20 : Day -26 : Kachidoki
再び響きわたるアラート。
地響きのような振動は、おそらく地上まで伝わっているだろう。
月島エリアの住人にとって、揺るがせにできない揺れだ。
「無限増殖炉じゃもん。月島も、因果なもんをつくられたもんだね」
つぶやくリョージ。
チューヤは首を傾げ、
「じゃもん? 増殖炉はヘリカルなんとかって名前じゃないの?」
「それは無限増殖炉のシステムの名前だ。施設全体を指すのがじゃもんだよ。……蛇紋岩って知ってるだろ」
「地学でやったかも」
かんらん岩が地下深部で水分の作用を受けて変質する岩石で、火成岩の仲間とされている。
水の供給が多いプレート境界にできやすい。
近くに古石場という地名があるが、江戸幕府の時代に石置き場があったことを、多少は踏まえているのかもしれない。
「地震が起こらないように、起こっても被害が軽く済むように、という願いも込められているらしい」
蛇紋岩地震抑制仮説なるものがある。
日本は全国的におしなべて地震が起こるが、蛇紋岩の多い地域には少ない、という傾向がある。
プレート境界という条件は同じでも、近畿地方から琉球に至る蛇紋岩の分布地域では、それの少ない東北地方に比べて地震の発生率が10分の1程度となっている。
ただし蛇紋岩はプレート深部で形成されるため、阪神大震災のような直下型や浅い部分で起こる境界型地震には関係ない。
その意味では、いずれくる関東大震災にもあまり関係はないだろう。
「さすが地質屋リョージくん。雄大な理由が隠されていたんだね」
「もんじゃじゃねーのかよ」
食い物のことしか考えないマフユの言葉に、
「みんな思ってても言わなかったんだよ、自重して!」
一応突っ込んでおくチューヤ。
「あんなゲロみたいなもん食うやつの気が知れんな」
「ちょ、ケート! 都民1000万を敵にまわすよ、気をつけて!」
「わたくしはべつに、敵にまわりませんが」
「ひとそれぞれだよね!」
「まあ水分を多く含むことにより形成されるのが蛇紋岩てことで」
「リョーちんがまとめようとしてるよ、無理させないで!」
「べつに無理して落とさなくていいだろ……」
芸人気質に恵まれた環境で育つと、こういうことになる。
「さて、と」
馬飼野が言いながら、ゆっくりとリョージの横に寄り添った。
不思議そうにその姿を眺めるリョージ。
「なんスか? 馬飼野さんは、こっちの出来事にはかかわらないんじゃ……?」
馬飼野は、魔界の旅人。
彼が異世界線の住人であることを、リョージは知っている。
異世界線の「亜人」は、いろいろな方法でこちら側にかかわり、あるいはかかわりを拒絶している。
ほとんどの場合は、こちら側を侵食しようと考えている「悪魔」の思考回路だ。
しかし馬飼野は現在、こちらの世界をとても気に入っていて、守りたいと考えていた。
そこで今回、古ぼけた帽子と着古した服、チューリップハットがトレードマークの「旅人」の選択として、ひとまずリョージの味方につくことに決めた。
「きみには世話になったからね、弟が」
舎人のトロルと魔界のスカラベは、異父兄弟である。
異世界線にフィンランドという国はないが、そのあたりからやってきた母親が、東アジアの島で馬飼野という亜人と結ばれ、魔界の「旅人」が生まれた。
その後、美村という亜人と結ばれて、舎人のトロルが生まれた。
母親たちは、子どもたちに幸せになってほしくて、11年まえの「箱舟」で、ふたりをこちら側に送ったのだという。
異世界線は大きく揺れながら、ときおりこちら側に近づき、また遠ざかる。
