいことを、その父親はすでに理解している。
「子どもの責任をとる、か」
「引きこもりニートになっちまったとはいえ、息子ですからね。そいつのやらかしたことの責任とって、ついでに東京のみんなを助けられるってんだから、こんなスゲエことないと思いますよ。命を懸ける価値ありですよ」
「だが会社として、それをやらせるわけには」
突然、上司を殴りつける佐野。目をぱちくりする上司。
「社員がストレスで突然おかしくなった。見てくれよ、この始末だ。やつは会社側の制止を押し切って、仕事をよこせと叫びながら地下に突入していった。……でしょ?」
「佐野、おまえ」
「時間ないんですよ。もう行きますけど」
手元のワイヤーを張って、直下にある非常用ハッチを目指す。
そのさきにあるのは、非常用制御室。中心人物としてプログラムを組んだ技術者でなければできないことを、このさきでやるだけだ。
「……わかった。おまえは懲戒免職だ。退職金も出ないぞ。命令に従わないダメ社員なんかには。──安心しろ。東京を救ったバカ基金をつくって、おまえの名誉を最後まで守ってやる。おまえの家族、親戚一同、死ぬまで面倒みてやるよ。だれがやらんでも、命を懸けて私がやる。おまえのつぎにバカな私がやると言ったらやる。だれにも止められんぞ」
ふっ、と悲しげに笑う技術者。
「家族か。本来、まっさきに守るべきものを、私は守れなかった。そんなもの、私にはもういないんですよ。……じゃあ行きます。安心してください、なにをすべきか、私はよく知っている」
「そうだろうな。おまえしかやれん、ほんとうに有能な技術者である、大事な社員の頭が突然おかしくなって、上司として心から残念だ」
「わるい部下を持った因果と、あきらめてもらいましょうか」
そうして、帰り道のない地下へ。
ほっぺたの青あざを、うれしそうに撫でる残された上司と、リョージの目が合った。
そしてリョージは、月島じゃもんXが決めた未来を引き受け、継いだのだ──。
「で、最短距離でお姫さまを助けるルートを教えてもらって、お嬢を助けた」
リョージによれば、技術者を送り出した上司自身も、あまり生きて帰るつもりはないようだったという。
二段階に内側からハッチを閉じなければ、それなりに被害が拡大するからだそうだ。
そうするしかなかった。
英雄とは、そうするものだ。
自分が死んで、代わりに世界を救うからこそ、英雄なのだ。
「……バカばっかだ。おまえらがバカだから、こうなったんだ。ぼくのせいじゃない」
唇を噛み締め、つぶやくツヨシ。
自分のせいで、自分の父親やその同僚たちが多く死んでいる。それは最初からゲームのなかのできごとであると自分自身、納得させていたようなきらいはある。
それでも、その過程で、まんまと自分自身裏切られ、この体たらくだ。
わるいのは父親だし、兄貴だし、この世界だ。
つぎの瞬間、
「甘ったれんじゃねえ!」
リョージの剛腕がうなり、ツヨシの身体が吹っ飛ばされた。
すこしスカッとするチューヤ、当然のことだという表情のヒナノ。
しかし殴ったリョージ自身は、だいぶつらそうだ。
切れた唇から血をにじませながら、悔しそうに顔をあげるツヨシ。
「殴ったね……」
「ああ、オヤジさんの代わりにな。──形見だ、大事にしろ」
殴ったリョージの拳の隙間からも、なぜか血がにじんでいる。返り血ではなさそうだ。
そこから出てきたのは、剣山のような小さな板。
危険物を握った手で他人を殴るときは、ふつう危険なほうを相手に向けるものだが。
「あなた、なにをやっているのですか」
ポケットから取り出したハンカチを握らせるヒナノ。
回復悪魔への指示を自重しつつ、剣山の正体を見極めるチューヤ。
「なにそれリョージ? ……精密ドライバ?」
「ああ、ここ引っ張ると中身が立つみたいだな」
プレートの手元をスライドすると、収納されたドライバービットが立ち上がり、剣山のようになる。精密ドライバーなので、先端はかなり鋭い。
それを握った手で殴ったら、たしかにダメージを受けるのは自分だろう。
リョージから差し出されたそれを受け取ったツヨシは、
「これ、父さんの」
SANOというネームタグに目を落とす。
父親の形見、リョージの血を吸った精密ドライバーセットは、ある種の技術者にとって必要不可欠だ。
リョージは厳しい表情で、やさしい言葉を紡いだ。
「東京を救ったバカ基金の運営を、どうやらオレが引き継がなきゃならんハメになった。おまえの保護者は、きょうからオレだ。進むべき道を見つけ、おまえの未来を切り開け」
ド直球の決め台詞に、さすがのツヨシも鼻白んだが、チューヤたちにとってはいつもの光景だった。
チューヤはうんうんとうなずきながら、
「殴ったオレの手のほうが痛いんだ、って察すべきだよね」
「すくなくとも彼は、それを口にしていい数少ない人間のひとりでしょうね」
仲間たちの同意と忖度を受け、ヒナノのハンカチを握りしめて、さっさと歩きだすリョージ。
素で青春ドラマのようなことをやる彼は、たしかにヒーローだ。
ズン……ッ!
突き上げるような衝撃が、最下層から響いた。
深く深く掘り抜いた掘削坑が、東京の半分を破壊する衝撃のすべてを、沖積層の地下へと封じ込める。
「……やるべきことをやったひとのおかげで、俺たちは生きてる」
「正しいおとなの態度です。貴族でなくとも、そういう方はいるのですね」
いよいよ終幕は近い。
下から響きわたる大音響は、技術者たちが東京を守って、みずから立てこもった音。
地下シェルターという逃げ道を無効化し、それ自体を地獄に変えた。
爆風が上に抜ければ地表は火の海だが、シェルターに封じ込めれば逆のことが起こる。
連続する爆音の最後、暴走した核融合炉ヘリカルストレイクは、東京に震度3程度の直下型の地震を伝えたらしい。
最後の水門を支えていた馬飼野の横を通り抜けた直後、それが閉じられた瞬間に、約束の時刻が刻まれる。
ミッションは、コンプリートした。