11年まえ、極大期に接した世界線から、多数の亜人がこちら側へと移住した。
その播種が、11年後の現在、再接近している世界線との強い結び目となって、両世界を決定的に接合しようとしている。
大きな視点ではそういうことになるが、個々人の小さな視点にとってみれば、そんな世界の動きにはあまり興味がない、という者ももちろんいる。
運命の導くとおり、馬飼野と美村という亜人たちは、地球人として育った。
──この彼の出自に大きな意味はないが、彼が「旅人」であることを強く動機づける理由には、つながるかもしれない。
「あれ……軽くなった」
リョージは、おそるおそる身を沈めてみたが、シャッターは揺るがず支えられている。
見上げ、馬飼野に視線を移す。
彼は平然と、片手でシャッターを支えながらうそぶいた。
「私にとっては、この程度のものを支えるのは苦にならん」
強大な「力」を要するイベントに、うってつけの悪魔、それがスカラベだ。
事実、フンコロガシの力は「世界最強」といわれている。
体重に対して1000倍以上の重さのものを転がすことができる、というトリビアで有名だが、これは人間に換算すると、積み重なった6台のバスを押し動かせるということだ。
おおお、と喜び勇んでリョージの周囲に集う面々。
チューヤはうれしそうに、広がる戦略の幅に思いいたす。
「よし、これで6人、フルスペックで動けるな」
そんな彼らに向けて、馬飼野は静かに忠告する。
「あらかじめ言っておく。私がこれを支えられるのは、12時間だ。天体運航は、ルールに従わなければならない」
太陽の時間と、月の時間。
もちろん昼間にも月が出ていることはよくあるし、星にいたってはつねに出ているが、太陽のせいで見えない。
しかし、12時間明るくて12時間暗い、という直感的な事実の象徴として、太陽と月は適切である。
「12時間たったら?」
「私はこの場を去る」
顔を見合わせる一同。
そうなると、このさきへ進んだ者は。
「閉じ込められるじゃん!」
「そのまえに逃げるか、問題を解決してくれ。……ひとつ教えておこう。藤テリア通りというところには、私にとっても昔なじみのジャッカルが住んでいる。勾玉とかいうオリエンタル趣味の話を、小耳に挟んだことはある。行けば、手にはいるかもしれんな」
エジプトのジャッカル。藤テリア通り。チューヤは計算を立てる。
うまくやれば「ママタマ」を手に入れることができるかもしれない。
だが、それには時間がなさすぎる。
全員でいっしょに行動するという選択肢は、排除しなければならないだろう。
「リョージだって2~3日は水門を支える覚悟だったのに!」
「私はリョージではないからね」
「力持ちなんでしょ! もっと長く支えてよ!」
「太陽が何十時間も空に出つづけていたら、おかしいだろう?」
「極夜というものもありますが」
「12時間だ。それ以上でも以下でもない。その間は責任をもとう」
馬飼野に取りつく島はない。
ともかく12時間以内に、問題をクリアしなければならない、ということだ。
あらためて顔を見合わせる6人。
「12時間でも、チャンスが与えられたことを喜ぼうじゃないか」
「……いいけど、きつくね? 地球を救うレベルのイベントなら、みんなで解決すべきだと思うんだが」
それができるメンツが、現状、かなり限られている。
しかも、並行して進めなければならない問題まである。
中盤から終盤にかけて、最大の難所にさしかかっていた。
「どうする、チューヤ?」
藤テリア通りと、月島じゃもん。
両方を同時に進めるとしたら……。
「さあ、どうするの、チューヤ」
さあ、さあ、さあ!
一同の視線が、なぜかチューヤに集まる。
──シナリオ分岐だ。
ずっと考えてはいたが、より深く読み込まなければならない。
「けどよ、その藤なんとか通りに行ったところで、ママなんとかいうモンが見つかるとはかぎらんだろ」
マフユにしては的確な指摘だが、
「ここだって、このままみんなで降りたからって、解決するとはかぎらんよ」
ケートの意見も冷徹な真理だ。
「確率的には、2手に分かれたほうがいいかもしれないが」
「二兎を追うものは、っていう結論にならないともかぎらない」
「逆に二兎を追わなければ、そもそも問題が解決しないって可能性もある」
視線が絡み合うが結局、だれにも答えなどわからない。
やってみるしかない、とすれば決めるのは……。
一同の視線が、再びチューヤに集まった。
願望ではなくバランス感覚で決定する、という最低限の信頼があるからだろう。
「霊界電話が使えるメンバーは、分かれたほうがいいだろうな」
「あたしはサアヤといっしょじゃなきゃ参加しないぞ」
「とにかく早くお決めなさい。時間が迫っているのでしょう」
6人いるから、3・3で別れるのは前提としてよい。
個々人の希望を聞くと、マフユはサアヤと組ませないとダメだろうし、ヒナノはリョージと組みたがるだろう。ケートはチューヤかサアヤがいれば満足してくれそうだ。
──決断までにかかった客観的な時間は、20秒ほど。
とくに魂の時間を活用したわけでもないが、あまり無駄に考えず直感にしたがうという道を選ぶことが、最近多くなっている。
どう行動したところで、なるようにしかならない。
「……サアヤ、ケートとマフユを連れて藤テリア通りの問題を解決して。リョージ、お嬢、いっしょに日本のエネルギー問題を解決しよう」
その瞬間、一同に走った表情の変化は、一言では説明できない。
喜び、不満、安堵、懐疑、感心、無関心、さまざまであるが、ともかくチューヤの出した結論から逆算すれば、「新しい組み合わせ」に挑戦するという気持ちの作用を重視した、ということになる。
まず考えたのは男3人女3人という組み合わせだが、これは太古時代に一度やった。
月島をリョージたちに任せて、ナミと関係の深いチューヤたちが藤テリア通りの因縁を回収する、という組み合わせが最善とも思えた。
具体的には、チューヤ、サアヤ、マフユのチームと、リョージ、ヒナノ、ケートのチームだが、これは先週、高校で校長から「原初神」の話を聞いたときのパーティに重なる。ケートの不満が募る組み合わせだ。
もとより特定の組み合わせを度重ねることは、全体の「バランス」にとってあまりよろしくない、という普遍的な思いがあった。
単に「新しいことをしよう」という程度の感覚でとらえても、まちがいではない。
「ふん、まあそれならいいだろう」
完全に満足したわけではないが、理解は示すケート。
「チビがくるのは納得いかねーが、あたしはサアヤさえいればいいや」
マフユにとっても、一応妥協できる範囲であったらしい。
「藤テリア通り、いろいろドロドロしてるっぽいから、女の子パーティが向いてるかと思ったけど、まあケーたんもなかなか女の腐ったようなところあるし、いいかもね」
どういう意味だコラ、と突っ込むケートと握手するサアヤ。
「いい組み合わせだと思うぜ、チューヤ。おまえは頼りになる悪魔使いだからな!」
リョージも満足している、というよりも彼の場合はどんな組み合わせを提示したところで、それなりにこなしてしまう。
「いずれにしても、わたくしたちは、やるべきことをやるだけです」
ヒナノの視線は、ほとんどチューヤには向かわないから、こちらもリョージとさえ組めていればいいということだろう。
馬飼野を境に、3人ずつ左右に分かれていく。
地下を目指す者、地上を目指す者。
どちらの道のりも、平坦ではないだろう。
「ケータイちゃんと充電しとけよ、サアヤ」
「それはチューヤでしょ! いざというとき霊界電話つながるの、私かケーたんしかいないじゃん!」
「あんまり使いたくないけどな。これはまだ未完成の技術なんだ」
ケートが進めている謎の計画にとっては、重要な一里塚ではあるらしい。
「ほら行くぞ、ニシオギのアクマツカイ。月島の地下は超科学要塞ダンジョンだ。ケートを連れて行けないのが残念だな」
「ふん、女子のドロドロソープドラマをなめんなよ」
「そうだよ、昼ドラなめてっと痛い目みるかんね! 他人の不幸は蜜の味だから!」
「まあまあ、どっちもがんばろうってことで。時間もないことだし、とっとと行くよ!」
ぱんぱん、と手をたたくチューヤ。
おう、と聞こえるか聞こえないかの応答を交わして、グータッチを隔てる空間距離が広がっていく。
別れ際、小声で短いやりとりを交わすチューヤとケート。
この組み合わせでしか、できないことがある。
目指すは無限増殖炉ヘリカルストレイク。
そして虐殺の過去に埋もれた藤テリア通り。




